月の光はやがて仄かに輝く

白ノ猫

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番外編

ノエルの友人(四)

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「ノエル……今日は早かったのね。顔色悪いけど、大丈夫?」

 実に一ヶ月ぶりの早帰りだ。
 ノエルは何故か苦虫を噛み潰したような表情をしている。目の下にはここ一ヶ月で見慣れた、大きく濃い隈が相変わらず居座っていた。
 疲れきったあまりに酷い形相となった顔に、大丈夫だと分かっていても倒れはしないかと不安になってしまう。
 ……と言うか、いつの間に帰ってきたのかしら。

「……お前ら、何でここにいる」

 ふむ、これが地獄の底から漏れるような呻き声と呼ぶべき声なのだろう。彼の口からこれほど不機嫌な声を聞くことが出来るとは思っていなかった。

「ソフィアちゃんを見に来たんだー」

 にやりとした笑顔のエリオット様を一睨みし、ノエルは忌々しげに舌打ちを響かせた。

「ソフィアは見世物じゃない。穢らわしいお前らが近づくな」

 穢らわしいとはまた、過激なことを。仮にも自分の数少ない友人なのに。
 アレックス様が何気に瞳の光を失いそうになっているではないか。エリオット様とウィリアム様は素知らぬ顔をしているが。

「はぁ……ノエル、言い過ぎよ。エリオット様はともかく、アレックス様とウィリアム様は変なことをしていないもの」

 だからあまり刺々しい言い方をしなくていいと思う。
 ノエルはパッと私を振り返り、少々迫力のある顔を向けてきた。

「エリオットのはさっきのだけ? 他に何もされてないよね?」
「えぇ。どこから見ていたのか知らないけど、さっきのだけよ」

 ほっとしたように、ノエルは一つ息をついた。
 手招きされたので早歩きに近寄れば、先程よりはっきりと見えた彼の顔色の悪さに顔をしかめてしまった。

「ノエル、仕事はもう終わったのよね?」
「ん……うん」
「なら、今日はもう寝た方がいいわ。もう一月もまともに眠ってないでしょう?」

 首を傾げて表情を伺った瞬間、目許に剣呑なものを滲ませていたノエルは急ににやりと笑い、高らかな声を上げた。

「ふ……ふ、ふははは! 見たか、ソフィアの可愛さを! 俺の嫁最高!」
「叫ぶくらいなら寝なさい」
「あ、うん」

 何が、『俺の嫁最高』なのだか。そんなの、叫ぶようなことではないのに。きっと疲れが溜まりすぎて気分がおかしくなっているのだ。
 殊勝な態度で頷いたノエルを部屋から追い出し、ノエルの友人である三人に向き直った。

「申し訳ありません、アレックス様、エリオット様、ウィリアム様。夫は疲れているのでお相手はできないかと。よろしければ、私が引き続きお話致しますが」
「『お相手できない』じゃなくて、ソフィアちゃんがさせてくれないの間違いじゃない?」
「そうとも言いますね」

 ノエルの身を案じて休ませたのは私だ。だから私が阻んだと言って違いない。
 だが。

「三人方も、疲れきったノエルを話し相手にしたいとは思わないでしょう? それほど鬼畜なようには見えませんので」

 にっこりと微笑んでみせるとウィリアム様は口許をひくりと小さく動かした。

「そう言われると、僕が鬼畜みたいだなぁ」
「そのように見えないのでノエルを休ませてくださるでしょう、と申し上げたのですが?」
「ソフィアちゃんがちょっと厳しい……」
「自業自得でしょう?」

 この人は部屋にノエルが来ることが分かっていて、あんな妙なことを言った。おそらく、ノエルと私を同時にからかおうとでも思ったのだろう。
 いつノエルが帰ってきたのかも、いつエリオット様がノエルの帰宅を察したのかも分からないが、きっとそうだ。
 ノエルが帰ってきたのを察したエリオット様が私をからかい始め、それを途中からノエルがあの悪い顔色で見ていた。途中からと言っても、私がエリオット様を蹴ろうとした辺り後からと考えられる。
 だって最初からなら、あのノエルが割って入らない訳がないのだから。

