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結婚したのか……俺以外の奴と
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クライシス殿下とお話してから一週間アレックスとは顔を合わせていない。
というのもアレックスは新人騎士として遠征練習をすることになっていたからだ。
殿下との件がきっかけではない事だけどタイミングがあまりに悪いので何となく居心地が悪い。
それに今日はなんだか身体が熱っぽくて頭がぼーっとするし、そのせいかアレックスのことがとにかくきになって余計に考え込んでしまうような気がする。
「…………ウィルバート様、あまり思いつめないでくださいませ」
「え……?」
「何があったのか存じ上げませんが、ウィルバート様は登城された日からとても気に病んでおられるように思います」
メリーの言葉にそれほど態度に出ていた自覚がなく、その情けなさに反射的に頬を叩いた。
王家に連なる公爵家の次期当主である僕が気持ちに振り回されてはいけない。
「ウィルバート様!」
「ああ、ごめんごめん、大丈夫。気合い入れただけ」
第一そんなに力一杯叩いた訳でもないのにメリーは慌て過ぎだ。
「ウィルバート様、本日は殿下が訪問されますが大丈夫ですか?」
「大丈夫。心配させたね」
そう、今日はクライシス殿下が先日の謝罪にいらっしゃる。
とは言え、基本的に王族というものは謝ってはならない。
謝るような事態が発生する際には国が揺らぐような大きな事になっている場合のみ。
基本的にはこの国は王家のものであるためそもそも【間違い】などは起こらない。
そういう考えの元国の頂点である存在が王家だ。
そんな彼らが簡単に民に謝っては尊厳が保たれないからだ。
なので本日はお気持ちの表明だ。
自らが足を運び歩み寄りの気持ちがあるということを示していて、貴族はそれを暗黙の了解として謝罪として受け取る。
「…謝られることなんて無いのにね」
王家というのはこの国の頂点である、その考え方からすれば多少民を罵ろうがなんの問題にもならない。
最悪の場合無実の罪でも有罪と王家が判断すればそれは有罪で、間違っていても【誤解させる方が悪い・虚偽申告である】とねじ曲げることだって容易い。
そんな中で我が家に足を運ぶなんて善人だと思う。
クライシス殿下が訪問され、先日の件に話が及ぶとしきりに『ウィリーは幸せか?』と尋ねた。
どうやら殿下から見ても今の僕は幸せそうには見えなかったらしい。
「シス兄様、僕は…貴方に謝らねばならない事があります」
「なんだ?」
「……………本当は、僕…」
恋愛感情が分からないんです。
その言葉は喉に詰まって吐き出せない。
これを告げていいのか今この時になっても分からないままで、嘘をついたことへの後ろめたさと、これを告げることによりどう判断されるのかが不安で仕方なかった。
王家の前で虚偽申告をすることは小さなことでもあってはならない。厳罰が与えられるケースも珍しくない。
けれどシス兄様はやっぱり優しくていい人だったというのを知った今になっては疑うことも辛い。
「……僕は、アレックスのことがとっても大好きで、あわよくばアレックスが結婚した後は兄として二日に一回は会いたいと思ってたんです。
でもさすがの僕も二日に一回はさすがに多すぎてダメだと分かっていたので週に一度くらい会えるようにお相手に頼み込もうと思ってて…」
「………ん?」
「でも、僕が結婚したからそんな心配は不要だったんだけど…」
「………ふむ…?」
困惑を含んだ声音ではあったが特に何も言葉を返さないながらも、話を聞いてくれるクライシス殿下に甘え心情を吐露する。
「僕はアレックスには幸せになって欲しい。
だから僕みたいなヒートもまともに来ない干物オメガじゃなくて…とにかく可愛くて賢くて謙虚で、アレックスを立ててくれて、いざと言う時は」
