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第15話 何処かで誰かが
しおりを挟む「指名依頼?」
フィルナンドからの指名依頼を受けてから数日後、冒険者ギルドの受付でマルティンは指名依頼の書類を提示された。依頼主は見た事のある名前だった。一瞬驚きはしたものの、フィルナンドの指名依頼をした後なので、腑に落ちないまでも納得はできた。
「お貴族様が礼儀作法のできる冒険者をご希望なんです」
受付嬢のアンナがなんだか面倒くさそうに説明をしてきた。国の所有する鉱山の調査をしたいが、最近正体不明の黒い影が現れるので、魔物との戦闘と護衛ができる冒険者を雇いたい。と言うことらしい。そんなものは騎士団に任せればいいのにと思うところだが、騎士団は王族の専属護衛と国の治安を守ることが仕事である。学者の地質調査程度に付き合う程暇ではないし、その場合は依頼料を払わなくてはならないのだ。しかもかなり高額なのである。例え国の保有する鉱山であっても、調査をする学者が国の役人ではなければ護衛に騎士団はついては来ない。私兵を連れていくか護衛無しでいくか。上位貴族であれば私兵又は護衛騎士を雇っていたりもするが、大抵は屋敷の警備要員である。
「お貴族様、ねぇ」
指名依頼を断れるのはBランクの冒険者からで、マルティンはまだ断る権利を持ってはいなかった。
「貴族街に入るにはこの依頼書が必要になりますので、無くさないでください」
「わかった」
不安そうな顔のアンナをマルっと無視して、マルティンは冒険者ギルド後にした。背後から「場所わかるんですかー」なんて声が聞こえてきたが、元貴族のマルティンである。当然知っている。ただ、歩いていくのが初めてだから、時間がどれくらいかかるか分からないだけである。
「驚いたな……本当に、君なのか……」
指名依頼をして呼び出した本人が驚いた顔をしながらマルティンのことを頭のてっぺんからつま先まで、何度も見直している。マルティンを護衛に指名依頼してきたのは、学園で教師をしていたサージアス・カルディオである。家格は伯爵で、サージアスは次男であるので研究者として身を立てている真っ最中だ。まだ長男が跡を継いでいないため実家暮らしを許されている立場である。
サージアスは神経質そうな顔立ちをしていて、いかにも学者風のメガネをかけている。フィルナンドが子供の頃にかけていた魔道具のメガネとは違い、純粋に大人になってから視力が落ちた為にかけているメガネだ。
マルティンが案内されたのはカルディオ伯爵家の庭の中にある別邸だった。以前は使用人用の館だったようで、部屋の区切りが細かいため、サージアスの研究資料をまとめてしまい込むのにちょうどよいらしい。食堂として使われていた部屋をサージアスは研究室として使っていた。
「…………」
マルティンが何も答えないでいると、サージアスは少し困ったような顔をして、マルティンを連れてきたメイドの顔を見て、それから少し考えるような仕草をして、そしてようやく答えが出たようだった。
「あ、ああ済まない。そうだった。依頼を受けてくれて助かったよ」
そんなことを言って手を差し出し、嬉しそうに握手をしようとするから、マルティンはその手を丁寧に辞した。
「サージアス様、俺は平民の冒険者です。あまり気軽に触れることのないようにお願いします。それから冒険者ランクはまだDですから、指名依頼を断ることはできません」
マルティンがそう言うと、メイドはホッとしたような顔をして部屋を出ていった。困ったのは、サージアスである。学園では良き生徒であったマルティンが、まるで初対面の他人のような冷たいものの言い方をしてきたのだ。しかもソファーに座ってくれもしなければ、メイドは茶も出さずに居なくなってしまった。
「あ、ええと、そ、の、噂は本当だったわけだ」
