25年目の真実

yuzu

文字の大きさ
40 / 61
真実

しおりを挟む
 
「真実を聞きたいなら教えてやる。」

 禅の声が、静まり返った店内に低く響いた。
 蒼介は息を呑み、禅を見つめた。壁に背を預け、表情に影を落としている。

「あの日の事は、新聞に書いてあった通りだ。」

 禅がゆっくりと口を開く。

「姉さんは、急いでた」

 その言葉が空気を震わせた。
 千紘の肩が、びくりと跳ねる。蒼介は彼女の方を見たが、千紘は顔を伏せたまま、小さく身を縮めていた。
まるで、これから語られる言葉の重さに耐えきれないとでも言うように。

「俺に忘れ物を届ける途中だったんだよな姉さん。」

 禅の声は淡々としていた。

 蒼介の喉が、乾いた音を立てた。
 禅は天井を仰ぎ、目を閉じた。まるで、記憶の映像を脳裏に映し出しているかのように。

 時計の秒針だけが、規則正しく時を刻んでいる。
 その音が、やけに大きく聞こえた。

「……急に雨が降ってきた。それも、前が見えない程のね。」

 禅の声が、わずかに掠れた。

「激しくて……視界が悪くなった。少し前も見えないくらいだった。」

 蒼介は息を呑んだ。胸の奥で、何かが冷たく凍りついていく。

「慎重に運転するべきだったんだ」
 禅の拳が、壁の上でゆっくりと握られた。

「でも、姉さんは焦ってた。……母さんが心配だからってね。」
 
静寂が落ちた。
 重く、押しつぶされそうなほどの沈黙。

「土砂降りの雨が視界を遮り、ワイパーの動きを1番早くしても、見えづらかったんだ。目を凝らしながら運転していると、突如女の人が見えた。美奈子さんだ。」

 蒼介の全身が、一瞬で硬直した。
 心臓が、胸の奥で激しく跳ね上がる。耳の奥で血液が流れる音が聞こえた。

「視界に捉えたときにはもう、遅かった」
 千紘が、小さく嗚咽を漏らした。
 両手で顔を覆い、肩を震わせている。
「姉さんは……ハンドルを切った」
 禅の声が、さらに掠れた。
「女の人を避けようとして。必死にね……」

 蒼介の頭の中で、あの日の光景が鮮明に浮かび上がった。豪雨、暗い山道。
 
「そのまま姉さんは法面に激突した」

 禅の言葉が、蒼介の心臓を貫いた。

「トラックは横転。」

 千紘の嗚咽が、さらに大きくなった。

「その先は、報道された通り。運転手が死亡。美奈子さんは意識不明。」

 禅が目を伏せる。

「投げ出されたんだ。衝撃で……シートベルトが外れて」
 蒼介の喉が、乾ききっていた。
 唾を飲み込もうとしても、何も出てこない。

「トラックを見た。運転席は……大破してた」
 蒼介の目の前が、白く霞んだ。

「姉さんは死んだ」

 その一言が、店内の空気を凍らせた。

「すぐに分かった。運転席が潰れてて、姉さんは動かなかった」

 蒼介は拳を握りしめた。

「俺はショックでパニックになった。救急車を呼んだのは、通行人。」

 禅が顔を上げた。
 その目は、蒼介を真っ直ぐに見つめていた。

「遠くから、救急車のサイレンが聞こえた。」

 千紘が顔を上げた。
 涙で濡れた顔で、禅を見つめている。その目には、深い悲しみと――どこか諦めたような色が浮かんでいた。

「だよな……姉さん」

 禅が千紘に視線を向けた。

「あんたの……前方不注意が招いた事故だ。そうだろ」

 千紘は、何も言わなかった。
 ただ、小さく――本当に小さく、頷いた。
 その仕草が、蒼介の胸を締めつけた。

「……ごめんなさい」

 千紘の声が、か細く震えた。

「蒼介さん……本当に、ごめんなさい」
 涙が、頬を伝って落ちていく。
「私が……死ねば良かったのに。」

 気持ち悪い程の違和感。蒼介はそれが何かわからないまま、話を飲み込もうとしていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛を騙るな

篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」 「………」 「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」 王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。 「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」 「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」 「い、いや、それはできぬ」 「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」 「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」 途端、王妃の嘲る笑い声が響く。 「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。 しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。 オリバーはエミリアを愛していない。 それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。 子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。 それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。 オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。 一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

処理中です...