22 / 70
第10話 ②
しおりを挟む
「アンは買い物帰りか? 今からアンの店に向かおうとしていたのだが……」
「あ、はい。えっと、今日はお店がお休みなので、今のうちに必要なものを買っておこうと思いまして」
「む。今日は休業日だったのか」
「そうですけど、花束が必要でしたか? でしたらお得意さんですし、店に戻ったらお作りしますよ」
お店は閉まっているけど、花だったら花畑に沢山咲いているので問題ない。
「ただ下処理をしないといけないので、ちょっとお待たせしてしまいますけど」
「いや、今日は花束ではなくてだな……」
もしお急ぎだったら申し訳ないな、と思っていたけれど、今日は別件で来たらしい。
「……取り敢えず重いだろう? 店まで送らせてくれないか?」
ジルさんが自然な動作で私の荷物を持ち、手を差し出してくれる。正直重かったので有り難いけれど、立派な馬車に乗るのは気が引けてしまう。
「え……でも……」
こんな立派な馬車に私が乗って良いのかな、と逡巡していると、馬車の中からジルさんとは違う男の人の声がした。
「初めまして。僕はジギスヴァルトの友人のヘルムフリート・ローエンシュタインです。もし遠慮してるなら気にせず乗ってくれたら嬉しいんだけど」
ヘルムフリートと名乗るジルさんの友人は綺麗な顔をしていて、とても優しそうな人だった。
私がちらっとジルさんを見ると、ちょっと悲しそうな……垂れている耳の幻覚が見えたので、思わずジルさんの手を取ってしまう。
「あ! えっと、では遠慮なく! よろしくお願いします!」
私が馬車に乗ると、ジルさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
そんな私達を見たヘルムフリートさんはとても楽しそうにしている。
「えっと、アンさん、でいいのかな?」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアンネリーエと申します。周りの人達にはアンと呼ばれているので、よろしければそうお呼び下さい」
ヘルムフリートさんがこの馬車の持ち主だとすれば、ヘルムフリートさんは貴族……! と思った私は失礼のないように言葉を正す。
「ははは。嫌だなぁ。そんなに畏まらなくてもいいよ。普通にヘルムフリートって呼んでよ」
「いえ、そういう訳には……」
「こいつに気を使う必要はない。本人も言っているし呼び捨てで構わない」
「え? え? えっと、じゃあヘルムフリートさ……んで?」
流石に呼び捨ては出来ないので、せめてさん付けにさせて貰う。二人にはそれで納得いただこう。
何とか挨拶を済ませた私は、改めて見た馬車に戦慄した。
ベルベットの生地に金糸で刺繍が施された内装には本革がふんだんに使われている。そして椅子はふかふかで座り心地が良く、お尻が全く痛くない。更に革に刺繍を施した折りたたみ式階段が付いていて、馬車まるごと繊細な工芸品のようだった。
(お貴族様ってすごい! でも汚しちゃったらどうしよう!)
「あの、この素晴らしい馬車はヘルムフリートさ……んの馬車ですか?」
「いいや? ジギスヴァルトの家の馬車だよ」
「は?! え? ジルさんの……?」
てっきりこの馬車はヘルムフリートさんの持ち物だと思いこんでいた私はすごく驚いた。
「アン、この馬車が気に入ったのか? ならこの馬車をアンに贈ろう。……いや、中古は駄目だな。うむ。アンに似合う新しい馬車を作らせよう」
「はい? え、いや、冗談ですよね……?」
ジルさんも冗談を言うんだなー。っていうか冗談のスケールが違うなーと思っていた私に、ジルさんは真顔で否定した。
「冗談ではない。アンの好みを教えてくれれば、その通りに作らせよう」
「え」
相変わらず真顔で言い切るジルさんに、一体どうすれば……と思っていたら、ヘルムフリートさんが助け舟を出してくれた。
「ジギスヴァルト、アンさんが困ってるじゃないか。っていうか、普通は馬車を貰っても迷惑になると思うけど」
「……む。そうか……迷惑か……」
「あ! いえ、迷惑というか、便利だと思うんですけど、置き場所がありませんし、馬の世話とか出来ませんので……。でもお気持ちはすごく嬉しいです!」
ジルさんがすごく残念そうに呟くので思わず自分でもよくわからないフォローをしてしまう。
「俺はアンにお礼がしたいのだが……」
「もうお礼はいただきましたよ! テーゲベック美味しかったです!」
「あれじゃあまだ足りない」
「いやいやいや! もう十分ですから!」
「……ごめんね、アンさん。こいつ、思いついたらすぐ実行しようとするんだよ。ジギスヴァルトもアンさんを困らせたら駄目だってば」
「……む」
気心が知れているのだろう、二人のやり取りに思わず笑みが溢れてしまう。
私はいつも冷静沈着だと思っていたジルさんの意外な一面を知って、もっとジルさんのことを知りたいな、と思った。
* * * * * *
❀名前解説❀
テーゲベック→お茶菓子(みたいな?)
