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Epilogue 穏やかな日常
7‐02 襲い来る不安
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「……おれ、は。また……こんな」
かたかたとかすかに震えながら、幸は自身を掻き抱く。
それは恋人に向けて言ったものか、幼馴染みに向けて言ったものか、定かではない。
ただ、困惑と怒りとが入り混じった表情をしていた。
やや見開かれた黒目は今にも涙が溢れそうで、なのに雅玖は最後のひと押しと言わんばかりに唇を開く。
「龍冴との間に何があったのかも、全部聞いた。……でも今は俺じゃなくて、こいつの話を聞いてやって欲しいんだ」
な、と雅玖は幼い子供に語り掛けるような口調で言う。
「……分かった」
ややあって幸はそれだけを呟くと、玄関から一歩下がって先に家の中に入っていく。
どうやら龍冴も入っていいらしく、つくづく雅玖が居てくれて良かったと思う。
自分一人では二言には追い返され、もう完全に口を聞いてくれなかっただろう。
ちらりと雅玖を見ると、小さくウィンクをしていた。
「入ろうぜ、相棒」
こんな時でも己のことをそう呼んでくれ、また何があっても助けてくれるのは雅玖しかいないだろう。
他の友人がどうかは分からないが、ここまでしてくれる人間は龍冴の知る限りそういないのだ。
玄関を通ってリビングの横を通り過ぎる時、母親はいなかった。
どこかへ出掛けているか、もしくはパートの時間なのかキッチンのある場所がどこか物悲しい。
もしも鉢合わせれば、きっとあの手この手でもてなすのは明白なのだ。
そして極め付けには、『今度はお父さんお母さんと、きょうだい皆でいらっしゃい』と言われる未来が見える。
互いの両親の仲がいいのは構わないが、今はその関係が少し羨ましくもあった。
なぜなら自分たちは、この数分ほどでこれからも家族ぐるみで付き合っていくのかが決まるのだ。
しかし幸が一言でも『嫌だ』と言えば、龍冴はその言葉を呑むしかなくなる。
どちらの両親らも不審がるだろうが、もしそうなれば当たり障りのない形式上の会話をして、どちらかがパーティーの輪から出ていく事になるだろう。
そもそも、しっかりと話をするのがこれきりになる可能性も十分にあった。
「……もう一回聞くぞ。なんで来た」
幸の部屋は最後に入った一年前と比べて、あまり変わっていなかった。
むしろ雅玖と撮ったであろう写真が一つ二つ、四角の白いフレームに収められているくらいだろうか。
(ここに入るのも久しぶりだ……)
少し懐かしい気持ちになりつつも、龍冴はそろりと真正面に座る幸を見つめる。
当初より表情が和らいだように思うが、それでも眉間に刻まれた皺は依然深いままだ。
均整のとれた顔立ちだからか、見る者が見れば見惚れるのは必至だろう。
しかし怒っている表情はその分凄みが増し、改めて霧散していた恐怖がまた大きくなっていく。
小さな丸テーブルを挟んで、頼みの綱になりつつあった雅玖は幸の隣りに座っていた。
龍冴の表情を見て助け舟を出すためだろうと思うが、その意図は分からない。
「えっ……と、な」
なのに幸の質問に答えようとすると、喉に何か挟まったような感覚があり、焦りもあって二重の意味で苛まれた。
(やっぱ家に行くの、やめとけばよかったか……!?)
