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その夜は、アスファルトを叩きつけるような冷たい雨が降っていた。街灯の光が雨粒に砕け、濡れた路面に滲むように広がっている。
七瀬はコートの襟を立て、成川との食事を終えて地下鉄の入り口へと急いでいた。
今夜の成川は、いつになく饒舌だった。新しく立ち上がる海外進出プロジェクトのパートナーとして七瀬を指名したこと。
これから数ヶ月、公私ともに嫌というほど顔を合わせることになるだろうという宣言。
レストランの柔らかな照明の下、成川は当然のように七瀬の隣に座り、洗練された手つきでワインを注ぎ、隙あらばその細い指先に自分の手を重ねてきた。
「七瀬、このプロジェクトが成功したら、一緒にニューヨークへ行かないか。俺の隣には、やはり君が必要なんだ」
囁きながら肩を抱き寄せる成川の仕草には、一度でも互いの熱を知り、深く寄り添ったことのある者だけが持つ、隠しきれない独占欲が滲んでいた。七瀬はその腕を拒むでもなく、しかし受け入れるわけでもなく、ただ静かに視線を落とした。
二人はかつて、学生時代から数年間にわたり恋人同士だった。若さゆえの純粋さで互いを求め合い、未来を疑いもせずに同じ方向を見ていた。だが、成川がキャリアの階段を駆け上がるにつれ、二人の歩幅は少しずつズレていった。
成川の仕事は多忙を極め、会える時間は減り、物理的な距離はやがて心の壁となった。寂しさに耐えかね、追うことに疲れ果てたのは七瀬の方だった。いつしか自分が置き去りにされていくような感覚に耐えられなくなったのだ。
身を引いた七瀬に対し、成川は一度も納得したことはなかった。今日の食事でも、まるで“別れ”など存在しなかったかのように振る舞い、当然のように七瀬を自分の隣に置こうとする。
ニューヨークへ拠点を移してもなお、成川は一度その腕に抱いた最愛を手放すつもりなど毛頭なかった。数年の沈黙を経て再び七瀬の前に現れたその瞳には、かつてよりも深い――仕事という大義名分を巧妙にまとった執念が宿っていた。
七瀬は、自分の肩に置かれた成川の掌の熱に、かつての温かな記憶と、それ以上に深い喪失感を呼び起こされ、曖昧な苦笑を返すことしかできなかった。
成川からの執拗な二軒目の誘いを、「明日も会議が早いから」と体よく断り、ようやく一人になった。
店を出た瞬間、冷たい雨が容赦なく降り注いだ。
アスファルトに跳ね返る雨音が、七瀬の疲れた鼓膜に重く響く。
(……疲れたな)
思わず漏れた心の声は、雨に溶けて消えていった。
(……戻れないんだよ、もう)
七瀬は深く息を吸い、そのすべてを振り払うように、ゆっくりと歩いていた。
その時、背後から濡れたコートの重みと共に、腕を強く掴まれた。
「……っ!」
反射的に身構えた七瀬の視界に飛び込んできたのは、肩を激しく上下させた和弥の姿だった。
「……お疲れ様です」
傘も差さずに走ってきたのだろう。整えられていたはずの前髪からは雫が滴り、頬を伝う雨と汗が区別できないほど濡れている。
「村上……? お前、何をしてる」
「課長……最近、成川さんとばっか一緒にいますね。新しいプロジェクトも、あいつと組むって本当ですか?」
七瀬の手首を掴む指先に力がこもり、骨が軋むような痛みが走る。
「毎日毎日、あいつとばっかつるんで……。俺のこと馬鹿にするの、もう飽きたんですか?反論もしないで、あんな奴の言いなりになって、隣でヘラヘラ笑って……。ふざけんなよ」
「離せ、村上。……お前に成川との仕事のやり方を指図される覚えはない。誰と組もうと、それは会社が決めたことだ」
「だったら!」
