いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛

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結婚したのか……俺以外の奴と

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しがみつき泣き喚く最高権力者とまだ事態を呑み込めていない僕、そして浮気を詰め寄る夫(弟)。
混沌を極める空気中僕達はとある人物が部屋に入ってきたことに気が付かなかった。


「失礼するよmyLove……私の愛しいハムスターが来ているって?」

「「………………」」


びたりと動きを止めて目が合った途端血の気が引いていくのがわかる。
この国の最高権力者であり、クライシス殿下の父である国王陛下がお出ましだったからである。
国王陛下は僕にも愛情を注いでくれてはいるが、当然己の妻、並びに子どもたちのことはもっと寵愛していることで有名だ。
普段泣いたところなど見た事がないクライシス殿下の泣いている姿など見たらどうなるか。
考えるまでもなく恐ろしい。


「……………何故、私の宝物は泣いているのかな?」

「ーーっ……」


言葉を紡ごうにも陛下から許可を貰っていない以上言葉を紡ぐことは出来ない。
勝手に喋ることが無礼になってしまうからだ。
かと言って身動き出来ないこの状況では頭を垂れることも出来ない。
一瞬の間に様々な思いが駆けるがその全てが実行に至らない。


「…………ぁあ……ダメじゃないかクライシス。可愛いハムスターを困らせては」

「……っ!?」


まるで全てを察したかのような言葉におもわず目を見開くと国王陛下は微笑みながら近寄ってくる。
豊穣の金が美しい髪と、アンバーの瞳。
顔立ちは親子と言うだけありクライシスとよく似ているが、年齢の差なのか笑うと目元にシワができてとても朗らかで人が良さそうに見える。
とはいえ国王陛下として立たれた際には貫禄がありとてもじゃないか気安く近寄ることは出来ないことを僕は知っている。


「大きなお目目がこぼれ落ちそうだよ、ウィルバート」

「このような姿勢での拝謁失礼致します、陛下」

「良い良い」


柔和な笑みと声音でそう言って陛下は礼節通り頭を垂れるアレックスを見るとその肩に手を置いた。


「表をあげよ」

「……は」

「すまないね。私の宝物はウィルバートのことが大好きだから。意地悪はされなかったかい?」

「…………そのような事は。ご指導頂いた限りでございます」


意地悪と言うには少し甘いような気もするが、嫌がらせと言うには間抜け過ぎる会話だった自覚がある為なのか、少々言葉は飲み込んだようだが、とても弁えた発言をしたアレックスにほっと胸を撫で下ろす。
僕が心配するまでもなく優秀なアレックスは世渡りもできるだろうがそこはやはり兄心なのだ。


「……そうかい?……クライシス、いつまでウィルバートに抱きついているんだい?伴侶の前で失礼じゃないか」

「…………」

「クライシス、お前はこの国で二番目の地位にあるものだ。そんなお前が人のものを奪えば誰も否定できない。
どれほど理不尽な目に合わされようと。
分かるな。お前はもう駄々をこねられる立場では無いのだ」

「…………ーーっ絶対に、私の方がウィルバートを愛しているのに」


その言葉に僕は初めて自分が他人の気持ちを踏みにじっていた事に気がついた。
先程の告白だって僕はあろうことか『可愛い』などと思い自分に好意を向ける相手にそれ以上何も思わなかった。
彼の気持ちが何処かで子供の頃の独占欲の延長上の様に思っていたのだと思う。
けれど彼は僕よりも二つ年上で、僕より頭脳明晰で優秀なアルファ。
いつまでも子供のままではないことなど少し考えれば分かったのに。


「愛しているのならその者のために身を引きなさい。
そこの若造に見せつけてやれば良い」

「……っ!」

「自分の方が愛しているから困らせたりしない、これは究極の慈しみであるそう考えれば良いのだ」


突如若造呼ばわりされたアレックスは戸惑ったようだが、これが自分にとっての助け舟だと悟りただ頭を垂れた。


「………………陛下は私とウィルバートの婚姻を反対し続けていましたね」

「え?」

「何度も求婚の手紙を送ろうとした。それをいつも跳ね除けていたのを私は知っています」


初めて知った事実に言葉を失って思わずクライシス殿下に視線を向けるも、その顔は忌々しげに陛下を睨みつけるばかり。


「陛下は私とウィルバートを婚姻させたくなかったのでしょう。それはならばこの状況は万々歳でしょうか」

「それは何度も説明しただろう。
お前達は近親婚の果て血が濃くなりすぎている。私達はいとこ婚、そしてその親は腹違いの兄妹と、いとこ婚。そのせいでお前達は二人とも身体が弱い」

「…………」

「子も死産が増える、そのせいで数代後継者が少ない。そんな状況でお前達を結婚させればどうなるか分からないわけでもあるまい。
ウィルバートは殊更身体が弱い。
一人目がダメだったからと何人も見込めないだろう。
王位継承権のあるのはお前達だけなのだ。そんな状況で婚姻させる訳には行かない」


