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後日談(短編)
シルキア家へようこそ①
しおりを挟む心地好い風と暖かな日差し――近年異常気象で暑すぎる初秋となっていた前世とは違い、ここリュクセ王国は大変気持ちの良い気候が続いている九月。
シルキア伯爵邸の庭には賑やかな声が響いていた。
「これは何?」
「これはアレクシの大好きなキャベツの苗だよ」
「キャベツ!」
アレクシが嬉しそうにキャベツの苗を手にする。イヴァロンでは畑で野菜や花を喜んで育てていたと知った母親が庭に小さな畑を作ってくれたのだ。
植物を育てるということは情操教育にもなるだろうし、何よりアレクシが草花が大好きだから母の気遣いがとても嬉しい。
「キャベツはそのままにしてたらまん中からニョキって出てきて黄色い花が咲くんだよね!」
「まぁ、そうなの?アレクシは物知りさんね」
「えへへ」
母に褒められてアレクシも上機嫌だ。中身が成人女性だった五才の時の私にはなかった無邪気さに当てられ母も骨抜き状態になっている。
「よーっす、来たぞー」
「あ、王子様だ!」
もはや王子様とは思えない小学生並みの挨拶でシルキア家に乗り込んできたのはリクハルド様だ。
私やアレクシにとってはいつもと変わらぬ態度だが母や庭師の方を見ると……若干引いていた。
「何してんだ?」
「家庭菜園ですよ。今から野菜の苗を植えるんです」
これはキャベツの苗だよ、と得意気に見せているアレクシの頭をリクハルド様も嬉しそうにぽんぽんと撫でている。来る度に増していく父親感はいったい何なのだろうか。
「そうだ、野菜を育てるなら王都にある俺の土地をアレクシ専用の畑にしてやろう。とりあえず3ヘクタールほどあれば良いか?」
「いや、良くないです。農家になるつもりはありませんから」
3ヘクタールもあったらそれはもう家庭菜園なんかじゃないわ。
小さな畑で自分たちが愛情を込めて作り、家族の小さな食卓で、このキャベツちょっと紫色だよ!とかこのきゅうりグネグネに曲がったね!とか可愛らしい会話をして盛り上がりたいのだ。
「泥だらけになって芋掘り…ハッ、ジャガイモ!ジャガイモは!?」
「もちろんご用意いたしておりますよ」
「やったー!じゃがバタだぁ!」
庭師が木箱に入った種イモを持ってくるとついテンションが上がりアレクシと同じような反応をしてしまった。
母にクスクス笑われているがこういう時は楽しまなくては損なのだ。
「それじゃあ苗を植え付けていくぞー!」
「おー!」
伯爵家にあるまじき掛け声だがアレクシもリクハルド様もノリノリなので良いだろう。
そしたらまずはアレクシの好きなキャベツから~、と苗の準備を始めた時。
「……ずいぶんと楽しそうですね」
「う、わっ!ビックリした!」
音もなくのそっと現れたのは――
「あら、ベラント突然ね。何か急用?」
「いえ、もちろん用事があって来たのですが…」
突然何の連絡もなく現れたのは母の甥であるベラント・リンデル伯爵だ。
半年ほど前にイヴァロンに訪ねて来てくれて以来会うのは初めてだ。相変わらずの威圧感を放っているベラント兄さまだが…
「どうして来て早々泣いているんですか…もうホントに怖い!」
「それは、お前がっ、リクハルド王子殿下と仲良さげにしているからっ」
「はぁ…」
グスグスと泣いているベラント兄さまに呆れて、その肩ごしにチラリと母を見るとこめかみを抑えていた。……ドン引きどころかぶちキレそうだな。
「…リクハルド王子殿下と恋仲になったと聞いたんだ」
「ええ!?情報早いですね」
ワンテンポ遅れる男じゃなくなっているじゃないか!
まだ公表してないのにどうして知っているのか、あの夜会からそんなに経っていないのにもう隣国まで噂が?と首を傾げるとベラント兄さまは懐から手紙を出した。
「スレヴィ王子殿下から手紙をいただいてな…」
「あぁ……なるほど」
失恋の痛みをベラント兄さまにも味わわせて道連れにしてやろうという魂胆がみえみえだ。天使のようなふわふわの少年だったスレヴィ様が段々と腹黒くなっていくことにもの悲しさを感じる。
「はぁ…ベラント。今は楽しい家庭菜園の時間なのよ。あなたが泣いていたらアレクシが心配するからそういう話は後にしたら?」
そうだ。せっかくの楽しい雰囲気がベラント兄さまの登場で台無しだ。人の心の動きに敏感なアレクシが心配そうにこちらを見ている。…リクハルド様はボケーッと突っ立ってるだけだが。
「せっかくですから兄さまも一緒に苗を植えましょう」
「…ああ、そうだな。そうしよう」
ようやく涙を拭ったベラント兄さまはよし、とやる気を出した。気合いの入れすぎで顔は怖いが泣かれるよりは良いだろう。
そうして我々はメリヤ夫人プレゼンツ家庭菜園秋の植え付け会を再開したのだった。
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