「少し、いいか」
「はい」
満を持した様子で口を開いたクライシス殿下に僕は身体を正して彼を見つめる。
妙な緊張感の中クライシス殿下はその美しい唇を開いた。
「まずウィリー達は血の繋がりがない」
「ええ…?そうですね」
何故いきなりそんな当たり前のことを、と首を傾げている僕にクライシス殿下はさらに言葉を続けた。
「アレックスはテイラー伯爵家のご子息だ。
つまりお前達が結婚しない場合アレックスはテイラー伯爵家へ戻ることになる」
「…………!?!?!?!」
クライシス殿下の言葉に全身に雷が走ったようだった。
信じられないことに僕は今の今まで、戸籍上赤の他人であるアレックスは、この婚約が破棄になればテイラー伯爵家に戻るという当たり前のことですら微塵も思いつかなかった。
クライシス殿下が浮かべていた困惑顔は僕の言葉を理解しかねていた顔だったらしい。通りで反応も薄く困惑の表情をしていたはずだ。
「故に彼がもしウィリーと結婚をしない場合はテイラー伯爵家に住まうか、彼らの敷地に屋敷でも立てて住むはずなので週一日会うことすら難しいと推察される」
「確かに……」
「それだけ伝えたかっただけだ。ウィリー、話を続けてくれ」
「分かりました!……えっと、何を言っていたか忘れたのですが、とりあえず僕、出会った時からアレックスが可愛くて可愛くて可愛くて可愛くてしょうがなくてですね」
その言葉にふと顔を上げた時クライシス殿下の後ろで銅像のように身動き一つせず控えていた先日の侍従が珍しく目を見開いてクライシス殿下と僕を交互に見ていた。
侍従の彼の表情と言えば、迎え入れてくれる時など限定的な時の笑顔、それ以外の職務中は基本的に真剣な表情だった。
少々珍しいものが見られて得した気分だ。
「出来ることなら過去に戻っておしめも替えてあげたかったし、喃語喋る所をこの耳に焼き付けたかったし」
「………ほう…?」
「『にぃに』って呼ばれるとこの腕の力全てを持って抱きしめたくなるし、甘えられれば食べてしまいたいくらい愛しい」
「…………あぁ」
「それはもう大好きで堪らないんですけど」
「……分かった、ウィリーがあの子のことが兎に角目に入れても痛くないほど愛していることは。
だかららもう大丈夫だ」
「大丈夫では無いんです!」
渾身の力を振り絞るように顔を上げてクライシス殿下を見つめるとそれは美しい困惑顔。
「…私は大丈夫だが?」
美人は困り果てても美しいしなんなら妙な色気があるなと頭の端で思いながらも神妙に首を振った。
ここで呑気にシス兄様は困惑の表情も傾国顔で美しいですね、などと言える状況では無い。
「つまりですね」
「今の何処がつまったのだろう…?」
「僕は猫可愛がりしているだけなんです…」
「………そうだな?」
「…………」
「…………」
なんの沈黙なのか暫く続いたそれを破ったのは僕。
「というわけなのです…」
「…………………そうか…?」
なんだか思っているのとは違う反応に困り果てながら殿下を見るが、殿下は困惑を浮かべて首をかしげるばかり。
恋愛感情を持っていないと言うことをカミングアウトしたのにその反応はあまりに薄い。
もしかして伝わっていないのかと思い始めた頃後ろに控えていたマロンとミルクを混ぜたような、いわゆるミルクティー色の髪の彼が殿下の耳元で何か囁く。
「…………ん?…………ああ…」
何を話しているのだろうと気になりながらも大人しく待っていると、殿下が理解したと言わんばかりに頷いてこちらを見る。
「案ずるな」
「……え?」
何が案ずるななのか分からないがその仕方ないものを見るような顔はさすがに物申したい。
「第一そんなものは人によって形の違うものだ。本人が良いと思えば良い」
クライシス殿下はそう言うと晴れ晴れとした表情で微笑み、席を立つ。
「それだけ愛しく思っているのなら大切にするんだぞ」
「まっ…待って」
「?」
「僕、シス兄様のお気持ちを理解しないまま、嘘をついて…その、本当にごめんなさい」
