恋が温まるまで

yuzu

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#7 あの後のこと (田上 智の回想)

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 田上さんの瞳が、真っ直ぐに私を捉えて離さない。

 逃れるように視線を逸らしたのに、彷徨わせた瞳がぶつかる。

 田上さんは目を細め、沈黙が2人の距離を縮めた。

 次の瞬間、微かに肘がグラスにぶつかってしまった。

 淡い琥珀色のワインは照明を透かし、細く波紋を描いてグラスの内側をなぞりながらテーブルに広がっていった。

 ワインが、木目を濡らしながら流れていく。

 「きゃっ!」

 広がっていくワイン……その光景が——あの日の記憶と重なった。
 
 数年前のあの日。
 冷蔵庫にしまった、冷えたドリア。
 既読のつかないメッセージ。
 公園のベンチで、「ごめん。別れよう」と言った隆の声。
 
 あれから何年も経ったのに。
 もう忘れたと思っていたのに。
 
 「服濡れなかった?」
 「……あ、はい」

 田上さんの声で我に返った私は、咄嗟に身を引いた。

 田上さんは慌てて布巾を手に取り、こぼれたワインを拭いている。

 「すみません……私……」
 「気にしないで。ちょっと待ってて」
 
 立ち上がってキッチンへと駆けて行き、タオルを持って田上さんが戻ってきた。

「これ、使って」
 「ありがとうございます……」

 田上さんの優しさが胸に刺さる。
 でも、優しくされるのが——怖い。
 期待して、裏切られて、また一人で泣くのが、怖い。

 何年も経ったのに、悲しみに支配されたあの日を忘れられない。

「あの……私……」
「ん?」

 田上さんは手を止めて私の方へ振り向いた。

「私……元彼と別れて……数年がたつのに」
 
 言葉が喉に詰まる。

 「それから、誰とも付き合ってなくて」

「……花田さん」
「おかしいですよね。何年も前のことなのに……」

 自嘲気味に笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。

「また傷つくのが怖いんです」
 「……」
 「私みたいな人間じゃ、きっと田上さんを疲れさせてしまう」

 一人で、毛布にくるまって泣いていた自分が目の前にいるように浮かぶ。

 「花田さん、俺は」
 「田上さん、すみません。私、今日はこれで」
 田上さんが何かを言い切るのを無理やり遮ると、逃げるようにバックを肩にかけ、足早に彼のマンションを後にした。
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