ただこのまま逃げてしまっては、せっかく雅玖の提案で幸のもとへ来た意味がなくなってしまう。
加えて疑問に答えないままでは、それこそ怒るだけでは済まないだろう。
呆れられるだけでなく、向こう数年は無視を決め込まれるかもしれない。
そんな不安でいっぱいで、龍冴は膝に揃えている手に視線を向けた。
無意識に強く握り締めていた両手は白くなっており、ともすれば痛々しい。
幸の顔を見る前は『絶対に誤解を解く』とはりきっていたのに、今はまともに顔を見れなかった。
かたかたとかすかに震えながら、幸は自身を掻き抱く。
それは恋人に向けて言ったものか、幼馴染みに向けて言ったものか、定かではない。
ただ、困惑と怒りとが入り混じった表情をしていた。
やや見開かれた黒目は今にも涙が溢れそうで、なのに雅玖は最後のひと押しと言わんばかりに唇を開く。
「龍冴との間に何があったのかも、全部聞いた。……でも今は俺じゃなくて、こいつの話を聞いてやって欲しいんだ」
な、と雅玖は幼い子供に語り掛けるような口調で言う。
「……分かった」
ややあって幸はそれだけを呟くと、玄関から一歩下がって先に家の中に入っていく。
どうやら龍冴も入っていいらしく、つくづく雅玖が居てくれて良かったと思う。
自分一人では二言には追い返され、もう完全に口を聞いてくれなかっただろう。
ちらりと雅玖を見ると、小さくウィンクをしていた。
「入ろうぜ、相棒」
こんな時でも己のことをそう呼んでくれ、また何があっても助けてくれるのは雅玖しかいないだろう。
他の友人がどうかは分からないが、ここまでしてくれる人間は龍冴の知る限りそういないのだ。
玄関を通ってリビングの横を通り過ぎる時、母親はいなかった。
どこかへ出掛けているか、もしくはパートの時間なのかキッチンのある場所がどこか物悲しい。
もしも鉢合わせれば、きっとあの手この手でもてなすのは明白なのだ。
そして極め付けには、『今度はお父さんお母さんと、きょうだい皆でいらっしゃい』と言われる未来が見える。
互いの両親の仲がいいのは構わないが、今はその関係が少し羨ましくもあった。
なぜなら自分たちは、この数分ほどでこれからも家族ぐるみで付き合っていくのかが決まるのだ。
しかし幸が一言でも『嫌だ』と言えば、龍冴はその言葉を呑むしかなくなる。
どちらの両親らも不審がるだろうが、もしそうなれば当たり障りのない形式上の会話をして、どちらかがパーティーの輪から出ていく事になるだろう。
そもそも、しっかりと話をするのがこれきりになる可能性も十分にあった。
「……もう一回聞くぞ。なんで来た」
幸の部屋は最後に入った一年前と比べて、あまり変わっていなかった。
むしろ雅玖と撮ったであろう写真が一つ二つ、四角の白いフレームに収められているくらいだろうか。
(ここに入るのも久しぶりだ……)
少し懐かしい気持ちになりつつも、龍冴はそろりと真正面に座る幸を見つめる。
当初より表情が和らいだように思うが、それでも眉間に刻まれた皺は依然深いままだ。
均整のとれた顔立ちだからか、見る者が見れば見惚れるのは必至だろう。
しかし怒っている表情はその分凄みが増し、改めて霧散していた恐怖がまた大きくなっていく。
小さな丸テーブルを挟んで、頼みの綱になりつつあった雅玖は幸の隣りに座っていた。
龍冴の表情を見て助け舟を出すためだろうと思うが、その意図は分からない。
「えっ……と、な」
なのに幸の質問に答えようとすると、喉に何か挟まったような感覚があり、焦りもあって二重の意味で苛まれた。
(やっぱ家に行くの、やめとけばよかったか……!?)
ただこのまま逃げてしまっては、せっかく雅玖の提案で幸のもとへ来た意味がなくなってしまう。
加えて疑問に答えないままでは、それこそ怒るだけでは済まないだろう。
呆れられるだけでなく、向こう数年は無視を決め込まれるかもしれない。
そんな不安でいっぱいで、龍冴は膝に揃えている手に視線を向けた。
無意識に強く握り締めていた両手は白くなっており、ともすれば痛々しい。
幸の顔を見る前は『絶対に誤解を解く』とはりきっていたのに、今はまともに顔を見れなかった。
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