「嘘などつかれていないが」
クライシスは不思議そうにそう言ってミルクティー色の髪の彼を見ると、暫く視線を交わし、僅かに首を振った彼を見たと思ったら僕の元に歩み寄ってくる。
「全く、ウィリーは天然で困る。先程伝えたはずだ。愛の形など一人一人違う」
「…………???」
「殿下、差し出がましい様ですがそのご説明ではキャンベル公爵子息様には伝わっていないようです」
距離が離れているせいか耳打ちするのをやめて普通に声を上げた侍従に少し驚いた。
この侍従、以前から思っていたが、仕事が出来て顔まで整っている上に声までいい。
なんだその甘い声は。
世の中にミルクティー色の緩く癖のある髪に、優しげな顔だちの美形で王太子の側近たる地位と能力があり、思慮深く、声ははちみつのように甘い。
こんな全女児の憧れのような男が居ていいのか。
僕は世界で一番アレックスが可愛いしかっこいいし、頭も良くて剣術も優れていて魔法まででき、人前では冷静沈着で騎士たるだけの気高さがあるハイスペック男だと思っていたが、この侍従を見ているとその座が脅かされているような気がする。
さすがに僕相手に甘ったれ弟ムーブをする構ってちゃんだと言うことを考えると負けているかもしれない。
僕にとってはナンバーワンだが。
「…ではなんと言えば良いのだ…」
侍従に衝撃を受けていたがクライシス殿下の言葉でふと我に返り顔を彼に向ける。
痺れを切らしたように近寄ってきてクライシス殿下の耳元で補足に入る彼と困り果てた様子のクライシス殿下にこちらまで困り果て俯くとソファが急に沈み上品なラベンダーが香る。
「ウィリー、よくお聞き」
「……はい」
「恋愛感情というものは一人一人違う形をしている。そばに居ると動悸がするという人間もいれば安心するという人間もいる。
だが、どんな感情を持ったとしても愛しいと思う気持ちだけは共通していると思っている」
「動悸が…?」
「お前が恋愛感情だと思えばそれはそうなのだ。お前が名付けるものだ」
クライシス殿下の言葉はその形を疑わない確固とした自信があるようだった。
ストンと胸に落ちたその言葉はじわじわと胸で燻っているようだ。
ちりちりと痛むそれを抱えながら僕は何とか頷くと『お引き留めしてすみません』と呟いた。
「良い。………従兄弟なのだからいくらでも頼れば良い。愚痴でも何でも話せば良い。……この私に愚痴話をできるのは父上と母上、それに妹を除けばウィリーだけだぞ」
「…えへ、ありがとう。シス兄様」
嬉しい言葉に思わず零れた笑顔で感謝を述べる。
するとシス兄様は嬉しそうに笑って僕の両頬を掌で包んでむにむにと動かしたのだった。
クライシス殿下とお話してから一週間アレックスとは顔を合わせていない。
というのもアレックスは新人騎士として遠征練習をすることになっていたからだ。
殿下との件がきっかけではない事だけどタイミングがあまりに悪いので何となく居心地が悪い。
それに今日はなんだか身体が熱っぽくて頭がぼーっとするし、そのせいかアレックスのことがとにかくきになって余計に考え込んでしまうような気がする。
「…………ウィルバート様、あまり思いつめないでくださいませ」
「え……?」
「何があったのか存じ上げませんが、ウィルバート様は登城された日からとても気に病んでおられるように思います」
メリーの言葉にそれほど態度に出ていた自覚がなく、その情けなさに反射的に頬を叩いた。
王家に連なる公爵家の次期当主である僕が気持ちに振り回されてはいけない。
「ウィルバート様!」
「ああ、ごめんごめん、大丈夫。気合い入れただけ」
第一そんなに力一杯叩いた訳でもないのにメリーは慌て過ぎだ。
「ウィルバート様、本日は殿下が訪問されますが大丈夫ですか?」
「大丈夫。心配させたね」
そう、今日はクライシス殿下が先日の謝罪にいらっしゃる。
とは言え、基本的に王族というものは謝ってはならない。
