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五章 離れたくない、そう思った
5‐04 嫌いだ
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「何がおかしい」
「っ、ごほっ……!」
すると椰一がぐいとネクタイごと胸倉を摑んできて、反射的にむせる。
「なんで笑ってんだよ! 好きか嫌いかって聞いてんのに黙ってるし、お前がそんなだと笑えねぇんだよこっちは!」
口早に捲し立てられ、何を言っているのかあまり分からない。
しかし椰一の口振り的に、心の中に留めていた感情が表に出てきてしまったらしい。
襟元を摑む力が段々と強くなり、その強さが椰一の怒りを物語っているようだ。
加えてしっかりと力があるようで、軽く五センチほど身体が浮いた。
「っ、う……」
どこかで逆鱗に触れるとは思っていたが、まさか己の小さな失態でここまで感情を露わにするとは予想していなかった。
どうやら椰一の持つ怒りの沸点を遙かに見誤っていたようで、だというのに先程に比べて恐怖よりも笑いが込み上げてくる。
──分かってしまったのだ。
この男は自分を『好きでいてくれる相手』が好きで、少しでも『嫌い』という感情を感じ取ると豹変する、と。
告白してきた時は多少なりと『遊んでやろう』という気持ちがあったのかもしれない。
しかし、結果的に男女問わず何人もの相手と恋人関係を結んでいるのは明白だ。
適当な理由をでっち上げて付き合い、少し優しくしてから相手が『本気で』好きになった、と思えば次へ行く。
要は浮気をしても何も言わず、好きでいてくれる人間が欲しいのだ。
その繰り返しをしているから、椰一自身でも本当の好意が分からなくなっている可能性もあった。
ただ、龍冴から何度メッセージを送っても返信がなく、その時に己に対して情が無くなった、もしくはそこから不安を感じ取っていたのかもしれない。
だから『浮気してるのか』と聞かれて怒り、こうして二人きりになれる場所で問い詰めている。
(本物の馬鹿だよ、アンタは)
そういう事でしか愛を見出せず、なのに浮気ばかりするのはもはやどうにもならないと思う。
その人の個性であり、治らない病気なのだ。
少なくとも、たった一人を愛する手段がそれではいつか破滅を行くのは分かりきっている。
「……おれ、は」
龍冴は息苦しさでもつれそうになる唇を叱咤し、ぽつりと零す。
「アンタのこと、信じ……られ、ない」
せめてもの抵抗で、けれど本音と建前のぎりぎりのところを唇に乗せた。
最後の最後で『嫌い』と言いたかったが、少し黙っているだけでこれなのだ。
馬鹿正直に言えば殴られるだけでは済まないかもしれない、と本能的に思ったのだ。
すると椰一にも一応プライドらしきものがあるのか、ややあって胸倉を摑んでいた手を離す。
「っ!」
少し受け身を取るのが遅れ、龍冴は手の平を地面に打ち付けた。
痛みに顔を歪めるが、目線だけは下げない。
目の前の男がどんな表情をしているのか、最後まで見届けたかった。
「……そうかよ」
やがて椰一は小さくそれだけを吐き捨てると立ち上がり、こちらを見下ろす。
「俺がお前を好きなのは本当だ。……でも、今は何も考えられないし、そんなだと距離置くしかないんだろうな」
いつになく落ち込んだ声だった。
けれどその言葉は真っ赤な嘘で、ひっそりとメッセージアプリもブロックするのだと感じ取った。
一度ならず二度も第三者と話している、そして話し掛けている場面を知っており、とてもではないが信じられない。
それ以前に椰一に対する感情は既に無く、あるのはただ憐憫だけだった。
椰一が立ち去ってから取る行動が手に取るように分かるからか、尚のこと笑いを抑えられない。
「っ、ごほっ……!」
すると椰一がぐいとネクタイごと胸倉を摑んできて、反射的にむせる。
「なんで笑ってんだよ! 好きか嫌いかって聞いてんのに黙ってるし、お前がそんなだと笑えねぇんだよこっちは!」
口早に捲し立てられ、何を言っているのかあまり分からない。
しかし椰一の口振り的に、心の中に留めていた感情が表に出てきてしまったらしい。
襟元を摑む力が段々と強くなり、その強さが椰一の怒りを物語っているようだ。
加えてしっかりと力があるようで、軽く五センチほど身体が浮いた。
「っ、う……」
どこかで逆鱗に触れるとは思っていたが、まさか己の小さな失態でここまで感情を露わにするとは予想していなかった。
どうやら椰一の持つ怒りの沸点を遙かに見誤っていたようで、だというのに先程に比べて恐怖よりも笑いが込み上げてくる。
──分かってしまったのだ。
この男は自分を『好きでいてくれる相手』が好きで、少しでも『嫌い』という感情を感じ取ると豹変する、と。
告白してきた時は多少なりと『遊んでやろう』という気持ちがあったのかもしれない。
しかし、結果的に男女問わず何人もの相手と恋人関係を結んでいるのは明白だ。
適当な理由をでっち上げて付き合い、少し優しくしてから相手が『本気で』好きになった、と思えば次へ行く。
要は浮気をしても何も言わず、好きでいてくれる人間が欲しいのだ。
その繰り返しをしているから、椰一自身でも本当の好意が分からなくなっている可能性もあった。
ただ、龍冴から何度メッセージを送っても返信がなく、その時に己に対して情が無くなった、もしくはそこから不安を感じ取っていたのかもしれない。
だから『浮気してるのか』と聞かれて怒り、こうして二人きりになれる場所で問い詰めている。
(本物の馬鹿だよ、アンタは)
そういう事でしか愛を見出せず、なのに浮気ばかりするのはもはやどうにもならないと思う。
その人の個性であり、治らない病気なのだ。
少なくとも、たった一人を愛する手段がそれではいつか破滅を行くのは分かりきっている。
「……おれ、は」
龍冴は息苦しさでもつれそうになる唇を叱咤し、ぽつりと零す。
「アンタのこと、信じ……られ、ない」
せめてもの抵抗で、けれど本音と建前のぎりぎりのところを唇に乗せた。
最後の最後で『嫌い』と言いたかったが、少し黙っているだけでこれなのだ。
馬鹿正直に言えば殴られるだけでは済まないかもしれない、と本能的に思ったのだ。
すると椰一にも一応プライドらしきものがあるのか、ややあって胸倉を摑んでいた手を離す。
「っ!」
少し受け身を取るのが遅れ、龍冴は手の平を地面に打ち付けた。
痛みに顔を歪めるが、目線だけは下げない。
目の前の男がどんな表情をしているのか、最後まで見届けたかった。
「……そうかよ」
やがて椰一は小さくそれだけを吐き捨てると立ち上がり、こちらを見下ろす。
「俺がお前を好きなのは本当だ。……でも、今は何も考えられないし、そんなだと距離置くしかないんだろうな」
いつになく落ち込んだ声だった。
けれどその言葉は真っ赤な嘘で、ひっそりとメッセージアプリもブロックするのだと感じ取った。
一度ならず二度も第三者と話している、そして話し掛けている場面を知っており、とてもではないが信じられない。
それ以前に椰一に対する感情は既に無く、あるのはただ憐憫だけだった。
椰一が立ち去ってから取る行動が手に取るように分かるからか、尚のこと笑いを抑えられない。
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