「あ、はい。えっと、今日はお店がお休みなので、今のうちに必要なものを買っておこうと思いまして」
「む。今日は休業日だったのか」
「そうですけど、花束が必要でしたか? でしたらお得意さんですし、店に戻ったらお作りしますよ」
お店は閉まっているけど、花だったら花畑に沢山咲いているので問題ない。
「ただ下処理をしないといけないので、ちょっとお待たせしてしまいますけど」
「いや、今日は花束ではなくてだな……」
もしお急ぎだったら申し訳ないな、と思っていたけれど、今日は別件で来たらしい。
「……取り敢えず重いだろう? 店まで送らせてくれないか?」
ジルさんが自然な動作で私の荷物を持ち、手を差し出してくれる。正直重かったので有り難いけれど、立派な馬車に乗るのは気が引けてしまう。
「え……でも……」
こんな立派な馬車に私が乗って良いのかな、と逡巡していると、馬車の中からジルさんとは違う男の人の声がした。
「初めまして。僕はジギスヴァルトの友人のヘルムフリート・ローエンシュタインです。もし遠慮してるなら気にせず乗ってくれたら嬉しいんだけど」
ヘルムフリートと名乗るジルさんの友人は綺麗な顔をしていて、とても優しそうな人だった。
私がちらっとジルさんを見ると、ちょっと悲しそうな……垂れている耳の幻覚が見えたので、思わずジルさんの手を取ってしまう。
「あ! えっと、では遠慮なく! よろしくお願いします!」
私が馬車に乗ると、ジルさんは嬉しそうに微笑んでくれた。
そんな私達を見たヘルムフリートさんはとても楽しそうにしている。
「えっと、アンさん、でいいのかな?」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。私はアンネリーエと申します。周りの人達にはアンと呼ばれているので、よろしければそうお呼び下さい」
ヘルムフリートさんがこの馬車の持ち主だとすれば、ヘルムフリートさんは貴族……! と思った私は失礼のないように言葉を正す。
「ははは。嫌だなぁ。そんなに畏まらなくてもいいよ。普通にヘルムフリートって呼んでよ」
「いえ、そういう訳には……」
「こいつに気を使う必要はない。本人も言っているし呼び捨てで構わない」
「え? え? えっと、じゃあヘルムフリートさ……んで?」
流石に呼び捨ては出来ないので、せめてさん付けにさせて貰う。二人にはそれで納得いただこう。
何とか挨拶を済ませた私は、改めて見た馬車に戦慄した。
ベルベットの生地に金糸で刺繍が施された内装には本革がふんだんに使われている。そして椅子はふかふかで座り心地が良く、お尻が全く痛くない。更に革に刺繍を施した折りたたみ式階段が付いていて、馬車まるごと繊細な工芸品のようだった。
(お貴族様ってすごい! でも汚しちゃったらどうしよう!)
「あの、この素晴らしい馬車はヘルムフリートさ……んの馬車ですか?」
「いいや? ジギスヴァルトの家の馬車だよ」
「は?! え? ジルさんの……?」
てっきりこの馬車はヘルムフリートさんの持ち物だと思いこんでいた私はすごく驚いた。
「アン、この馬車が気に入ったのか? ならこの馬車をアンに贈ろう。……いや、中古は駄目だな。うむ。アンに似合う新しい馬車を作らせよう」
「はい? え、いや、冗談ですよね……?」
ジルさんも冗談を言うんだなー。っていうか冗談のスケールが違うなーと思っていた私に、ジルさんは真顔で否定した。
「冗談ではない。アンの好みを教えてくれれば、その通りに作らせよう」
「え」
相変わらず真顔で言い切るジルさんに、一体どうすれば……と思っていたら、ヘルムフリートさんが助け舟を出してくれた。
「ジギスヴァルト、アンさんが困ってるじゃないか。っていうか、普通は馬車を貰っても迷惑になると思うけど」
「……む。そうか……迷惑か……」
「あ! いえ、迷惑というか、便利だと思うんですけど、置き場所がありませんし、馬の世話とか出来ませんので……。でもお気持ちはすごく嬉しいです!」
ジルさんがすごく残念そうに呟くので思わず自分でもよくわからないフォローをしてしまう。
「俺はアンにお礼がしたいのだが……」
「もうお礼はいただきましたよ! テーゲベック美味しかったです!」
「あれじゃあまだ足りない」
「いやいやいや! もう十分ですから!」
「……ごめんね、アンさん。こいつ、思いついたらすぐ実行しようとするんだよ。ジギスヴァルトもアンさんを困らせたら駄目だってば」
「……む」
気心が知れているのだろう、二人のやり取りに思わず笑みが溢れてしまう。
私はいつも冷静沈着だと思っていたジルさんの意外な一面を知って、もっとジルさんのことを知りたいな、と思った。
* * * * * *
❀名前解説❀
テーゲベック→お茶菓子(みたいな?)
40
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる