ヒロインに婚約破棄された悪役令息

久乃り

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第14話 初の指名依頼も僕のもの

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「今日はよろしくね。マルティン」

 ニコニコと笑いながらフィルナンドはマルティンの腕にしがみついてきた。依頼主と依頼を請け負った冒険者の関係であるから、マルティンはフィルナンドを払い除けることなんてできるはずがない。もっとも、こんなことは学園時代日常茶飯事であったので、マルティンは何も気になどしてはいなかった。

「依頼内容は……採取時の護衛?」

 受付嬢アンナから渡された依頼書を確認して、マルティンは不思議そうにフィルナンドの後ろに立つ騎士を見た。どう見てもフィルナンドのペトモル伯爵家から一緒にやってきたフィルナンド付きの騎士にしか見えないのだが、そんな騎士が二人もいるのにわざわざ冒険者ギルドに依頼を出して、マルティンを護衛にする意味が分からない。

「あのね、マルティン」

 怪訝そうな顔をしたマルティンに、フィルナンドはソッと耳打ちをした。

「ああ、そういう事か」

 フィルナンドの依頼の内容を理解したマルティンは、依頼書を魔法カバンにしまうと、すぐにフィルナンドを連れて冒険者ギルドを出ていった。もちろん、騎士たちも無言で後に続く。冒険者ギルドを出て裏手に回ると、そこには馬を連れた騎士が待機していた。

「マルティン、これが僕の馬だよ」

 フィルナンドが嬉しそうに馬の手綱を掴むので、マルティンは少し目を細めて馬を見た。

「学園にいた頃からの馬だな。名前は確か、ユユだったか?」

 栗毛の牝馬は、学園にいた頃からフィルナンドが乗っていた馬で、マルティンがよく乗馬に付き合っていたものだ。

「さすがは僕のマルティンだね。ちゃんと名前を覚えてる」

 フィルナンドが嬉しそうにはしゃぐものだから、控えている騎士が少し慌てた様子を見せたが、ユユはそんなフィルナンドになれているため大人しいままである。

「それで、俺はどうすればいいんだ?」

 至極真っ当な質問をマルティンがしたものだから、フィルナンドは唇を尖らせてマルティンの胸の当たりをゆびで押した。

「もぉ、マルティンってば堅物なんだから、いままでどおり、僕とタンデムに決まってるでしょ」

 フィルナンドがそう答えると、騎士の顔があからさまにゆがんだ。もちろんその顔はマルティンにしか見えないため、フィルナンドは気がついてなどいない。

「わかった」

 騎士のあからさまな態度を見ても、マルティンは特に何も言わなかった。いや、平民となり冒険者を家業としているのだから、騎士にどんな態度を取られても仕方の無いことなのである。

「ふふふ、マルティンに守られてる感じするよね」

 フィルナンドの愛馬ユユにつけられている鞍は2人乗り様の特注品である。つまり、学園の頃からマルティンはこのようにしてユユに乗っていたのであった。

「素材の場所はマルティンしか知らないでしょ?」

 ユユに揺られながらフィルナンドは背後のマルティンに話しかけた。

「お前に渡した本の内容なんか、もう忘れたよ」

 ぶっきらぼうに答えるマルティンであるが、学園の頃、何度かユユに乗ってフィルナンドが欲しがるポーションの素材を王都の外に取りに行った事があるのは確かだった。もちろん、その頃はマルティンも侯爵家嫡男であったから、護衛の騎士を何人も引き連れていたことは言うまでもない。

「マルティンのそんなところがだーい好き」

 フィルナンドが背後に座るマルティンに無理やり抱きつこうとするから、バランスが崩れる。だが、マルティンが体勢を崩してフィルナンドに怪我をさせる訳には行かないので、マルティンは手綱を掴んだままフィルナンドの好きにさせるしか無かった。

