ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

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56かりそめの妃③

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 王宮に住んで8年が経とうとしている。細々とだが、ルイはその間でも活動を続けている。
 楽しいことも寂しいこともひとしおで、レオポルドが居てくれたら文句はいらない。シオン家の一員として、あるいは第三王子の妻としての肩書きを忘れたことはない。嫁入り前に嫌というほど覚えさせられた口上を、出会う人に繰り返すのだから。

「かりそめ」

 マルクス王子、王国の後継者はかく言うのである。ルイの年月をそのように言い表してくる。自分の行ないや、成し遂げてきたことが雲散霧消するかのようだった。

「私はなにか?レオポルド様の本当の妻ではないということですか?」

 断定された側は、実に不本意なことであった。どこを向いて話すべきだろう、前に立つ男に精いっぱい食い下がるべきなのか。それともレオポルドに視線を合わせるのがよいだろうか。

「そうだ」

「違う!!兄上っ、いいかげんなことを言うのはもうやめろ!!」

 身体の内から熱が湧いてくる。なぜかルイは心の芯が定まらなくなり、震えが止まらなかった。
 そうだ。ルイは今になって思い出す。マルクス王子は、自分とレオポルドの婚礼に出席していなかったではないか。

「私は……なら、どうして今まで」

「野放しだった理由を知りたいか?簡単な話さ、レオポルドがあんたにいつまでも肩入れしていたせいだ」

 なんていう、いいかげんな理屈だろう。さらりと言い流してくるが、その内容はルイにとって非常に厄介であった。自分が好き勝手にできていた、王宮を我が物顔で歩けた要因。これまでの8年間を守り続けてくれた存在がいることを、ルイは敏速に感じ取っていく。

(彼が私に関心を寄せてくれていなかったら)

 きっと、自分は王宮にいられなかったのだろう。ルイはつまびらかにされていく真実に触れた。レオポルドが異常なほどに執着してくる理由もそこに隠されていたのだ。王族のめんどうな陰謀に巻き込まれるのを、レオポルドは未然に防いでくれていたのだ。

「俺と母上の予定ではな、婚礼が終わりしだいルイ妃には宮を退いてもらうはずだったのだ。そしてその後には」

「もうしゃべるな」

 殺意を膨らませた声が、場を強引に引き寄せていく。
 レオポルドが、ずかずかと兄王子の前に立ちふさがっていた。怒り心頭のもと、彼の右手がわなないているのが横からでも認められた。

「レオポルド。いいかげん目を覚ませ。お前がやっていることは、ままごとみたいなものなんだよ」

「口を閉じろ。ルイの前だからと大人しくしていた俺が馬鹿だった」

 足場を揺らすほどの衝撃に、ルイは一瞬よろついた。何が起こったかを判断するより前に、レオポルドが前に向けて突進していた。
 大男が互いに譲るまいと体をぶつけ合う。手傷も疲れも特に気にしていないように、両者とも倒れることがない。意識が続くまで殴り蹴るような気配があった。


 ルイはまた置いてけぼりとなってしまう。二人がどうやら自分のことで揉めているとわかっただけ。場を収めるために来たのに、このままでは喧嘩を焚き付けただけになってしまった。

「離縁してしまえ!!この朴念仁が、お前のために言ってやってるんだぞ」

「黙れ!!俺がルイと離れられるわけないだろ!!」

 言葉の応酬。尊い身分の彼らは実力行使に打って出ている。今どき、幼児でもこんな暴れ方はしない。
 肉と骨がぶつかる鈍い音に、誰もが耳を塞ぎたくなることであった。ただ唯一、ルイはその音を聞き続けて不思議な想いを巡らせていた。

 悔しかった。無性に悔しくて、自分自身に苛立ちを覚える。レオポルドを狂人だと少しでも勘違いしていた自分を呪ってやりたい。彼の隠しきれない愛情に戸惑っていた過去の自分を、思いっきりぶん殴ってやりたくなる。
 悔しかったけど、なぜか、それと同じくらい心が満たされている。レオポルドがどれだけ真剣に自分を考えてくれているか。どんな花より言葉よりも説得力がある、この殴り合いの現場が、ルイにとっては新鮮すぎた。

「やめてください!!これ以上はっ、レオ様!!」

 けれども心と身体には厳しく鞭を打たなければ。ルイはレオポルドに後ろから飛びかかり、彼の手足に抱き着いていた。拘束するには非力で、まったく心許ないのは承知の上である。

「ルイ!!」

「もう十分です、やめてください!!」

 憎しみを抑えろと、ルイは夫に必死に語りかける。自分のために怒ってくれている彼。健気に兄に抵抗を示す姿には、どうしても頼みづらい。
 できればルイもマルクス王子には相応の報いを与えてやりたかった。このまま、梯子を外そうとしてくる張本人をめった打ちにしたい。

「離縁なんて命じられて黙っていられるか!!危ないからどけって!!」

「兄君を、素手で殴っていい道理なんてありません」

 でもそんな子どもじみた気持ちでいるわけにはいかない。大人になったレオポルドなら、それがわかっているだろう。どうか落ち着いてほしい。彼自身の将来のため、長男を足蹴にしたと噂を広めるわけにはいかないのだ。
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