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番外編
ノエルの友人(一)
しおりを挟む愛する人と結婚して半年が経過した。時が過ぎるのは早いもので、気づいたら半年経っていた、という感覚だ。
結婚してからはノエルの屋敷に住んでいる。ノエルの、と言うよりもノエルという伯爵が住んでいる屋敷に、と表現した方が正しいだろうか。
この屋敷の持ち主は代々の伯爵であるのだから。
ノエルはこの屋敷をお義父様から受け継いだ形になる。先代の伯爵であるお義父様とお義母様は田舎で穏やかに隠居生活を送っているらしい。
お父様とお母様は結婚式の二週間程前に一度来たことがある。式が無事に終わり、落ち着いてから田舎に帰るということだったので、それまで何度か話をした。
以前も話したことはあったが、あの時はまだ他人としてしか接することが出来なかったので、半年前はもっと歩み寄ることが出来た……はずだ。
結婚に至るまで困難があったりしたが、今となってはそれさえ良い思い出である。――一概に『良い思い出』と言い切れない出来事もあったけれど。
無事に伯爵夫人になった私だが、やれることはあまりない。
友人は、悲しいことに、本心を話せるような人はいない。貴族の付き合いとしての友人はいるが、世間話をする程度の間柄だ。よって、屋敷に招くことが出来るような親しい友人はいないのだ。
子供がいればそちらに気を取られたかもしれないが、まだいない。
妹のリリアはたまに遊びに来てくれるが、それは三週間に一度ほどの間隔だ。そこまで頻繁に来てくれるわけではない。
なのでやれることと言えば読書に刺繍などだ。
あとは、たまに屋敷に訪れるお客様の対応をするくらいだろうか。そういったお客様は大抵ノエルに用があって来るのだけれど。
他には……ないだろう。
ノエルはここ一月くらい仕事が忙しいらしく、ほとんど毎日外に出ている。そういった日に帰ってくるのは夜中か明け方が常だ。屋敷にいても、目の下に濃い隈を作りながら仕事に明け暮れている。
たまにお茶を持っていけば休憩を入れてくれるが、すぐ仕事に戻ってしまう。休息らしい休息も取れていないらしい。
少し時間が空いた時に聞いた話では、どうやら彼の上司が大きな失敗を犯してしまったらしく、処理に追われているのだという。
忙しく外に出たり入ったりするノエルの邪魔をするわけにもいかず、私は大人しく待っているしかない。ほんの少しだけ寂しいけど、仕事が落ち着けばまたゆっくり会える日も来るだろうから、その日を待ちわびるのみだ。
穏やかな天気の本日、ノエルは仕事のために出掛けている。帰るのはいつも通り遅くになると言われたので、ずっと暇だ。
青空の下で二羽の小鳥が仲良さげに飛び交っている光景を開け放たれた窓の枠越しに見やって、小さく溜め息を吐いた。
婚約しただけの時は暇そうに見えたけど、ノエルって忙しい時はこんなに暇が無かったのね……。
それもそうだろう。彼は王宮勤めのエリートで、財務関係を担った部署の偉い立場にいるらしいから。有能な彼は真面目でもあるので、上司の失敗の後始末なんて面倒事を部下に投げず自分で解決させようとするのは必然とも言える。
「今日は……何をしようかしら……」
またハンカチに刺繍でもして、ノエルに贈ろうか。きっと喜んでくれるだろう。
道具が必要なので屋敷の使用人を呼ぼうとしたが、外から馬車が走る音が聞こえて、動きを止めた。
窓の向こうを見ると、この屋敷の玄関前に一両の馬車が止まったのが見えた。
客人だろうか。だとすれば、対応しなければならない。
急ぎ気味に玄関に向かえば、そこには三人の男性が我が屋敷の執事と話しているところだった。
あの三人は見たことがある。確か結婚式の際に、一度だけ。私の記憶が間違っていなければ、ノエルの友人だったはずだ。
「おっ、ノエルの嫁さんだ」
三人の中でも快活そうな男性が私に気づき、声を上げた。その声に、他の男性二人も私に気づく。
二人のうち片方は平均より小さめな童顔の男性で、もう片方は冷たい雰囲気の男性だった。どちらの人もどこか性格に癖のありそうな顔をしているような……。
とにかく今は、三人のおもてなしをするべきだろう。
私はドレスの両端を摘まみ、ぺこりと頭を下げた。失礼に当たらないよう、ゆっくりと。
「ようこそいらっしゃいました。夫のご友人の方々でございますね?」
「そうそう。俺達、ノエルの数少ない友達。あー、直接話すのが初めてだからか、感動するなぁ」
数少ない友達と言われて、首を傾げた。
あの人は友達が少なかっただろうか。社交界でも人気な、かの有名な伯爵が?