和弥の声が雨音を突き破るように響いた。
「この前のは一体何だったんだよ……?!散々俺のことを『当て馬』だの『絞りカス』だの、馬鹿にしておいて……!そのくせ、自分だけ新しい男と楽しそうに…!」
和弥の言葉は、あまりにも身勝手で、幼稚な独占欲だった。だが――その剥き出しの執着を向けられるたび、七瀬の胸の奥で、閉じ込めていた衝動が限界を超えて軋む。
「……お前に、何がわかる」
七瀬の声は低く、押し殺した怒りと苦しさが混ざっていた。
「わかんねえよ!わかるわけないだろ、あんたが何も言わないから!」
和弥は七瀬の腕をさらに強く掴み、逃げ道を塞ぐように一歩踏み込む。七瀬の胸の奥で、何かが大きく揺らいだ。
通行人たちの冷ややかな視線が突き刺さる。
「うるさい……っ!!」
叫びとともに、七瀬は和弥の手を振り払った。その動きは、普段の冷静さとはまるで別人のように荒々しい。
常に崩れることのなかった端正な顔が、今まで一度も見せたことのない絶望と怒りに歪む。
「俺が……お前のことを、どれだけ……どれだけ見てきたと思っている!!」
「っ、な……」
吠え返そうとした和弥が、弾かれたように言葉を失った。
七瀬の瞳から、涙が一筋零れた。
「成川と仕事をするのが気に入らない?どの口が言ってるんだ……!」
七瀬の声は震え、しかし鋭く響いた。
「和泉とお前のことを、ずっと一番近くで見ていた俺が……どんな気持ちだったかわかるか?」
和弥の喉がひゅっと鳴る。
「無様な姿を晒すお前を見て……『ザマアみろ』って嘲笑って……そうやってお前を傷つけて、自分を誤魔化さないと……!」
通行人が足を止め、振り返る。
だが七瀬はもう、周りの視線を気にする余裕はなかった。
「お前が和泉の名前を呼ぶたびに……、俺の心がどれだけ殺されていったか……!」
七瀬の声は震え、涙で濡れていた。
「お前が泣きそうになるたびに……あいつを憎んで……、それ以上に……あいつに縋りつくお前を見て、死にたくなるほど絶望する俺の気持ちを……!」
七瀬は胸を押さえ、呼吸を乱しながら叫ぶ。
「お前みたいな……自分のことしか見えていない鈍感なガキに……理解されてたまるか!!」
それは、七瀬が何年も胸の奥に押し込めていた、剥き出しの告白だった。
和弥の「和泉への一途な執着」を特等席で眺め続け、その度に言葉のナイフで和弥を、そして自分自身を切り刻みながら、誰よりも深い毒の沼に沈んでいたのは――七瀬自身だった。
和弥は、あまりの衝撃に立ち尽くしていた。七瀬の執拗な毒舌は、崩れそうな自分を守るための盾であり、憎まれてでも触れようとする、七瀬なりの必死の手段だった。
重苦しい沈黙が流れる。雨音だけが、絶え間なく鳴り響いている。
七瀬は、肩を震わせていた。その姿は、いつもの冷徹な上司ではなく、ただひとりの男として、限界まで追い詰められた姿だった。
和弥は、震える口を開いた。
何か言わなければ――だが、和弥が言ったのは、あまりにも誠実で、だからこそ、今の七瀬にとって最も残酷な言葉だった。
「……すみません。……課長の気持ちには、応えられません」
その言葉は、雨音よりも冷たく、七瀬の胸に深く突き刺さった。七瀬の顔から、すべての感情が急速に引いていく。
熱を帯びていたはずの肌が、瞬時に蒼白く染まる。その場に立っているのがやっとのように見えた。
和弥にとっても、それは逃げではなかった。
和泉への想いは、終わったのかもしれない。
だが、その灰はまだ重く、心に積もったままだ。
その灰を抱えたまま、七瀬の愛を「はい」と受け取ることは――七瀬をさらに侮辱することになる。
