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後日談(短編)
シルキア家へようこそ②
しおりを挟む「用事というのはアレクシの両親に関することです」
秋の植え付け会も終わり皆で昼食を楽しんだ後ベラント兄さまが切り出した。ベラント兄さまはアレクシの父親の事を調べておくと言っていたので何かわかったのだろう。
アレクシが緊張した面持ちになった事に気がつきそっと小さな手を握ると思いのほか強く握り返された。
「…僕のママとパパのこと?」
「ああ。それと最初に言っておくがアレクシをクリスティナから離すとかそういう話ではないからな」
身元がわかれば隣国に帰されるのではないかと心配したアレクシが精神的ストレスで高熱を出したのは記憶に新しい。
ベラント兄さまもあの時は少なからず後悔したのだろう。言葉は固いがアレクシに無駄な不安を与えないという配慮、そしてアレクシに理解できないことでもきちんと本人に話すと決めたことも覚えてくれていた。
「アレクシは父親のことは母親から何か聞かされていたか?」
「うーん…あんまり覚えてないけど…お星さまになったよって言ってた。ママもパパのことはほとんどお話ししなかった」
それを聞いて兄さまがうむ、と頷く。
アレクシの両親は共に隣国シュエルクの辺境地域であるプルトヴァ出身だという。
アレクシの身分登録はシュエルクできちんと為されていたがケトラという姓は母親の姓、つまり未婚の母となったということだ。
「父親についてもちゃんと役所に登録されていたがアレクシが生まれる前に当時辺境で流行っていた病に罹り亡くなったようだ」
「それで母親は父親のことをあまり口にしなかったのね」
はい、とベラント兄さまが頷く。
彼女自身も恋人を失った現実を受け止め難かったのかもしれない。
「で、アレクシの父親だが驚いたことに辺境伯の三男だった」
「え!?辺境伯!?」
「ああ。だが将来爵位を継ぐことはなかっただろうがな」
なんということだ。アレクシには辺境伯の血が流れていたなんて。
「どこでどう知り合ったかまではわからないし結婚の約束をしてたかどうかその辺りのこともわからない。ただ形見に宝石がいくつかあるということは大事にされていた証拠だとは思う」
「辺境伯は亡き息子の子供として引き取ったり援助するつもりはなかったのでしょうか?」
「そもそもアレクシの存在を知らなかったようだ。身籠ったとわかった後はプルトヴァを出てリュクセ王国に程近い街に移ったらしい」
ということは辺境伯には何も伝えずに女手一つで育てていくことを決心したのだな。まだ年若い女性がこの時代に一人で子供を産み育てるのは並大抵の事ではないはずだ。
そして無理がたたって自分も病に伏せ亡くなってしまったのだろう。
「ただ辺境伯に伝えていたとしても門前払いだったのでは、と思う」
「会いに行ったの?」
「はい。アレクシの存在を伝えたら第一声が、目的は何だ?金か?と」
「……酷いわね」
母がため息を吐き首を横に振る。
しかもご丁寧に後日彼らの弁護士を通し書簡が届けられたらしい。今後一切辺境伯家に関わるな、と。
「こちらから願い下げだとぶちキレかけたが……まぁもう関わらずに済むのならそれに越したことはないだろう。これでシュエルクでのアレクシの身辺調査は終わりだ」
そう言ってベラント兄さまは書類を差し出してくれた。アレクシの身分証明、辺境伯からの書簡等が入っている。
「ぞんざいだったのはアレクシの叔母夫婦ですね。アレクシに関する手続きをリュクセ王国で何一つしていなかった」
「ああ。きちんと育てるつもりはなかったのだろう」
叔母夫婦を思い出したのかアレクシがぎゅっと抱きついてきたのでぽんぽんと背中を撫でる。大好きなママを亡くして辛いのに叔母夫婦に冷遇されどんなに苦しかっただろう。今考えても胸が締め付けられる。
「まぁともかくこれでアレクシのルーツもわかったし今後どう動くとしても手続きがスムーズにいくだろう」
「そうですね」
もしアレクシがシルキア家の養子になることを決意した場合、申請はスムーズに通ることになるし、関わるなと向こうからわざわざ書面にしてくれたお陰で今後は文句を言われる筋合いもないということだ。
「んで俺は何すればいいんだ?シュエルクにアレクシ寄越せって言えばいいのか?それとも辺境伯ぶっ潰せばいいのか?」
「もう、話ちゃんと聞いてましたか!?わざわざややこしくしてどうするんですか!」
他国の王太子が介入してきたら国際問題になるだろうが!まぁ腹立つ気持ちはわからんでもないが…。
「はは…。王子殿下が動くことは何もないですよ」
「そうか?」
リクハルド様はどこか不満気にしているがややこしくなるのでじっとしといてほしい。
「で、提案なんだが」
ベラント兄さまはアレクシが幼少の頃過ごした街の共同墓地に母親が埋葬されていることを教えてくれた。
「一度墓参りに行かないか?母親との辛い思い出もあるだろうから無理にとは言わないが…」
楽しい思い出もあるだろうが、母親が亡くなったことを思い出させる街でもある。
アレクシは私に抱きついたまま考え込んでいる。よくわからないというのもあるかもしれない。
「ママのお墓…」
「…一緒に行ってみようか?ママにキレイなお花をたくさん持っていってアレクシは元気に過ごしてるよって報告するの」
「うん!」
もし直前になって嫌だと言えば止めればいい。軽い気持ちでいることも大事だろう。
話が一段落ついたところでベラント兄さまは脇に置いてあったトランクから箱を取り出した。
「そういえばみやげがあるんだ」
「あら懐かしい。リンツァーアウゲンね」
見覚えのある箱にアレクシもピクリと反応する。前回ベラント兄さまが持ってきてくれてアレクシがとても喜んだクッキーだ。
「お母様もシュエルク出身ですからアレクシと同じですものね」
「そうね。アレクシが住んでいた街からは少し離れているけど同じ国だわ」
「僕リンツァーアウゲン大好き!おばさまも好き?」
「ふふ、私も大好きよ」
共通の話題を見つけ嬉しかったのかアレクシが少し興奮気味に母と会話をしながらおみやげの箱を開けている。その様子を見て満足そうに頷いたベラント兄さまは更にもう一つ木箱を差し出した。
「クリスティナはこのブドウを食べてみてくれ。赤紫色が可憐でクリスティナに似合いそうだろう?本当はさくらんぼが愛らしくて良かったんだが時期的に難しくてな」
「……本当にブレませんね」
あなたの隣に私の婚約者がいるんですが!?
リクハルド様はむしゃむしゃとリンツァーアウゲンをむさぼっていて、ベラント兄さまが気持ち悪いことを言ってても特に気にはしていないようだが。
「じゃあシュエルクにはいつ行く?」
「え、リクハルド様も一緒に行くんですか!?」
「そりゃそうだろ」
何がそりゃそうなのかはわからないが一緒に行く気満々らしい。隣国の王太子が我が家に!?とベラント兄さまはビビっている。
アレクシに関することだしおそらく父と母も同行するだろう。早々に日程を調整して私たちは隣国シュエルクへ行くことになったのだった。
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