月の光はやがて仄かに輝く

白ノ猫

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番外編

ノエルの友人(二)

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「話したいことじゃなく、謝るべきことだろう。アレックスにとっては」

 嘆息を吐きながらウィリアム様が口を挟んだ。
 そんな言葉にアレックス様はすいーっと目線を他所へやった。彼の額を冷や汗が垂れたように見える。

 謝るべきこと。三人とこうしてまともに会ったのは今日が初めてなので、何かを直接されたことはない。
 だからと言って、他の誰かを通して意地悪された記憶もない。
 ならば何だろう。心当たりが全くないのだから、予想がつかない。

「あの……?」
「えぇと、ソフィアさん」
「はい」

 私をさん付けで呼ぶのはアレックス様だ。逞しい体躯の彼は身を縮ませ、目を何度も瞬かせてあちらこちらへ視線をやっている。
 そんなに言い出しにくいことなら、わざわざ伝えてくれなくてもいいと思うのだけれど。多分、知らなくてもそう問題が発生しそうな内容ではなさそうだから。

「ノエルの記憶が混乱している時期があっただろ?」
「ありましたね」

 こちらを気遣うようなアレックス様の瞳に、愛想笑いではなく本心からの微笑みを浮かべて、大丈夫だと表してみせる。
 あれはあまり良い思い出ではない。しかし、なくてはならなかったものだと思う。あの事がなければ私はノエルに愛を伝えられずにいたかもしれない。妹もきっと苦しんだ。そして私はずっと、勘違いをしたまま生きていただろう。
 すべてが今のようになったとは限らない。もしかすると今のようになったものもあるかもしれない。しかしきっと、全部ではないのだ。
 起こるべくして起こった事態に、感謝することはまだ出来ない。しかし怒る必要も悲しむ必要もない。
 そういった考えも込めてアレックス様に微笑みかけたのだが、果たして伝わってくれただろうか。

 考えの一つ一つが伝わったのではない様だが、アレックス様は私の笑みを見て安堵したように眉尻を下げて笑った。

「あの時期の俺達は凄く忙しくて、ノエルと会ったのは一回だけなんだ」
「そうでしたか」
「大体、今から一年と半年くらい前だったかな。あのノエルと会えたのは」

 つまりノエルが事故に遭って二月後か。ノエルとリリアがまだとても仲良くしていた時期。

「ちょうど四人で会えたんだけど、あの時やっぱり言った方が……言っておけば、まだソフィアさんは苦しまずに済んだんじゃないか、って」

 耳がついていたら垂れ下がっていただろうと思わせるような仕草で、アレックス様は落ち込んでいる。
 エリオット様とウィリアム様を振り返ると、二人は呆れたような表情でアレックス様を見ていた。……呆れられるような言葉だったろうか、今のは?
 二人の表情に浮かんだ感情の理由が分からないが、取り敢えず話を進めよう。

「……では、何故、言わなかったのですか? ノエルに、真実を」

 本当の本当に疑問に思っただけだからそう質問したのだが、アレックス様には私が責めているように聞こえたらしい。身を強張らせてしまった。
 私は慌てて前で両手を振り、早口に誤解を解こうとする。

「違うのです。ただ、不思議に思っただけで、責めるつもりは決してありません」

 最終的にこうして穏やかな結婚生活を送れているのだし、負の感情は無い。彼が私とノエルに悪意を以て何も言わなかったというなら話は別だが、それなら今日ここに来なかったろう。

 ……そういえば最初にウィリアム様が『少なくとも、アレックスにとっては』と言っていたが、どういうことだろう?
 三人は一緒にここに来た。その用件は三人に関係ある内容のようだが、私に謝りに来たらしい人はアレックス様だけだ。……別に、もう二人にも謝ってほしい訳ではないけれど。
 ウィリアム様とエリオット様は真実をノエルに言わなかったことを、自身で正しかったのだと結論を出したのか。
 人には人なりの考えというものが、必ず存在する。だから私は二人がノエルに真実を言わなかったことを正しいと思っているのだとしても、それを否定することはしない。
 ただし、同意することもまだ、ない。

 静かにエリオット様とウィリアム様を見ていた私は、深く息を吸い、そして吐いてからアレックス様を促した。
 彼は友人二人をちらっとどこか寂しげに見やったが、当の本人達はどこ吹く風だ。
 アレックス様は口をへの字に曲げ、諦めたように私と対峙した。

「……ノエルの婚約者がソフィアさんの妹君いもうとぎみに替わったと噂に聞いた時は、どうせただの噂に過ぎないと思っていたんだ。ノエルの記憶のことは、知らなかったから。噂が本当だってことも記憶のことも、ノエルと会って初めて知った」
「騎士団勤めの男臭い場所にしかいないアレックスは、社交界の情報に疎いからね~。王都内の事件についての方がずっと詳しいでしょ」
「悪かったな、男臭くて!」

 軽い口調でちゃちゃを入れるエリオット様に、アレックス様はぶすくれた表情で言い返した。
 なるほど。多くの騎士を輩出するマットロック家のアレックス様も、騎士なのか。納得と言えば納得だ。