七瀬は、ゆっくりと、崩れ落ちるように視線を落とした。七瀬にとって、和弥の言葉は「二度目の死」と同義だった。
「……そうか。……だろうな」
七瀬の声は、先ほどまでの絶叫が嘘のように低く、枯れていた。
零れ落ちた涙を手の甲で乱暴に拭い、ぐちゃぐちゃになった心を、無理やり冷たく硬い“鎧”の中へ押し戻していく。
そこには、和弥が入り込む隙など一ミリも残されていなかった。
「あのときのことは、忘れてくれ。……ただの酒の勢いだ。どうかしていた」
「課長……待ってください、俺は――」
「二度と俺に関わるな。仕事以外の話はするな。……お前はただの部下だ。それだけだ…」
七瀬は和弥に背を向けると、一度も振り返ることなく、雑踏の中へ消えていった。
翌日。
七瀬の態度は、一夜にして完全に変わっていた。
そこにいたのは、激昂する七瀬でも、皮肉を吐く七瀬でもない。徹底して和弥を視界から排除し、事務的な指示はすべてメール。
至近距離ですれ違っても、まるでそこに誰もいないかのように、視線ひとつ動かさない。
かつて和弥を苛立たせた、あの鋭い罵倒すら――今の七瀬は、もったいないとばかりに、一言も与えてくれなかった。
そこにあるのは、完璧な「上司と部下」という名の、底冷えする断絶だった。
オフィスの斜め向かい。かつてはあんなに近くに感じていた七瀬が、今は何万キロも離れた異国にいるかのように遠い。
キーボードを叩く七瀬の指先。そのリズムは冷静で、乱れがなく、和弥の存在など最初からなかったかのように淡々としている。
もう、和弥が触れることは許されない。
噛み跡を残したあの白い首筋は、今は隙のない襟元に完全に隠され、和弥の犯した罪の証さえも、七瀬の手によって徹底的に抹消されていた。
まるで――あの夜のすべてが、七瀬の中で“なかったこと”にされたかのように。
和弥は、胸の奥がじわじわと焼けるように痛むのを感じながら、
ただその背中を見つめることしかできなかった。
七瀬はコートの襟を立て、成川との食事を終えて地下鉄の入り口へと急いでいた。
今夜の成川は、いつになく饒舌だった。新しく立ち上がる海外進出プロジェクトのパートナーとして七瀬を指名したこと。
これから数ヶ月、公私ともに嫌というほど顔を合わせることになるだろうという宣言。
レストランの柔らかな照明の下、成川は当然のように七瀬の隣に座り、洗練された手つきでワインを注ぎ、隙あらばその細い指先に自分の手を重ねてきた。
「七瀬、このプロジェクトが成功したら、一緒にニューヨークへ行かないか。俺の隣には、やはり君が必要なんだ」
囁きながら肩を抱き寄せる成川の仕草には、一度でも互いの熱を知り、深く寄り添ったことのある者だけが持つ、隠しきれない独占欲が滲んでいた。七瀬はその腕を拒むでもなく、しかし受け入れるわけでもなく、ただ静かに視線を落とした。
二人はかつて、学生時代から数年間にわたり恋人同士だった。若さゆえの純粋さで互いを求め合い、未来を疑いもせずに同じ方向を見ていた。だが、成川がキャリアの階段を駆け上がるにつれ、二人の歩幅は少しずつズレていった。
成川の仕事は多忙を極め、会える時間は減り、物理的な距離はやがて心の壁となった。寂しさに耐えかね、追うことに疲れ果てたのは七瀬の方だった。いつしか自分が置き去りにされていくような感覚に耐えられなくなったのだ。
身を引いた七瀬に対し、成川は一度も納得したことはなかった。今日の食事でも、まるで“別れ”など存在しなかったかのように振る舞い、当然のように七瀬を自分の隣に置こうとする。
ニューヨークへ拠点を移してもなお、成川は一度その腕に抱いた最愛を手放すつもりなど毛頭なかった。数年の沈黙を経て再び七瀬の前に現れたその瞳には、かつてよりも深い――仕事という大義名分を巧妙にまとった執念が宿っていた。
