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結婚したのか……俺以外の奴と
⑧
しおりを挟むそれから上の空で家に帰って入浴を終えるとベッドに座り込んだ。
クライシス殿下への気持ちに気がついたとか、彼と結婚したいとかそういうことでは無い。
ただその場を乗り切ればいいと嘘をついていい加減に流してしまったことにとてつもない罪悪感を感じていた。
きっと自分がアレックスを愛していると胸を張って言えたなら今の気持ちは違ったと思う。
「にぃに」
「……アレックス?どうかした?」
「一緒に寝ても?」
そう言って部屋に入ってきたアレックスの瞳を見て思わず目を逸らした。
あれからずっとアレックスの視線が怖い。
態度も視線も何も変わらないはずなのに、僕の宙ぶらりんな気持ちを見透かしているようなそんな心地がするのだ。
「いいよ」
いつも通りを心掛けてそう笑いかけるとアレックスは僕の隣に腰掛けてきて、思わず身動ぎをする。
理由は分からないが居心地が悪い。
「……殿下の事が気になるの?」
「…………うん」
気になるのか、そう問われれば答えはイエスだ。
正直に向き合えなかった事が後ろめたい。
ただそれだけの思いで言葉を返すとアレックスは小さな声で『そう』と呟いた。
「ウィルはクライシス殿下の事が好きだった?」
「……過去の話だよ。別に子どもながらに優しいから好きってそれだけの事で、特に意味は」
「そう思い込もうとしてるだけじゃなくて?」
「え?」
「昔のウィルはクライシス殿下が好きだったから結婚するって言ってたんだろうし」
その言葉になんて返していいのか分からず黙り込むとアレックスはチェストにあった水を静かに飲み元の位置に戻した。
「子どもの頃の話だよ」
「…………そうだね。ねぇ。もう疲れたし寝よっか」
アレックスはそう言うと布団に潜り込んでこちらに背を向けた。
「そうだねアレックス」
アレックスの言葉に思考を放棄して同調するとその背を見つめて静かに瞼を閉じた。
今は何も話したい気分じゃない。
お互いそうならこれでいいと軽率に判断した僕を僕は許さない。
次の日目が覚めたらアレックスからの置き手紙で『秘密にしていてごめん。婚姻はまだ受理されてない。だから殿下と話したいことがあるなら我慢しなくていいよ』そう書かれていた。
「…………我慢?」
僕が何を我慢しているというのか。
しかも婚姻が受理されていないなんて聞いていない。
何故アレックスが知っているのか。
意味もわからないままベッドを降りて衣類を整え朝食を食べに向かうとそこには父上が居た。
「おはようございます父上」
「おはようウィルバート」
少しツリ目気味の涼やかな顔立ち。
限りなく白に近い金色の髪。
透き通るような白い肌に印象的な美しい海のように蒼い瞳がこちらを見つめている。
父上が何故陛下にキティと呼ばれているのかよく分かる。
父上は寒い地域でしか存在しない故にこの国では飼育が難しく、その数も少ない外来種の長毛種で、毛並みの良い高貴な猫のような容姿をしている。
歳を重ねてもそれすらも憂いや色気と感じるその美しさは人を虜にする。
僕は本当に父上から生まれたのか思う程容姿は似ていない。
平凡な顔立ちに平凡な茶色の髪と青い瞳。
青い瞳と身体の弱さだけは遺伝したようだが。
僕が席に着くと次々と運ばれて来る料理に ナイフを通そうとしたその時。
「ウィルバート」
その声の圧に思わず手が止まり自然と父上に目が吸い寄せられる。
「はい」
「今朝アレックスが僕達に婚約を解消して欲しいと嘆願してきたよ」
「……え?」
父上はそう言うとカップに注がれた褐色の紅茶を口に含み静かに飲み込む。
婚約を、解消?
驚きから言葉が出ない僕の口から漏れたのは吐息のみ。
あれだけ婚約は解消しないと言っていたアレックスが?
……僕のアレックスが?
「僕はね、ウィルバートのちょっと不思議ちゃんな所も、鈍感力極めている所も、おおらかな気性もとても気に入っているよ。けどね、それで他人に迷惑をかけるのは好まない」
不思議ちゃんに鈍感力と言われると一気に気が抜ける表現な気がするのは僕だけだろうか。
どれほど厳かに言われようとその表現が足を引っ張っている気がしてならない。
あと普通は【おおらか】という表現は、貴族用語的には本来の気性が穏やかであることに加えて、場合により【鈍感・愚鈍】と言い換えているはずなのでそれだと僕がめちゃくちゃ鈍感みたいじゃないか。
けれど父上の真剣な表情を見ているとそんなことを言えるはずもなく首を垂れる。
「……も…」
「アレックスがどれだけ苦労して今の地位を得たと思う?
君と結婚する為にどれだけ努力してきたのか考えたことはあるか?」
「……え?……っと、アレックスは優秀で、努力はしていたでしょうけど……別に僕の為では」
「そうだ。君の為ではないよ。でも君と結婚する為に必要な事だった」
父上はそう言うとナプキンで口元を拭い折り畳みテーブルの上に音もなく置くと猫のような瞳を細めてこちらを見つめた。
「身体はオメガでも伴侶を不安にさせる男に育てたつもりは無いけどね。全く情けない」
「…………父上はどうしてお父様を愛していると言えるのですか。家族愛とは、違うのですか」
「そんなもの決まっている」
「……」
「心だ」
「直感……」
言いたいことは言ったとばかりに席を立った父上の背中を見つめて、その背中が扉の向こうに消えたのを見送るとそっと小ぶりのステーキにナイフを入れた。
父上は儚げで猫のような見た目でありながらその心根は漢の中の漢、という人だった。
背中で語るを体現するその姿勢に昔から少し苦手意識がある。
愛されているとは分かっているし、その言葉の全てが愛のかたまりだということも分かっているのだ。
けど如何せん考えるな感じろ、という所があるので父上の言葉は分からないことも多い。
「…………僕ってダメな人間だな」
漠然と今まで思っていたことが形を持って僕の胸に落ちてきた。
アレックスを甘やかしているつもりでいつも甘やかされてる。
アレックスが僕を兄として扱うことだって、本当はしなくてもいいことなのだ。
僕達は血の繋がらない婚約者だから。
僕が嫌だと言うから結婚を先延ばしにして、僕が兄弟のままでいたいというからアレックスは兄弟のまま夫婦になればいいと言った。
でも分からないのだ。
この感情が恋愛感情なのか。
離れる事なんて考えたこと無かったけれど、いつかはアレックスにも伴侶が出来て自分は離れにでも移り住んで、週に一回……いや三日に一回、欲を言えば二日に一回くらい会えたらいいなと思っていたけれど。
アレックスの事は大好きで目に入れても痛くないくらい愛しているし、縁を切るなんてことは考えられないけど……。
「……分からないよ」
初めて会った時は弟が出来たみたいで嬉しかった。
最初の頃は弟がただ可愛くて仕方なくて、いつの間にか『アレックスは可愛いね』や『大好き』が口癖になった。
アレックスを知ることで彼のことを愛しく思っていたのはわかる。
けれど僕はこれがどうしても恋愛感情には思えないのだ。
だってアレックスへの好きは今まで形を変えたことがないんだから。
この子が血の繋がりはなくても僕の弟なんだと思えるようになってからはずっと同じ好きで、それが大きくはなっても変化したりはしなかった。
昔から今この瞬間までずっとアレックスが好きなのに。
恋愛感情な訳が無いんだ。
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