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第16話 ゲームの強制力なら人違いです
しおりを挟む「おおお、フェンリルではありませんか」
国の所有する鉱山に現れた謎の黒い影は闇落ちしたフェンリルだった。闇落ちしてしまった理由はいたって簡単で、がけ崩れで落ちてきた岩が巣穴を押しつぶしてしまったからだった。巣穴の中にはフェンリルの子どもがいて、マルティンが見つけた何かがそうだった。要するに、自然災害だったのだが、タイミング悪くサージアスが調査に訪れていたため、人間のせいだと勘違いしての闇落ちだったらしい。幸いなことに巣穴に閉じ込められていた形となったフェンリルの子どもは無事で、マルティンの魔法カバンに入っていた『天使の雫』を食べて元気を取り戻し、修行の旅として森に帰ってしまったのだった。
「素晴らしい。フェンリルを連れ立って教会に現れるとはまさしく聖女様に他なりません」
「うむ。間違いなくこの者は聖女である」
とんでもないことに、このフェンリル、しゃべるのである。しかも教会の神官たちはなんの疑問も抱かずに普通に会話をしていた。内容がマルティンにとってかなり、だいぶ不穏ではあるのだが。
「いや聖女って」
マルティンは否定するのだが、そんな主張は誰も聞いちゃいなかった。それどころか、マルティン聖女説を後押ししだす始末である。
「聖女様は純潔なるお体をおもちである」
神官の一人がそんなことを言いだせば、すかさず
「マルティンは純潔だよ。だって処女だもの。僕が保証します」
なぜかフィルナンドが擁護するのである。
「聖女様は純粋なお心をおもちである」
また違う神官がそんなことを言いだせば
「こ奴は自分の体が傷つくことをいとわずに我の牙に己の腕を差し出したぞ」
なぜかフェンリルが自慢げに言うのである。
「フェンリル様がおっしゃるのでしたら間違いございません」
手もみしながら神官たちが満面の笑みでマルティンを迎い入れたのであった。
「ささ、聖女様。こちらのお部屋でおくつろぎください」
あろうことか、教会にある一番奥にある一番上等な部屋、本来なら教皇クラスが滞在時に使用する、教会において最高クラスの客人を泊める部屋である。そんなところにマルティンとフェンリルとフィルナンドとサージアスとまとめて押し込まれてしまった。とはいっても、馬鹿みたいに広いリビングルームである。二、三人は座れそうなソファーが四つもあった。フィルナンドが当たり前の顔で座れば、フェンリルも開いている一つに寝そべった。
「……あ、あの、私はどうしたらいいのでしょう」
地質調査をしていたサージアスはオロオロするしかなかった。何しろ国からの調査依頼で鉱山に入っていたのだから。肝心な国に何も報告をしていないのだ。
「先生は冒険者ギルドと国に報告をしに行ってくれないか?俺は外出をさせてはもらえなさそうだから」
マルティンがそんなことを言いだせば、サージアスは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「そ、そうだ。冒険者ギルドに報告をしなければ、マルティン君がお咎めを受けてしまう。私のメイドに急いで連絡をさせよう。私は国に報告をしなくてはならないからな」
「そうだな。先生、そうしてくれ」
マルティンに頼まれたことがよほどうれしかったのか、それともこのカオスな空間から出られることが嬉しいのか、サージアスはスキップを踏みながら部屋を後にしたのであった。
「あの先生、相変わらず頼りないよね」
サージアスを目線で見送りながら、いつの間にかにフィルナンドはお茶を飲んでいた。しかもどこから出てきたのか、白磁のカップを優雅に指先で摘まむように持っている。
「あ、マルティンも飲む?」
当たり前のようにそんなことを口にするフィルナンドのその横には、いつの間にやってきたのか修行服を着た一人の少年がたっていた。
「どうぞ聖女様」
不穏な呼ばれ方をして、マルティンのお茶が用意された。が、マルティンが、立ったままなので用意されたお茶は何故かフィルナンドの横に置かれてしまった。