七瀬は、自分の肩に置かれた成川の掌の熱に、かつての温かな記憶と、それ以上に深い喪失感を呼び起こされ、曖昧な苦笑を返すことしかできなかった。
成川からの執拗な二軒目の誘いを、「明日も会議が早いから」と体よく断り、ようやく一人になった。
店を出た瞬間、冷たい雨が容赦なく降り注いだ。
アスファルトに跳ね返る雨音が、七瀬の疲れた鼓膜に重く響く。
(……疲れたな)
思わず漏れた心の声は、雨に溶けて消えていった。
(……戻れないんだよ、もう)
七瀬は深く息を吸い、そのすべてを振り払うように、ゆっくりと歩いていた。
その時、背後から濡れたコートの重みと共に、腕を強く掴まれた。
「……っ!」
反射的に身構えた七瀬の視界に飛び込んできたのは、肩を激しく上下させた和弥の姿だった。
「……お疲れ様です」
傘も差さずに走ってきたのだろう。整えられていたはずの前髪からは雫が滴り、頬を伝う雨と汗が区別できないほど濡れている。
「村上……? お前、何をしてる」
「課長……最近、成川さんとばっか一緒にいますね。新しいプロジェクトも、あいつと組むって本当ですか?」
七瀬の手首を掴む指先に力がこもり、骨が軋むような痛みが走る。
「毎日毎日、あいつとばっかつるんで……。俺のこと馬鹿にするの、もう飽きたんですか?反論もしないで、あんな奴の言いなりになって、隣でヘラヘラ笑って……。ふざけんなよ」
「離せ、村上。……お前に成川との仕事のやり方を指図される覚えはない。誰と組もうと、それは会社が決めたことだ」
「だったら!」
和弥の声が雨音を突き破るように響いた。
「この前のは一体何だったんだよ……?!散々俺のことを『当て馬』だの『絞りカス』だの、馬鹿にしておいて……!そのくせ、自分だけ新しい男と楽しそうに…!」
和弥の言葉は、あまりにも身勝手で、幼稚な独占欲だった。だが――その剥き出しの執着を向けられるたび、七瀬の胸の奥で、閉じ込めていた衝動が限界を超えて軋む。
「……お前に、何がわかる」
七瀬の声は低く、押し殺した怒りと苦しさが混ざっていた。
「わかんねえよ!わかるわけないだろ、あんたが何も言わないから!」
和弥は七瀬の腕をさらに強く掴み、逃げ道を塞ぐように一歩踏み込む。七瀬の胸の奥で、何かが大きく揺らいだ。
通行人たちの冷ややかな視線が突き刺さる。
「うるさい……っ!!」
叫びとともに、七瀬は和弥の手を振り払った。その動きは、普段の冷静さとはまるで別人のように荒々しい。
常に崩れることのなかった端正な顔が、今まで一度も見せたことのない絶望と怒りに歪む。
「俺が……お前のことを、どれだけ……どれだけ見てきたと思っている!!」
「っ、な……」
吠え返そうとした和弥が、弾かれたように言葉を失った。
七瀬の瞳から、涙が一筋零れた。
「成川と仕事をするのが気に入らない?どの口が言ってるんだ……!」
七瀬の声は震え、しかし鋭く響いた。
「和泉とお前のことを、ずっと一番近くで見ていた俺が……どんな気持ちだったかわかるか?」
和弥の喉がひゅっと鳴る。
「無様な姿を晒すお前を見て……『ザマアみろ』って嘲笑って……そうやってお前を傷つけて、自分を誤魔化さないと……!」
通行人が足を止め、振り返る。
だが七瀬はもう、周りの視線を気にする余裕はなかった。
「お前が和泉の名前を呼ぶたびに……、俺の心がどれだけ殺されていったか……!」
七瀬の声は震え、涙で濡れていた。
「お前が泣きそうになるたびに……あいつを憎んで……、それ以上に……あいつに縋りつくお前を見て、死にたくなるほど絶望する俺の気持ちを……!」
