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episode2
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しおりを挟む重厚な扉が開き、柔らかな光が差し込んだ。
「……まあ」
小さく息を漏らしたのは、私ではなく、隣を歩く皇妃だった。
「素敵……本当に、あなたにぴったりの宮ね、リュシエル」
「そ、そうでしょうか……?」
私は一歩踏み出しながら、思わず足元を確認する。床は驚くほど磨き込まれていて、滑りそうで少し怖い。
「可愛らしい歩き方」
「今の、普通に歩いただけです……」
磨き上げられた回廊、高い天井、並ぶ扉。
どう見ても「部屋」ではない。
「こちらが、リュシエル様のお住まいでございます」
女官長エリーゼの説明に、私は首を傾げた。
「……“お部屋”、ですよね?」
「ええ。私宮でございます」
「……一部屋、ですよね?」
皇妃が、嬉しそうに微笑んだ。
「全部よ」
「……全部?」
「回廊も、庭も、奥のお部屋も。全部あなたのもの」
私は一瞬、言葉を失った。
「……広すぎます」
正直な感想だった。
「まあ! なんて謙虚なの!」
皇妃が両手を合わせる。
「聞きました? 今の。“広すぎますか”ですって。なんて慎ましいのかしら」
「あの、そんなに褒められると恥ずかしいです……」
女王は気にせず、私の一歩一歩を見守るように歩いている。
「この調度品も素敵。……まぁ!そうよね。ちょっと質素だわ。気に入らないようなら今すぐ別の品を手配させます!」
「……まだ何も言ってません」
エリーゼが、丁寧に問いかけてくる。
「差し支えなければ、これまでどのようなお部屋でお過ごしでしたか?」
「あ、使用人用の部屋で……使われていない様だったので」
「まあ……!」
皇妃が胸元を押さえる。
「健気……! ああ、どうしてもっと早く迎えられなかったの……!」
「い、いえ。そんな……」
「そう言えるところが、また……!」
女官の一人が、そっと視線を逸らした。
たぶん、感情の整理が追いついていない。
「では、ご自身のお部屋は無かったのですね?」
「衣装も少ないし、寝れる場所さえあれば私は……」
これには皇妃が、無言で天井を仰いだ。
「……あの」
「ええ、大丈夫よ」
大丈夫そうには見えなかった。
しばらくして、私は改めて宮を見回す。
「……あの、空いている部屋、多いですよね?」
「はい。十分すぎるほどにございます」
「でしたら」
私は少しだけ緊張しながら言った。
「この宮に仕えてくださる女官の皆さんに、一人一部屋ずつ使っていただけませんか」
女官たちが、一斉に目を見開く。
「恐れ多いことでございます……」
「いえ、使ってください。私には広すぎるし、1人は寂しいので。」
皇妃がまた声を上げた。
「まあ!まあ、まあ、まあ!」
両手を合わせ、目を潤ませる。
「聞いた? 今の。自分の宮より、まず周りを思いやる。陛下にそっくりですわ。」
「母上……」
「なんて優しいの……。これが我が娘……」
エリーゼは深く頭を下げた。
「……ありがたきお心遣い、痛み入ります」
「いえ……。そんな。頭を上げてください。」
皇妃が、満足そうに頷く。
「ええ、そうね。あなたは“居場所”の大切さを知っているのね」
回廊を歩きながら、私は小さく息を吐いた。
「……迷子になりそうですね」
「全ての通路と部屋に名前を。階段には地図板を設置するよう、手配を!」
「いえ、そこまでは……」
今度はエリーゼまでが即座に答えた。
「簡易の案内図を、至急ご用意いたします」
「急いでね。姫が迷子になってしまうわ。」
皇妃は、私の手をそっと取った。
「リュシエル、かわいい我が姫。今までそばに居てあげられなかった分、なんでも願いを叶えてあげるから。不満があれば何でも言うのですよ?」
「はい……お母様」
広すぎて、まだ実感が湧かない私宮は落ち着かない。
けれど――この宮が、少しずつ“居場所”になっていく予感だけは、確かにあった。
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