「やっぱり、こうやってマルティンの顔を見つめたいよね」

 安定性とか安全性などフィルナンドには関係ないらしい。それどころか後ろ向きに移動することに対して三半規管がなんともないようで、マルティンは呆れつつもそのまま受け入れるしか無かった。もっとも、二人ナンドが後ろをずっと見ることになってしまったため、騎士たちは無表情にならざるを得ない事になったことは言うまでもない。

「『天使の雫』だぁ。すっごい綺麗」

 フィルナンドが求めていた素材とは、虹色の輝きを放つ葡萄である。もっともこの世界の認識から言うと果物の葡萄に似た形をした素材と言う扱いになる。乙女ゲーム的にはアイテムの扱いになるで、マルティンの魔法カバンに納めることは簡単なことだった。

「で?この魔法袋にひと房づつだったな?」
「うん、そう」

 マルティンよりも背の低いフィルナンドは、随分と背の高い木のはるか上に実る美しい『天使の雫』を見上げていた。

「首が疲れるぞ」

 そう言い残し、マルティンは器用に木を登る。貴族が木登りだなんて有り得ない行為なので、こうやって冒険者を雇って素材を採取させるというわけだ。まぁ、学生時代もマルティンが木登りをしていたのではあるけれど。

「チャント見張っててよね」

 フィルナンドは護衛騎士に向かってキツイ口調で命令をしていた。実はこの『天使の雫』はとても貴重な素材である。上級のポーションに使われる素材であるが、とにかく採取の方法が難しい上に、見つけにくい素材であるため、滅多に手に入る素材ではないのである。だから、発見した場合、他の者に奪われないように厳重に見張りを立てて、採取する必要があるのだ。
 マルティンは木の上で自分の身体を固定するようにベルトを木に巻き付けると、ひと房づつ魔法袋に入れてからその房の枝を切った。もちろん、枝を切る為の道具はハサミである。マルティンが、まだギンデル侯爵家嫡男であった頃に工房に作らせた品だ。この世界の刃物と言ったらナイフや剣、包丁と言った片刃の刃物ばかりであったから、それを応用して作らせたのである。もにろん、作るためにはそれ相応の技術が必要ななので、今のところハサミを所有しているのはマルティンとフィルナンドだけとなる。

「採れたぞ」

 スルスルと木を降りてマルティンはフィルナンドの前に立った。多少木の小枝や葉が体に着いてしまってはいるが、そこは気にしない。

「ありがとう。マルティン」
「仕事だ」

 ぶっきらぼうに返事をしつつ、マルティンは魔法カバンから『天使の雫』をひとつ取り出した。

「ほら、口を開けろよ」

 言われてフィルナンドは素直に口を開けた。そこにマルティンが一粒押し込んだ。

「ぅんう、美味しい」

 さすがにとりたての美味しさは各別で、フィルナンドは頬を押さえてその美味しさを堪能する。

「お前の用意した魔法袋十個分は別にある。とりたてを口にできるのは自分へのご褒美だな」

 そんなことを言いつつ、マルティンも『天使の雫』を一粒口にした。甘く爽やかななんとも言えない果汁が口いっぱいに広がり、果実は噛むことなく口の中で溶けるようになくなって言った。

「何回食べても不思議な食べものだよね」

 ひと房を全て食べ尽くした後、フィルナンドはハンカチで口元を拭った。そう、学生時代からなんかいかマルティンに採取してもらっていたからだ。もちろん、マルティンがこの場所を知っていたのは乙女ゲームの知識である。

「ほら、お前の魔法カバンに移すぞ」

 マルティンに催促され、フィルナンドは自分の肩掛けカバンを開いた。フィルナンドは伯爵家嫡男であり、薬師ギルドの副所長でもあるから、いかにもな魔法カバンを所持しているのである。

「ありがとう。これで依頼達成だよね」

 嬉しそうにマルティンに抱きつこうとするフィルナンドを受け止めながら、マルティンはため息混じりに答えた。

「無事に帰るまでが依頼だ」
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