【完結】俺とあの人の青い春

月城雪華

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四章 夏本番、近付く距離

4‐05 巧みな策

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「ごめん」

 椅子に座ったままではあるが、折り目正しく頭を下げている親友が目に入り、反射的に頬が引き攣る。

「……ちょ、先聞くけど。うさぎちゃんに無理矢理言わされたとか、では……ない?」

 怖々とした声で問い掛けると、ややあって雅玖が顔を上げた。

「いや、その……な。仁が勘付きまして、ここ二ヶ月くらいお前の様子がおかしいって」

 龍冴の顔を見れないのか、雅玖は伏し目がちなままぼそぼそと呟いた。

「え」

 その言葉でがばりと仁の方を見ると、さっと目を逸らされる。

 仁は永睦ほどではないが、どちらかと言うとお喋りな方で楽しそうな事があれば何であれ飛び付く。

 加えて厄介なところは勘が鋭く、仁が指摘した事は百発百中で当たるのだ。

 きっと龍冴の様子を見て違和感を持ち、それとなく雅玖に聞いたのだろう。

 口が軽いのは百も承知で仁に教えたのであれば許し難いが、そこは雅玖のことだから『永睦には内緒だぞ』と言ってくれたに違いない。

 ひゅうひゅうと下手な口笛を吹いているところを見るに、どうやらぽろりと永睦に零してしまったらしい。

(仁もだけど、うさぎちゃんもなんなんだ、本当!)

 噂になっているくだんの上級生の恋人が龍冴で、発端としては仁に言ってしまった雅玖になる。

 けれど感情が分かりやすい自分こそが全面的に悪いため、誰であれはっきりとは責められなかった。

「……一応聞くけど、悪気は無いんだよな?」

「断じて!」

 思っていたよりもずっと低く冷たい声が出たが、雅玖は何度も素早く頷く。

 そもそもこの男が嘘を吐くのは聞いた事がないため、真実なのだろう。

 ただ、今は誰が話したかなど重要ではないのも事実だった。

「……で? この相手がどうしたんだ?」

 羚架に向き直り、やや溜め息混じりで言った。

 もはや疲れ切ってしまい、行儀が悪いが半ば机に頭を預けながら言う。

「えっと、この後にも続きがあってね」

 言いながら羚架は携帯を机に置き、ポンと軽く画面を押した。

『誰ですか?』

 画像から現れたメッセージは羚架が返信したもので、どうやらわざわざ会話の内容を動画にしたらしかった。

『君と同じ高校なんだよね。一年生かな、プロフ的に』

 すると相手は質問とは逆のことを返すと、その後『君のこと気になってる』とあった。

 ここの部分だけで吐き気が込み上げそうだが、動画なため一定の感覚で新しい文面が現れる。

 龍冴は無意識に目を細め、画面を注視した。

『あの、だから誰ですか?』

『佐野だよ』

 尚も尋ねる羚架に、観念したのかやっと相手の名前が分かる。

「……イタズラかと思って怪しかったから、こう送ったんだ」

 新たな文章が出る前に、羚架が先回りするように言う。

『ごめんなさい、分からないです』

『あ、そうだよね。三年の校舎にはあんまり来ない?』

「──椰一、だ」

 次の文章が現れる前に龍冴はさっと手で画面を隠し、掠れるほどの小さな声でその名を呟いた。

 同時に胃の奥から何かが迫り上がってきそうな感覚があり、慌てて口元を抑える。

 すかさず雅玖が背中を擦ってくれ、その優しさが今ばかりはありがたくて心強かった。

「その人も、佐野っていうの?」

 羚架がそっと尋ねてくる。

「他に誰か、いる……のか」

 ほうほうのていで言うと、羚架は一瞬だけ押し黙った。

「……分かんない、けど。色々と噂がある人なのは知ってる」

 だから信じられなくて、と羚架は続けると、また口をつぐんだ。

 途切れ途切れではあるが言葉を選んでくれているのは、ひとえに龍冴の反応が予想外だったのだと思う。

 普段から誰に対しても平等で、弱い部分を見せないようにしてきた。

 そんな人間がここまで憔悴しているのは、誰であれ驚いてしまうだろう事も少し考えれば容易に想像がつく。

「まさか僕のところにも来るって思わなくて。あんまりパッとしないのにね」

(また、か)

 あはは、と笑う羚架は無理して笑っているように見える。

 自身を卑下しているが、誰よりも思いやりがあって心優しい人間なのだ。

 すべては自分の弱さから来るもので、これくらいで吐き気をもよおすなどあってはならない。

 気を遣ってもらう事がどんなに惨めで悲しいか、それはこの数日で身に沁みている。

(動じるな。元々俺じゃなくて、あいつが全部)

「──ごめんなさい、龍冴さん」

 悪い、と心の中で呟いたと同時に、羚架の声が静かな教室に響いた。

 とうに生徒らはいないようで、聞こえるのは羚架のどこか凛とした声だけだ。

 何に対しての謝罪なのか理解しているが、あまりに唐突で龍冴は目を瞬かせた。

「だいじょ、ぶ……だから」

 あまり口を開けば胃の中のものが出てしまいそうで、弱々しく囁く。

 な、と安心させるように微笑めば、羚架はまだ眉を寄せていたものの、こちらの気持ちを分かってくれたようだった。

「……ん」

 けれどまだ納得していない部分があるのか、それでも羚架は淡い笑みを浮かべた。
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