「マルティン、冷めないうちにいただかなくちゃ」
フィルナンドが満面の笑みで自分の隣を手で示す。
「ああ、そうだな」
いくつも空いているソファーがあると言うのに、わざわざフィルナンドと相席をする意味がわからないが、せっかくお茶を入れてくれた少年に申し訳がないので、マルティンはフィルナンドの隣に腰掛けた。
「聖女様に飲んでいただけるなんて光栄です」
しかも少年までがキラキラとした瞳でマルティンを見つめてくるのだ。
「ありがとう」
侯爵令息として生まれ育ってきたけれど、前世の記憶があるマルティンは、使用人相手にもついついお礼を口にしてしまう。それが貴族らしくないと言われればそれまでなのだけれど、だからこそ、世間一般つまりは使用人たちの噂話でマルティンがとてもいい人であると認識されていたのである。その噂は当然教会にも届いていたわけで、少年が瞳を輝かせてしまうのも当たり前と言えば当たり前のことなのであった。
「噂どおりでございます。聖女様はとてもお心の美しい方でございます」
感極まった風な声だと思えば、少年は両の眼から涙が溢れていたものだから、マルティンは驚きすぎてお茶を飲むどころではなくなってしまった。
「ど、どうしたんだ?なぜ泣く?」
オロオロしながらも少年を落ち着かせようとするけれど、困ったことに泣いている理由が不明すぎる。
「も、申し訳ございません。噂どおりお心の優しい聖女様があまりにも不憫で……僕っ」
涙を流し続ける少年を、フィルナンドは当たり前の顔で見ているし、フェンリルもソファーに寝そべったままで特に何かをしようとする素振りは見せなかった。
「俺が不憫?それはなぜだ?ええと、あ、君名前は?」
落ち着かせるには一旦違う思考にさせるのが有効だったりするから、マルティンは在り来りだけど名前を聞いてみることにした。
「せ、聖女様に名前を……僕はユースフルと言います。神官見習いをしています」
がっちがちになりながら答えてくれたユースフルは、一番若いので聖女付きに任命されたのだそうだ。
「まあいいけどぉ。僕のマルティンに変なことはしないでよね」
優雅にお茶を飲みながら、フィルナンドはくぎを刺すことを忘れたりはしなかった。
「我がついておるのだぞ。我の聖女の純潔を散らすような愚か者の存在など許すわけがなかろう」
そして、負けじとフェンリルまでもが謎の主張を言ってきた。マルティンからしてみれば、誰かの物になった覚えはないし、聖女になった覚えも当然ない。現状については不満しかないのだけれど、どうしてこうなったのか、まったくさっぱり理解ができていないのだ。
「ちょっとみんな黙ってくれないか?」
マルティンがそう言った途端、フィルナンドは慌ててお茶を口にして、フェンリルは両の前足の間に顔を隠した。
「ユースフル、きみが聞いた俺に関する噂話を教えてくれないか?」
マルティンが優しく質問をしてきたものだから、ユースフルは頬を赤らめながら自分が聞いた噂話をマルティンに聞かせてくれた。それは、使用人にも優しく対等に接してくれる侯爵子息であったのに、婚約者の令嬢が貴族令嬢らしからぬ行動を繰り返し、あまつさえ王太子とよからぬ関係になったから王命で廃嫡され貴族社会から抹殺されてしまった。しかも着の身着のままで城から追い出され、日雇いの冒険者稼業に身を落としてしまった。元婚約者の令嬢は社交界を我が物顔で毎晩遊び歩き、侯爵家はどこかから新しい跡取りを迎い入れ、マルティンなど最初からいなかったかのようにされている。というものだった。
「ほぼ間違いないよね」
お茶を飲み終えたフィルナンドがポツリと感想を述べた。
「なんだそれは。我の聖女を何だと思っているのだ。まあ、今後は我が守護者となり守る故国王だろうが指一本触れさせはせぬわ」
フェンリルが謎の自己主張をしたものだから、ユースフルが感動して再び涙を流したのであった。
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