 とにかく、妙なことをしてくれたエリオット様にはそう歓迎した態度を取らない方がいい。でないと、隙を突かれそうな気がしてならない。

「ソフィアさん、俺達が貴女に会いに来たのは本当のことなんだよ」
「アレックス様はそうなのでしょうけど、お二人も……?」
「あのノエルが溺愛しているひとだからな。気にならないはずないだろ?」
「そういうものでしょうかね……」

 アレックス様とエリオット様はともかく、ウィリアム様は何にも興味がないかのような顔をしているのだが。
 興味を持たれても困るだけではあるけれど……。ノエルが言った通り、私は見世物ではない。

 胡乱気な眼差しになった私に、アレックス様が苦笑する。

「あははは……。あー、でも今日はもう帰るよ。また来るから」
「えー、僕まだソフィアちゃんといたい」
「帰るぞ」
「えー」

 ぶつぶつと不満の声を上げるエリオット様をアレックス様が担ぎ上げ、そこにウィリアム様が寄る。

「じゃ、ご馳走さん」
「うー、ばいばいソフィアちゃん」
「邪魔した。ソフィア・チュレット」

 見送りをする暇もなく去ってしまった三人。
 私は置いていかれた沈黙を懐かしく思いながら、客人用に出した菓子が全て無くなっているのを確認して苦笑を漏らした。







 コンコン、とノックを軽く二回。

「……入るわよ?」

 もう眠っていたら、起こしてはいけない。いつもより小さめに声をかけ、寝室のドアを開いた。
 すると書類を見ながら部屋の中を歩き回っているノエルが目に入ったので、大きく咳払いをして彼の注意を自分へ向かせた。

「ノエル、仕事は一区切りついたんでしょう?」
「あと少し」

 書類から目も上げずに返事をする。そんなに具合悪そうにしているのに。

「確認してるだけだから」

 書類を見たまま、私の機嫌を取るような声音で優しく言われる。
 私が不機嫌な顔をしていると分かるくらいなら、早く休んでほしい。
 ノエルにも都合がある。それは分かっている。だが、こうも無理してまで……。

「ソフィア、眉間に皺が寄ってるよ」

 胸の内のもやもやを抑えてじっと床を見つめていたら、やがて書類を見終えたのか、ノエルが目の前に立っていた。
 困らせてしまっただろうかと、感情を上手く制御できないことを悔しみながら顔を上げる。

「可愛いね、ソフィア」
「……いきなり、どうしたの?」

 ノエルは、思い切り表情を緩ませていた。顔色は変わらず悪いのに、でれでれしている。
 心底愛しそうに視線を落とす彼の腕が伸びてきても、私は黙って受け入れる。
 大きな手に頭を優しく撫でられるは、心地よいの一言に尽きる。子供扱いをしているのかとも考えるが、そんなことはどうでもいいと思えてしまうほどに。

「全部が好きすぎて困るなぁ」

 小さく囁かれた言葉に、私は俯いた。いつになっても、好きだと言われると赤面してしまって、慣れない。

「ノエル……休まないと」
「元気をもらってからね」

 元気をもらうとは何だ。私の頭を撫でること? でもこれは、私の方が元気になることだ。
 困惑してもう一度愛する人の顔を見上げると、素早くキスを一つ。

「っ……」
「さて、寝るかな。ソフィア、一緒に寝る?」
「寝ない、わ」

 反射的に寝ないと答えてしまってから後悔する。少しくらいなら、昼寝として寝ても良かったのに。
 でも今更寝ると言い直すのも、なんだか……。

「本当に駄目?」

 確認を取るように首を傾げたノエル。その目は悪戯っぽく輝いていた。
 絶対、面白がってるわ。
 だけど……ああ、分かってくれている。

「駄目じゃないわ……」




 それから、にこにこと笑うノエルを半ば強引にベッドに入らせ、昼寝用に着替えてから戻ってくると――

「やっぱり、疲れていたんじゃない……」

 私が入れる分の場所を残して、ノエルはぐっすりと眠りに落ちていた。
 その寝顔はいつもより幼く見えて、可愛らしい。

「お疲れ様、ノエル」

 額にかかっていた前髪をいじると、身動ぎした。そして、微かに微笑む。
 愛しくて愛しくて堪らない夫の耳元に口を近づけ、ごくごく微かな声で囁いた。

「ありがとう……」

 私を、愛してくれて――。









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