謝るような事態が発生する際には国が揺らぐような大きな事になっている場合のみ。
基本的にはこの国は王家のものであるためそもそも【間違い】などは起こらない。
そういう考えの元国の頂点である存在が王家だ。
そんな彼らが簡単に民に謝っては尊厳が保たれないからだ。
なので本日はお気持ちの表明だ。
自らが足を運び歩み寄りの気持ちがあるということを示していて、貴族はそれを暗黙の了解として謝罪として受け取る。
「…謝られることなんて無いのにね」
王家というのはこの国の頂点である、その考え方からすれば多少民を罵ろうがなんの問題にもならない。
最悪の場合無実の罪でも有罪と王家が判断すればそれは有罪で、間違っていても【誤解させる方が悪い・虚偽申告である】とねじ曲げることだって容易い。
そんな中で我が家に足を運ぶなんて善人だと思う。
クライシス殿下が訪問され、先日の件に話が及ぶとしきりに『ウィリーは幸せか?』と尋ねた。
どうやら殿下から見ても今の僕は幸せそうには見えなかったらしい。
「シス兄様、僕は…貴方に謝らねばならない事があります」
「なんだ?」
「……………本当は、僕…」
恋愛感情が分からないんです。
その言葉は喉に詰まって吐き出せない。
これを告げていいのか今この時になっても分からないままで、嘘をついたことへの後ろめたさと、これを告げることによりどう判断されるのかが不安で仕方なかった。
王家の前で虚偽申告をすることは小さなことでもあってはならない。厳罰が与えられるケースも珍しくない。
けれどシス兄様はやっぱり優しくていい人だったというのを知った今になっては疑うことも辛い。
「……僕は、アレックスのことがとっても大好きで、あわよくばアレックスが結婚した後は兄として二日に一回は会いたいと思ってたんです。
でもさすがの僕も二日に一回はさすがに多すぎてダメだと分かっていたので週に一度くらい会えるようにお相手に頼み込もうと思ってて…」
「………ん?」
「でも、僕が結婚したからそんな心配は不要だったんだけど…」
「………ふむ…?」
困惑を含んだ声音ではあったが特に何も言葉を返さないながらも、話を聞いてくれるクライシス殿下に甘え心情を吐露する。
「僕はアレックスには幸せになって欲しい。
だから僕みたいなヒートもまともに来ない干物オメガじゃなくて…とにかく可愛くて賢くて謙虚で、アレックスを立ててくれて、いざと言う時は」
「少し、いいか」
「はい」
満を持した様子で口を開いたクライシス殿下に僕は身体を正して彼を見つめる。
妙な緊張感の中クライシス殿下はその美しい唇を開いた。
「まずウィリー達は血の繋がりがない」
「ええ…?そうですね」
何故いきなりそんな当たり前のことを、と首を傾げている僕にクライシス殿下はさらに言葉を続けた。
「アレックスはテイラー伯爵家のご子息だ。
つまりお前達が結婚しない場合アレックスはテイラー伯爵家へ戻ることになる」
「…………!?!?!?!」
クライシス殿下の言葉に全身に雷が走ったようだった。
信じられないことに僕は今の今まで、戸籍上赤の他人であるアレックスは、この婚約が破棄になればテイラー伯爵家に戻るという当たり前のことですら微塵も思いつかなかった。
クライシス殿下が浮かべていた困惑顔は僕の言葉を理解しかねていた顔だったらしい。通りで反応も薄く困惑の表情をしていたはずだ。
「故に彼がもしウィリーと結婚をしない場合はテイラー伯爵家に住まうか、彼らの敷地に屋敷でも立てて住むはずなので週一日会うことすら難しいと推察される」
「確かに……」
「それだけ伝えたかっただけだ。ウィリー、話を続けてくれ」
「分かりました!……えっと、何を言っていたか忘れたのですが、とりあえず僕、出会った時からアレックスが可愛くて可愛くて可愛くて可愛くてしょうがなくてですね」
その言葉にふと顔を上げた時クライシス殿下の後ろで銅像のように身動き一つせず控えていた先日の侍従が珍しく目を見開いてクライシス殿下と僕を交互に見ていた。
