死神と姫君

小田マキ

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 来たな……
 深夜、密やかにノックされた扉に、リィンは剣を携え音もなく立ち上がる。問答無用で暴かれるかと思いきや、相手は思いのほか慎重だ。扉の外に感じる人の気には何の乱れも逸りもなく、見事に殺気を消している。彼は口元に無意識に笑みを刻んだ。
 暗殺稼業を引退し、凶器としての剣を扱わなくなったからと言え、心まで脆弱になった訳ではない。命のやりとりまでは望まないが、腕のある相手に出会えば剣を合わせたいと言う欲求が自然と浮かんでくるのだ。
 誰に憚る必要のない戦いを前にして、思わぬ手練を前に静かに闘志の火を灯しながら、ゆっくりと扉を開いた……が、扉の向こうに佇んでいた人物を確認すると、反射的にその扉を閉めてしまう。
 招かれざる客は予想外の対応に驚いたようで一瞬間を置いたが、再び少し強めに扉を叩いてくる。そんな深夜の訪問者に、リィンは盛大なため息を一つ落として扉を開けた。
「なんで閉めるんだ」
 不満げな小さな声とともに、不測の人物はズカズカと部屋の中に入ってくる。
「どう考えても常識的な行動とは思えないからだ。真夜中に供も連れず、王女の婚約者の部屋を訪れる王妃が何処にいる」
 さっさと部屋中央の長椅子に沈み込むように座り込んだ彼女に、リィンは苦虫を噛み潰したような口調で吐き捨てる。
「仕方ないだろう、政務でこの時間まで身体が空かないんだよ」
「お前が見咎められるようなへまをするとは思わないが、深夜に抜け出して騒ぎにならないのか?」
「アルフレインが不在のときは寝室で眠ったことはないから、怪しまれはしないよ。一人だとわかると忍んで来る侍女が後を絶たなくて、いつも他所に避難してるんだ」
 昔から同性人気が絶大だったが、それは王妃となっても娘を産んでも衰えず、更に拍車がかかっているらしい。
「私のことはいいよ、今日はどうだった。収穫はあったか?」
 頭痛を覚える彼に対し、サスキアが尋ねてくる。目をキラキラと輝かせ、それは期待に満ち溢れた表情だった。
「ああ、フール家の馬鹿息子が早速やって来た。怒らせてやったから、近いうちに動きがあるだろう」
「そうか、そうか。そっちは順調だな」
「……そっち?」
『サエは、フォルセリーヌのことを聞きたいのだよ』
 訝るリィンに、彼女が携えてきたイシュトレイグが口を開く。
「……話し辛いな」
 彼の存在を一瞬忘れていたリィンは、視線を傾けて面倒臭そうに言った。
『それでは、話し易くしようか』
 彼の苦言の意味を読み取った長剣は、瞬時に人型を取る。穏やかに細められた双眸の白目と黒目は反転しており、胸元までの艶やかな髪は肌と身に付けた衣服と同様で雪のように白い。その場の誰よりも、神である彼の容姿は年若い。
「黒龍の姿しか見たことがなかったが、意外と若いな……」
『残念ながら、神としても精霊としても若輩者でね』
 サスキアが指摘すると、眉のないつるりとした眉間に小さく皺を寄せるイシュトレイグは、やや不本意そうに頷いた。
「で、王女について何を確認したい?」
 自他ともに遍く過去に興味がないリィンは、さっさと話を元に戻す。
「ああ、そうだな。あまり話し込んではお互い明日に差し支える。フォルセリーヌのことはどう思う? 諸々の事情を抜きにした、第三者の見立てを聞きたい」
「父親の放浪癖だけ遺伝したただのはねっ返りかと思っていたが、今日一日側にいて考えを改めさせられて。他者から教えられたものだけでなく、自ら行動して得た知識があり、それによって正しく判断を下せている。青臭い部分は多いが、いずれお前のように良い為政者になるだろう」
 怠惰な貴族の息子を切って捨てた汚れのないまっすぐな双眸を思い出しながら、リィンは答えた。
「……何だ?」
 隣り合って座るサスキアとイシュトレイグが示し合わせたように顔を見合わせ、楽しそうな笑みを浮かべるのに、リィンは眉を跳ね上げる。どうにも二人の微笑みが腹黒く感じられて、落ち着かない。
「本物にするつもりはないか?」
 そんな彼に、含み笑いを浮かべたままのサスキアが投げかける。
「……何を」
『貴方は、天然なのも大概にしなさい。まだ呆ける年には早過ぎる』
「喧嘩を売っているのか、お前は」
 聞き流すのはあまりな台詞に、リィンは不機嫌を表情に出した。
「もういいよ、イシュトレイグ……急かしても逆効果になるだけだ」
 サスキアも嘆息する。理解していないのは自分だけのようだ。答えを与えようとしない二人に、リィンの苛立ちは募るばかりだった。
「言い忘れていたが、今回の件の成功報酬は何でも望みのものをやるよ。ゆっくり考えてくれたらいい」
「要らん。足りないものはない」
 すっかり話題を移したサスキアに、遮ってまで追求するのも億劫で、リィンは首を横に振る。
「……あんたは難しく考え過ぎだ」
 そんな自分の心を見透かしたように、彼女はいつかと同じ台詞を舌に乗せる。
「ゆっくり考えたらいい。少し長居し過ぎたな」
 言いたいことは言ったとばかりに、サスキアは長椅子から立ち上がる。
『ここに来る前、私が言った言葉も思い出してみるといい』
 元の長剣の姿に戻り、彼女に携えられたイシュトレイグも、最後にそう口を開く。
「……満足のいく答えが出るよう祈ってるよ、皆にとって」
 立ち上がりかけた彼を制して微笑むと、サスキアは来たときと同じく完全に気配を絶ち、扉から出て行った。
「何も求めていないんだがな……本当に」
 閉め切ったカーテンの隙間から差し込む霞がかった白銀の光に眉を顰めながら、リィンは呟く。
 欲しているものはあったが、それは誰彼他人に与えられる代物ではない……生きる目的なぞ、自分で見つけるしかないのだ。
 たなびくように緩々と伸びゆく光は誰かを思い起こさせたが、緩やかに変化を遂げ始めた自身の心に彼が気付くことはなかった。
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