その噂を聞いて指名依頼をしたと言うのに、サージアスは未だこの状況を理解出来ないでいた。侯爵家嫡男で、婚約者がいるから浮いた噂のひとつもなく、全てに真面目で真摯に取り組み、成績優秀者であったマルティン・ギンデルが国王の名のもとに婚約を破棄され、廃嫡されて平民になり冒険者家業をやっている。そんな噂を耳にして、護衛の依頼を出してみたのは3日ほど前だった。もちろん手続きはメイドにやって貰った。相場が分からなかったから冒険者ギルドが提示した金額にしようと思っていたら、指名依頼は金貨一枚からと言われたからその通りに依頼を出した。そして、半信半疑で待っていたら、メイドに連れられて部屋に入ってきたのは間違いなくマルティン本人だったのである。
「噂、ですか?その噂とやらを俺は聞いていないのでなんとも答えようがないですね」
学園時代に聞いたままの、低く耳通りのいい声がサージアスの耳に届いた。間違いようがないほどに、今サージアスの目の前に立っているのはマルティン・ギンデルである。
「それもそうだな。その、立ったままはなんだから、座ってくれないか?」
「平民を座らせてもよろしいのですか?」
さすがは元貴族のご子息である。メイドはいなくなったが、どこに隠れているか分からないので、確認は怠らない。
「あ、いや、仕事の話をするのに立たれたままだと話しづらい」
「分かりました」
そう言ってマルティンは指示されたソファーに腰掛けた。背筋を正して座るその姿勢は、サージアスよりも貴族らしかった事は言うまでもない。
「なるほど、つまり先生は鉱山の地質調査をしているのですね」
移動の馬車の中、マルティンはサージアスの研究資料を見せられた。王都から国の保有する鉱山までは馬車で小一時間程で、手続きが面倒だということから、マルティンはカルディオ伯爵家からサージアスと同じ馬車に乗せられていた。サージアスのことを先生と呼ぶのは、そのように呼ぶよう指示されたからだ。確かに、研究者だから先生と呼んで差支えはないだろう。
「護衛をよろしくたのむよ」
鉱山に入ると、サージアスはマルティンに荷物まで持たせてそんなことを口にした。両手は塞がらないものの、片手にそれなりに大きなカバンを持たされてしまっては、剣を持つことが不便である。仕方が無いのでマルティンは利き手とは逆の手でカバンを持った。そもそも、伯爵家の次男とは言えど、研究者であるのなら魔法カバンのひとつぐらい持っていてもいいのでは?と、マルティンは思うのである。口には出さないけれど。
「この辺りの地質を調査するから、その本当に護衛を頼むよ」
サージアスは国から頼まれて地質調査をしているらしいが、護衛は貸して貰えないと言う微妙な立場だった。国からしたら、国の保有する鉱山であるから安全である。と言う建前があるらしい。もちろん入口には門番が立っていて、許可なく人の出入りはできないようになっている。サージアスが調査していない箇所では鉱夫が作業をしていたりするので、強盗や盗賊に出会う事はまず無い。
「黒い影、でしたね」
「そうだ。黒い大きな影が出たんだよ。あの辺り、岩のくぼみの辺りから出てきたんだ」
「分かりました。先にその辺を確認してきます」
そう言ってマルティンはサージアスから少し離れた岩場に向かう。くぼみと言うよりは、いくつかの岩が重なっている状態で、どちらかと言うと安全性に問題がありそうな感じがしなくもない。
「大きな黒い影、ね」
そもそも、そんな大きな黒い影になるような生き物がいたのなら、ここで働く鉱夫たちが目撃してもおかしくはないし、見張りが気が付いても良さそうなものである。実際、サージアスだって姿かたちをはっきりと見たわけではなく、ただ大きな黒い影を見ただけなのだ。そう、それが生き物なのかなんなのかわからないから護衛の騎士を貸してもらえないのである。たとえば狼だとか、現場に獣の毛が落ちていたとかそんなことがあればよかったのだろうけれど、残念ながら何もなかったのである。
「岩のくぼみの辺りか」
調査をしているサージアスを確認しながら、マルティンは岩のくぼみの辺りをじっくりと観察してみた。やはり、どう見ても崩れてきた岩が重なり合っているようにしか見えなかった。
「なにか、ある?」
重なり合った岩の隙間の向こうに何かが見えた気がして、マルティンはしゃがみこんで奥を覗き込んでみた。
「わわっわわわあああああ」
タイミングよく?サージアスが悲鳴を上げてマルティンのもとに駆け寄ってきた。
「なにがありましたか?」
