たしかなこと

大波小波

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 カフェに入ると、コーヒーの芳しい香りが真輝を包んだ。
(いい香りだ。辛さが和らぐ)
 窓辺の席に腰かけ、メニューも開かず真輝は下を向いていた。
 コーヒーの香りがかけてくれた魔法は、ほんのわずかで解けてしまい、再び吐き気が襲ってきたのだ。
 一分一秒が、果てしなく長く感じる。
(いっそもう、レストルームで吐いてしまおうか)
 真輝がそこまで弱気になった時、コーヒーとはまた違う、よい匂いが鼻をくすぐった。
「お客様、ご気分がよろしくないのでは?」
 何だろう、この香りは。
 心がホッと温かくなる、いい香りだ。
 いつもの真輝ならば、要らぬ世話だと突っぱねているところだ。
 先ほどのテーラーでも『まぁまぁの、いい出来だ』などと、心からの賛辞を出し惜しみしている。
 本当は『すばらしい仕上がりだ』と、思っているのに。
 真輝は、心に感じたことを素直に表現するのが、苦手だった。
 だが、今は緊急事態。
 この良い香りのウェイターに、甘えることにした。

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