でも、と男性三人をそれぞれ観察してみる。皆、私が気にしないならこの屋敷で遠慮なく寛ぎそうな様子でいる。
こんな風にノエルの屋敷で寛ごうとする人は、あまりいないと思う。
友人の中でも気兼ねなく接することの出来る、数少ない――そう、親友と言えるような友人が、この三人なのだろう。
自分の中で結論を出して、頑張って習得した愛想笑いを口元で形作り、三人を客間へ案内することにした。
客間に案内すると、やはり三人共快適に寛ごうと、早速ソファなり椅子なりに座った。
快活そうな男性は出された菓子を遠慮なく食べているし、小柄な男性は部屋の装飾品をジロジロ眺めているし、冷たい雰囲気の男性はじっと私を見ている。
見られるのは、今でも苦手なのだけれど……。
居心地が悪くて身動ぎすると、快活そうな男性がやっと気づいたように大きく咳払いをした。
その大きすぎる咳払いにドアの前で控えている我が屋敷の使用人二人が非難するような視線を送ったが、本人はそれに気づかないのか気にしないのか、自然な様子で私に微笑みかける。
「えー、ソフィアさん、だね」
「はい。ソフィア・チュレットと申します」
ノエルのフルネームはノエル・チュレットだ。よって、チュレット家に嫁いだ私はソフィア・チュレットとなる。
ところで……この人達は、何故ここに来たのだろう?
ノエルと会うために来たのであれば、今日は仕事で外に出ているという旨を伝えなければならない。ノエルと会うためではないなら……本当に、何故ここに?
懐疑的な視線を向けた私に、快活そうな男性が「まずは」と自分を指し示した。
「俺はアレックス・マットロックと言う。そっちのちっこい奴がエリオット・レディントン。あっちの冷たい感じのがウィリアム・スクワイア」
「……初めまして、皆様」
ソファから腰を上げて礼をすると、エリオット様とウィリアム様は椅子に座ったままだが礼を返してくれた。
快活そうでよく喋るのがアレックス様、背が低くて童顔の男性がエリオット様、冷たい雰囲気の男性がウィリアム様。
――三人共、名のある家の嫡男だ。
アレックス様のマットロック家は代々優秀な騎士を輩出することで有名で、国王陛下からの信頼も厚いと聞く。
エリオット様のレディントン家は外交官としてよく活躍していると話に聞いた。
ウィリアム様のスクワイア家には学者が多く、都市の発展に大きく貢献しているらしい。
流石有名な伯爵のノエルの友人。大物ばかりだわ。
我が夫ながら恐ろしい、と改めて思い知った。
アレックス様が部屋に控えている使用人に見つからないような角度で包装された菓子を自分のポケットに入れているのを眺めつつ、私は疑問を口にした。
「それで、アレックス様、一体どういったご用件でいらっしゃったのでしょう? 夫は今仕事で外に出ているので、ここにおりませんけれど……」
「あ、そうなの? タイミング悪いなぁ」
「ノエルがいない日をちゃんと調べてから俺達を誘ったくせに、よく言うよ」
「おまっ、それ言うなよ」
あははと笑ったアレックス様をじとっとした目で攻撃するウィリアム様。
何がしたいのかよく分からないが、どうやらノエルに用があったわけではなく、私に用があって来たようだ。
「僕達、ソフィアちゃんに話したいことがあって来たんだ」
そこで会話に入ってきたのは、それまで装飾品を熟視していたエリオット様だ。
幼そうな顔立ちで私を上目遣いに見つめているのだが……恐らく、とても女性に人気なことだろう。母性本能溢れる人なら一瞬で惚れ込んでしまうかもしれない。
「話したいこと、ですか?」
居住まいを正したアレックス様と静かに目線を伏せたウィリアム様、そして上目遣いのエリオット様。
それぞれ個性のあるこの三方は、何を私に話すと言うのだろう。
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