陛下の言葉に今まで漠然と引っかかっていた事が腑に落ちた。
本来公爵家の跡取りという身分であり、王位継承権第二位である僕は、最低でも侯爵、理想で言えば公爵家の人間と婚姻させられる可能性が高い。
たとえ僕が公爵家跡取りであってもオメガということを考えると婿をとるより、相手の姓嫁ぎ、男児を二人産むことが出来れば僕の子供を跡取りにすることも出来たはずだ。
元より公爵家は皇帝に兄弟が居る場合かつ、皇帝に後継者がいる場合、権力争いを避けるために、継承権を放棄させる。
そうすれば必然的に皇帝の長子の立場を確立させることが出来る。
その目的のために形式的に作られた地位である。

この国では継承権は何かあった時のスペアである二位までは常時空席を許さないが、それ以降はなくても構わない。
皇帝の実子や側室の子、王弟の子など血を継ぐものが多い場合は、それぞれの身分などを考慮した上で王位継承権を与え、不要であれば放棄する。
ただこの国では側室の子が王位を継いだことは基本的になく、ご病気などで陛下が亡くなられた際に、王位につくことがあっても摂政という形で、次が育つまでの繋ぎになる。
側室の子はそれで良いが、王弟というのは火種になりやすいため良識あるものは放棄するのが一般的だ。
しかし今この国は直系の後継者不足で立ち行かず、放棄ができずいたが、僕が産まれたことにより、王弟であるお父様が通例通り継承権を放棄して、結果僕は分家の継承権二位ということで、皇帝陛下の御子の立場を脅かさない形に落ち着いている。
この説明でもわかるようにこの公爵家というのは無くても良いものである。
領地などはあるが代々王族が所有する土地で委託を受けて管理しているだけなので、もし公爵家が途絶えてもなんの問題もなく戻る。
それでも可能であれば残す、という道を摂る理由はひとえに後継者不足の解消の為。
言わば王弟は国王陛下の足元を巣食うものだが、その血は尊く直系の血筋。
残すに越したことはないというなんとも都合のいいスペア扱いだ。



殿下の希望があったならば場合によれば覇権争いを避けるため王家に嫁ぐという方法もなしではなかっただろう。
そんな中、古くからの由緒正しい伯爵家であっても、規模としては中堅であったテイラー伯爵家が婚約者に選ばれるのは異例なことである。
しかしながらあの日会場にいた子息は他国の公爵家の三男や、自国であればほとんどが伯爵家以下の階級の低い子息達と見合いをさせられていたのか。
僕の両親ははとこ婚であったし、生みの親である父上は身体が弱い。そして僕の前に一人死産していることを知っている。
貴族は高貴な身分になるほど家格が釣り合うかを重視するため自然と近親婚が多くなりその弊害で身体に問題を抱えているケースも多い。
それでも近親婚が繰り返されるのは一重に尊き血を守るため。
その為どれだけ離れていてもはとこ位の関わりが出てくる。
中には叔父と姪にあたる近親婚も発生するためそうなればもっと血は濃くなってしまう。


「…………っ、しかし」

「側室にするとでも言うつもりか?それがお前が望んだウィルバートの幸せなのだな?」


言葉につまるクライシス殿下の身体が震えているのを肌身で感じる。
それがどういう感情を持った末のものなのかは測りかねたが、ただ不憫な人だと思った。
本来望めば全て手に入る立場にある方なのに、望みと現実の狭間で板挟みになって。
自分の望みだけを通して僕と結婚する未来を選ぶ方ならとうの昔から選べた筈だ。
けれど僕は今こうしてアレックスと結婚していて、それを受け入れられずに苦しんでいる。


「……分かった。ではお前が決めなさい。
お前は人の上に立つ者だ。自由もその結果の責任もお前自身が選びきちんとその全てを果たしなさい」

「…………」


為政者としての正しい秤を持つ人だからこその苦しみだろう。
国王陛下の発言は傍から聞くと傲慢かもしれない。
けれどこれはこの国では当たり前のことて、権利だけを主張して責任を取らない者の方が多い貴族社会ではむしろ善性だと言えた。


「…………クライシス、本当はもう分かっているんだろう」

「…………………………っ……ウィリー、最後に、聞きたいことがある」

「……はい」

「そなたは本当に、アレックス・ロバート・テイラーの事を愛しているのだな」


さっきは簡単に言えたのに、クライシス殿下のこの言葉には上手く言葉を返せなかった。


「…………はい」

「……私がもし間違えなければその答えは変わっていたか?」


後ろめたさからの息苦しさに脳が萎縮して思考が停滞する。
真っ直ぐに見つめてくる悲哀を纏った紫の瞳と、ただひたむきに見つめる爽やかな碧眼その視線に僕は何も言えなかった。
けれど僕は僅かに残った思考でアレックスの視線に怯え、ただ小さく首を振るしかできなかったのだ。




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