 でもね、とエリオット様が私に話しかけた。

「ノエルのことがあって二月後は、まだ婚約者を替えたという噂はそう大きく広まっていなかったんだ。ノエルがもともとソフィアちゃんを婚約者だと言い触らさなかったのもあるし、ソフィアちゃんの妹に婚約者が替わったっていうのも他人には言わなかったみたいだから。あと、ノエルと妹ちゃんが婚約者になった状態でパーティに出たのは一回だけ。しかも比較的小さめなのだったよね。そのパーティ一回だけでは噂になりきれなかったという、ね」
「え……」

 初耳だ。過去のことでも、私が知り得なかったことは沢山あると思っていたが……これがいい例なのだろう。どうしたら情報に詳しくなれるのだろうか……。
 この時の私は考えることでいっぱいになっていて、エリオット様が「まぁ多分口止めされてたのかもしれないけど」という一言を聞き逃してしまった。
 こういうところが情報に疎くなる要因なのだろうか、と後に私は自分にがっかりするのだが、それはまた別の話だ。

「記憶があってもなくても、あいつは自分のことを伝えようとしない。それに、ソフィアちゃんも妹ちゃんも二人の両親も、婚約がどうのこうのと社交界で話すことは、あまりなかったでしょ? お喋り好きの貴族には珍しいけど、ソフィアちゃんの家もノエルもそこまで話さない性質たちなのかな」
「そう、でしたか……」
「そう。だからただでさえ情報に疎いアレックスが知らなくても仕方なかったかなぁ。勿論、一部の情報通には知られていたけどね。ノエルの記憶の一件も、婚約のことも」

 特に僕とかね、とエリオット様はウインクする。実に美しく完成されたウインクだ。

 ノエルは私に対しては何かと話しかけるし、自分のことも言ってくれるのだけど……他人には、あまり話さないのか。
 何だろう。胸の内がむずむずするような、いつもより心臓が動いているような。ノエルに甘やかされるときと同じ感じ……。

 と、そこで大きめな咳払いが客室に響いた。

「エリオット、俺まだ言い終わってないんだが?」
「あーはいはい。ごめんね。お次どうぞー」
「相変わらず冷たいなぁ……」

 ぶつぶつと不満を呟くアレックス様。忘れていたがもともとは彼の話を聞いていたのだった。
 記憶が混乱した状態のノエルに会ったとき、何故真実を伝えてくれなかったか。確か、彼がノエルの婚約と記憶の件を、直接会って初めて知ったところで止まっていたはずだ。
 気を取り直して彼を見やり、大人しく続きを待った。
 彼もエリオット様から私へ意識を向ける。

「四人で会った最初、やけに性格が良くなったあいつを不思議に思っていたんだ。記憶のことは、エリオットが話に出してやっと知った。その流れで、ノエルが自分の婚約者のことをポツリと言ったので、それについて話題が広がったんだが……」
「……はい」

 ちらりと横目で私を見て、言い淀む。
 言ってくれないと分からないので先を話すように、素振りで促す。

「婚約者をソフィアさんの妹君と言った時点で、違うと言おうとした。だがあんまりにも純粋な笑顔で嬉しそうに妹君のことを褒め称えるものだから……」
「リリアを、褒め称える……」
「………」
「あ、いえ、何でもありません。そうですか、あまりにも幸せそうな良い子のノエルの様子に、事実を伝えてしまっていいのか迷ってしまったと」
「子、か……」

 リリアを褒めていたのは、いいのだ。あの子は確かに可愛くて優しい、天使のような子なのだから。だからノエルが褒めたら喜ぶべきで、私は……。
 やめよう。このことについて考えるのは。過去のことではないか。

 俯いて考えに耽ってしまったが、泥沼になる前に無理矢理顔を上げた。するとアレックス様が何だか遠い目をしていたような……。
 いいや。きっと、気のせいだろう。

「それで、だ」
「はい」
「一瞬迷ったが、言った方がいいだろうと思ったんだ。だが……」

 今度はエリオット様とウィリアム様を見るアレックス様。否、睨む、と表現するべきだろう目の鋭さだ。

「エリオットが笑顔で急所を押さえてくるわ、ウィリアムはやたらめったら足を踏んでくるわで……邪魔された。特にエリオットのあれは、死ぬかと思った」
「あら……お二人が」

 私も当の二人を見るが、エリオット様には笑顔で、ウィリアム様には冷めた目線で返された。
 何故邪魔をしたのだろう。理由も無しにそんなことはしないだろう。

「だが、二人の気迫に圧されてしまった俺にも責任はある……。申し訳なかった……」
「いえ、そんな……。そんなに責任を感じないでください。アレックス様は何も悪くありません」

 深く頭を下げるアレックス様に困ってしまい、もう二人に助けを求める。が、先程と同じように黙殺されてしまった。
 どうすれば頭を上げてくれるのかを考えながら、ノエルは友人に恵まれたのだなと心底思う。
 アレックス様は情に厚いのだろう。私なんて自身の友人の婚約者――今は妻だが――に対してそこまで責任を感じてくれるとは。私なら全く気にしないと思うのに。

 やがて時間が経ってからアレックス様が顔を上げたのを確認し、でしたら、と私はもう二人に疑問の声を投げ掛けた。

「お二人は、どんな理由があってノエルに言わなかったのですか? 差し支えなければ、教えて下さい」

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