マルティンは出来るだけ落ち着いた声でサージアスに声をかけたが、尻もちをつくようにしてマルティンの後ろに逃げ込んだサージアスは、要領を得ない声を出してあらぬ方向を指さしていた。
「先生?」
声をかけながら、マルティンはサージアスの指さす方角を見た。するとそこには、黒い大きな影があった。
「あれは?先生、あれのことですか?」
マルティンがサージアスに確認をとろうとするが、怯えてしまったサージアスはマルティンの後ろでただ怯えるだけである。
「まったく」
舌打ちしたい気持ちをこらえ、マルティンは立ち上がった。もちろんサージアスはそのまま岩場の陰に押し込んだ。
「黒い影、確かにいたけど。さて、どうやって倒すのが正解なんだ?」
剣を握りしめ、黒い影と対峙してみたものの、マルティンはそこまでの実戦経験はない。Dランクに昇格したのは、こなした依頼の数と、討伐した魔物の数を実績として扱われたからだ。大型の魔物は、異世界でよくきくワイルドボアと呼ばれるイノシシ型の魔物ぐらいである。直線のスピードはあるが、曲がったり飛び跳ねたりしないため、とても扱いやすい魔物である。だが、今マルティンの前に現れた黒い影にしか見えない物体は、何となくだが犬のような形に見えなくもない。
「まさかとは思うが、いや、ここでイベント発生?俺は本編から外れたモブのはずっ」
考え事がそのまま口から出てしまったマルティンに、黒い影がとびかかってきた。
「え?いや、早っ」
実戦経験はまだワイルドボアが最高値のマルティンにすれば、遠方からいきなり飛び掛かられてしまったらなすすべがない。左腕の籠手で何とかガードをしてみれば、やはり黒い影は犬のような形をしていた。
「わわっ」
マルティンに噛みついてきた黒い影を見て、サージアスが大慌てで後ずさりをする。
「先生落ち着いてください」
左腕を噛まれたまま、なぜかマルティンは冷静だった。
(俺の記憶が正しければこれは乙女ゲームのイベントなんだよな。でも、俺は本編から外れたモブですらない存在なんだが)
左腕を噛まれたまま、マルティンは必死で考える。幸いなことに実家から小遣いとしていただいていた金貨で買った籠手である。初心者にあるまじき高級装備ミスリル製のため、黒い影の牙は噛みついただけで貫通する気配はなかった。
(確か、アイテムを使用するんだよな?)
マルティンは必死に記憶の糸を手繰り寄せた。妹にせがまれて何回もこなしたバトルとイベントシーンである。使用するアイテムも毎回用意するのが面倒で、大量にストックしていた。さて、突然意図しないままに乙女ゲームのイベントに突入してしまったマルティンは、はたしてイベントアイテムをもっているのだろうか?持っていなければ完全に詰みである。
(思い出せ、俺)
黒い影を剣で押し返しながら、必死になっているマルティンの後ろで、サージアスが情けのない顔をしてへたり込んでいた。その顔を見て、マルティンは唐突に思い出した。このイベントで使用するアイテムをマルティンは持っている。そう、なんという偶然。いや、必然だろうか。
「ほら、これでも食ってろよっ」
マルティンは剣を離して腰の魔法カバンからアイテムを取り出し、左腕に噛みつく黒い影の口にむりやりアイテムをねじ込んだ。
ギャ、ギャウウウウウウ
アイテムを掴んだ右腕を黒い影の口の中に無理やり突っ込んだものだから、喉の奥にでもあたったのだろう。黒い影はのたうち回るように地面を転がった。
「マルティン君、その……大丈夫、かい?」
おずおずとマルティンに声をかけてきたサージアスが不安そうに地面を転がる黒い影を見つめていた。
「大丈夫です。あいつの口に突っ込んだのは『天使の雫』ですから」
「え?なんだって?」
マルティンの口から出てきたアイテムの名前を聞いて、サージアスが素っ頓狂な声を上げた。
「ええええ?なんで?なんでそんな超お宝級のアイテムを持っているんだい。それに、どこから出てきたんだい?マルティン君、きみはカバン何て持っていなかったじゃないか」
至極もっともなことを言われ、マルティンは呆れた顔で答えた。
「先生、俺は冒険者なんです。魔法カバンぐらい持っていますよ」
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