死神と姫君

小田マキ

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「おい、そんなところから一体何処に行くつもりだ?」
 丁度窓枠に足を掛けたところで、背中から呆れたように声が投げつけられる。
「……えっ、……きゃぁっ!」
「よほど落ちるのが好きらしいな」
 突然の声に体勢を崩して傾いだフォルセリーヌの身体をため息交じりに抱き止めたのは、リィンだった。王城クラウス・ディアの中庭に続く窓で、ここは四階だ。王女の自室からは随分離れており、人通りも少なかった。
「急に声をかけるからでしょ……貴方こそ、何でこんなところにいるのよ」
「婚約者を訪ねようとしたら、侍女の目を盗んで抜け出しているところに出くわした」
 お姫様だっこで平然と話を進める彼に、吐息がかかるほどの至近距離と、言い訳ができない状況を押さえられたバツが悪さから、フォルセリーヌは顔を赤らめる。
「行きたいところがあるなら、言え」
「……え?」
 てっきり諌められると思っていたところでこの誘い文句に、フォルセリーヌは驚いて目を見開いた。
「城の中では、相手も動き難いだろう。サエの許可は得ている」
「……ああ、そういうこと」
 続けられた言葉に合点がいく。通常なら到底許されない外出も、婚約者という名目のリィンと一緒ならまったく問題はないようだ。偽装婚約者殿は、国王夫妻に勝るとも劣らない剣の使い手なのだから。
 漆国アイリスのダグリード家当主の剣技は有名だが、縁者の剣の腕前までは知られていない。どうぞ襲ってくださいと言いながら歩いているようなものだ。
「で、何処へ行こうとしていたんだ」
「……クラウディアだけど」
 そこは二人の出逢いの地で、リィンは僅かに眉を跳ね上げる。
「遠いな」
「え、前は一瞬だったじゃない?」
「力を使えば、警戒される」
 リィンは、少し考えるように視線を窓の外に逸らした。
「ごめんなさい、もういいわ」
「馬を借りるか」
 困らせたくなくて、諦めを口にしたフォルセリーヌに、リィンが思っても見ないことを尋ねてきた。
「馬には乗れるか?」
「……残念だけど無理、乗馬はお父様が許してくれなかったもの」
 フォルセリーヌは過保護な父親を思って眉根に皺を寄せ、頭を振る。
「なら相乗りだな、レジストールは持っているな? それで時間短縮できる」
「……え、ええ」
「なら、決まりだな」
 相乗りという単語に動揺した様子のフォルセリーヌに小さく笑うと、リィンはそう言って彼女の身体を床に下ろす。
「……何だ?」
 向けられた二度目の微笑みに呆然とする彼女に、リィンは不可解そうに問いかける。
「何でもないわよ。急に笑うから、ちょっとびっくりしただけ」
「また化け物扱いか。お前達親子は、本当にっ……」
 やや頬を染めたフォルセリーヌの思いがけない告白に、彼は一瞬驚いたような顔をした。そして、その直後にうんざりしたようなため息を吐く。
「そういう意味じゃないわ。貴方が普通の人だってことは、もうわかってるもの……ただ、私といるといつも不機嫌そうだから。お母様に頼まれたから、仕方なく相手をしてくれているから仕方ないんだけれど」
「そんなつもりはないが、そう見えたなら改めよう。悪かった、フォルセリーヌ。この茶番劇で我慢を強いられているのは、お前なのにな」
「えっ、はねっ返り相手で我慢しているのは貴方でしょう?」
 思いがけない謝罪を受けて、フォルセリーヌは呆気にとられる。
「確かに淑やかとは言い難いが、それはあの母親なら仕方がない。貴族という名の化け物達が跋扈する王宮で暮らし、そこまで真っ当な価値観を持っていることは……少々のはねっ返りも補って余りある美点だと思うぞ」
 さらに、掛け値なしの賛辞を送られたフォルセリーヌは、激しく狼狽えた。彼に嫌われていたわけではないのだ……そう知っただけで、こんなにも動悸が速い。
「私は、この状況が嫌だと思ったことはないわ」
 胸の奥底から湧き上ってきた想いに押されるように、フォルセリーヌはまっすぐ彼を見据えて言い切った。
「行きましょう」
 微笑みを浮かべて、フォルセリーヌはリィンに片手を差し出す。
「……人浚いと人質」
「そーゆー乙女心をぶち壊すようなこと言わないで!」
 眉間に微細な皺を寄せてうっかりというようにリィンが零した言葉に、彼女は頬を膨らませる。そして、そのまま強引に彼の手を握った。
「お手をどうぞ、姫君……とか言えないの、貴方?」
「我がまま言うな、そういうことはサエの方が似合いだ」
 ムッとした表情で見上げるフォルセリーヌに、リィンはため息交じりに言った。
「悔しいけど否定できないわね、喜んでやってくれそうだし……母娘で何て不毛なのかしら」
 伝染したように、フォルセリーヌも嘆息する。
 けれど、頭一つ半の身長差から歩き辛そうにしながらも、その手を振り解かれなかったことに小さな喜びを感じていた。

   * * *

 王城クラウス・ディアの厩舎長は、好々爺然とした風貌の老人だった。
 乗馬を禁止されているはずのフォルセリーヌと随分親しげな様子だったが、それはそのはず……彼は城の庭師も兼任し、王女を庭いじりに誘った張本人なのだ。口には出さないが、フォルセリーヌを実の孫のように愛していることが全身から伝わってきた。
 婚約者であるという触れ込みのリィンに対しても人好きのする笑みを向けながら、その実、目だけは鷹のように鋭い。かつて一角の人物であったろうことは、その眼光の強さより知れた。
「婚約者殿、くれぐれも姫様をよろしく」
 馬上でフォルセリーヌを腕に抱くリィンへ、言葉とともに頭を垂れたその瞬間の一瞥は、喉元に剣を突き付けられたように厳しい。向けられた本人にしかわからない無礼も甚だしい態度に、逆に安心した。
 城内の人間は、性根の腐った者ばかりではないらしい。最初に言い出したのはフォルセリーヌとは言え、一国の王女に庭いじりまでさせてしまうこの老人、庶民の出らしいがなかなかの気骨の持ち主である。
「心得ている。害する者は、すべて潰す」
 返事としてはいささか過激だったかもしれないが、顔を上げた厩舎長は至極満足げで意図したところは伝わったようだ。サスキアのお墨付きだけが証明するリィンの実力についても、この短いやりとりから察したのだろう。
「姫様、良うございました……この方は本物ですな」
 フォルセリーヌに向き直った厩舎長は、愛情溢れた笑みを向ける。リィンからはつむじしか見えなかったが、密着した背中越しに嬉しそうに微笑んだ様子が伝わった。
「行くぞ」
 葦毛の腹を蹴ってやると、馬は待ちかねたように駆け出す。
 いつも不機嫌そうだと、フォルセリーヌはリィンに言った。けれど、リィンとて彼女の笑顔を見たのは先ほどが初めてだ。照れ隠しのような言葉が零れ落ちたが、自分は確かにその微笑みに見惚れていたのだ。
 この関係の終焉は近い。ホッとする想いと同時に、今少し……そう願ってしまうのはなぜだろうか?
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