七瀬は胸を押さえ、呼吸を乱しながら叫ぶ。
「お前みたいな……自分のことしか見えていない鈍感なガキに……理解されてたまるか!!」
それは、七瀬が何年も胸の奥に押し込めていた、剥き出しの告白だった。
和弥の「和泉への一途な執着」を特等席で眺め続け、その度に言葉のナイフで和弥を、そして自分自身を切り刻みながら、誰よりも深い毒の沼に沈んでいたのは――七瀬自身だった。
和弥は、あまりの衝撃に立ち尽くしていた。七瀬の執拗な毒舌は、崩れそうな自分を守るための盾であり、憎まれてでも触れようとする、七瀬なりの必死の手段だった。
重苦しい沈黙が流れる。雨音だけが、絶え間なく鳴り響いている。
七瀬は、肩を震わせていた。その姿は、いつもの冷徹な上司ではなく、ただひとりの男として、限界まで追い詰められた姿だった。
和弥は、震える口を開いた。
何か言わなければ――だが、和弥が言ったのは、あまりにも誠実で、だからこそ、今の七瀬にとって最も残酷な言葉だった。
「……すみません。……課長の気持ちには、応えられません」
その言葉は、雨音よりも冷たく、七瀬の胸に深く突き刺さった。七瀬の顔から、すべての感情が急速に引いていく。
熱を帯びていたはずの肌が、瞬時に蒼白く染まる。その場に立っているのがやっとのように見えた。
和弥にとっても、それは逃げではなかった。
和泉への想いは、終わったのかもしれない。
だが、その灰はまだ重く、心に積もったままだ。
その灰を抱えたまま、七瀬の愛を「はい」と受け取ることは――七瀬をさらに侮辱することになる。
七瀬は、ゆっくりと、崩れ落ちるように視線を落とした。七瀬にとって、和弥の言葉は「二度目の死」と同義だった。
「……そうか。……だろうな」
七瀬の声は、先ほどまでの絶叫が嘘のように低く、枯れていた。
零れ落ちた涙を手の甲で乱暴に拭い、ぐちゃぐちゃになった心を、無理やり冷たく硬い“鎧”の中へ押し戻していく。
そこには、和弥が入り込む隙など一ミリも残されていなかった。
「あのときのことは、忘れてくれ。……ただの酒の勢いだ。どうかしていた」
「課長……待ってください、俺は――」
「二度と俺に関わるな。仕事以外の話はするな。……お前はただの部下だ。それだけだ…」
七瀬は和弥に背を向けると、一度も振り返ることなく、雑踏の中へ消えていった。
翌日。
七瀬の態度は、一夜にして完全に変わっていた。
そこにいたのは、激昂する七瀬でも、皮肉を吐く七瀬でもない。徹底して和弥を視界から排除し、事務的な指示はすべてメール。
至近距離ですれ違っても、まるでそこに誰もいないかのように、視線ひとつ動かさない。
かつて和弥を苛立たせた、あの鋭い罵倒すら――今の七瀬は、もったいないとばかりに、一言も与えてくれなかった。
そこにあるのは、完璧な「上司と部下」という名の、底冷えする断絶だった。
オフィスの斜め向かい。かつてはあんなに近くに感じていた七瀬が、今は何万キロも離れた異国にいるかのように遠い。
キーボードを叩く七瀬の指先。そのリズムは冷静で、乱れがなく、和弥の存在など最初からなかったかのように淡々としている。
もう、和弥が触れることは許されない。
噛み跡を残したあの白い首筋は、今は隙のない襟元に完全に隠され、和弥の犯した罪の証さえも、七瀬の手によって徹底的に抹消されていた。
まるで――あの夜のすべてが、七瀬の中で“なかったこと”にされたかのように。
和弥は、胸の奥がじわじわと焼けるように痛むのを感じながら、
ただその背中を見つめることしかできなかった。
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