侍従の彼の表情と言えば、迎え入れてくれる時など限定的な時の笑顔、それ以外の職務中は基本的に真剣な表情だった。
少々珍しいものが見られて得した気分だ。
「出来ることなら過去に戻っておしめも替えてあげたかったし、喃語喋る所をこの耳に焼き付けたかったし」
「………ほう…?」
「『にぃに』って呼ばれるとこの腕の力全てを持って抱きしめたくなるし、甘えられれば食べてしまいたいくらい愛しい」
「…………あぁ」
「それはもう大好きで堪らないんですけど」
「……分かった、ウィリーがあの子のことが兎に角目に入れても痛くないほど愛していることは。
だかららもう大丈夫だ」
「大丈夫では無いんです!」
渾身の力を振り絞るように顔を上げてクライシス殿下を見つめるとそれは美しい困惑顔。
「…私は大丈夫だが?」
美人は困り果てても美しいしなんなら妙な色気があるなと頭の端で思いながらも神妙に首を振った。
ここで呑気にシス兄様は困惑の表情も傾国顔で美しいですね、などと言える状況では無い。
「つまりですね」
「今の何処がつまったのだろう…?」
「僕は猫可愛がりしているだけなんです…」
「………そうだな?」
「…………」
「…………」
なんの沈黙なのか暫く続いたそれを破ったのは僕。
「というわけなのです…」
「…………………そうか…?」
なんだか思っているのとは違う反応に困り果てながら殿下を見るが、殿下は困惑を浮かべて首をかしげるばかり。
恋愛感情を持っていないと言うことをカミングアウトしたのにその反応はあまりに薄い。
もしかして伝わっていないのかと思い始めた頃後ろに控えていたマロンとミルクを混ぜたような、いわゆるミルクティー色の髪の彼が殿下の耳元で何か囁く。
「…………ん?…………ああ…」
何を話しているのだろうと気になりながらも大人しく待っていると、殿下が理解したと言わんばかりに頷いてこちらを見る。
「案ずるな」
「……え?」
何が案ずるななのか分からないがその仕方ないものを見るような顔はさすがに物申したい。
「第一そんなものは人によって形の違うものだ。本人が良いと思えば良い」
クライシス殿下はそう言うと晴れ晴れとした表情で微笑み、席を立つ。
「それだけ愛しく思っているのなら大切にするんだぞ」
「まっ…待って」
「?」
「僕、シス兄様のお気持ちを理解しないまま、嘘をついて…その、本当にごめんなさい」
「嘘などつかれていないが」
クライシスは不思議そうにそう言ってミルクティー色の髪の彼を見ると、暫く視線を交わし、僅かに首を振った彼を見たと思ったら僕の元に歩み寄ってくる。
「全く、ウィリーは天然で困る。先程伝えたはずだ。愛の形など一人一人違う」
「…………???」
「殿下、差し出がましい様ですがそのご説明ではキャンベル公爵子息様には伝わっていないようです」
距離が離れているせいか耳打ちするのをやめて普通に声を上げた侍従に少し驚いた。
この侍従、以前から思っていたが、仕事が出来て顔まで整っている上に声までいい。
なんだその甘い声は。
世の中にミルクティー色の緩く癖のある髪に、優しげな顔だちの美形で王太子の側近たる地位と能力があり、思慮深く、声ははちみつのように甘い。
こんな全女児の憧れのような男が居ていいのか。
僕は世界で一番アレックスが可愛いしかっこいいし、頭も良くて剣術も優れていて魔法まででき、人前では冷静沈着で騎士たるだけの気高さがあるハイスペック男だと思っていたが、この侍従を見ているとその座が脅かされているような気がする。
さすがに僕相手に甘ったれ弟ムーブをする構ってちゃんだと言うことを考えると負けているかもしれない。
僕にとってはナンバーワンだが。
「…ではなんと言えば良いのだ…」
侍従に衝撃を受けていたがクライシス殿下の言葉でふと我に返り顔を彼に向ける。
痺れを切らしたように近寄ってきてクライシス殿下の耳元で補足に入る彼と困り果てた様子のクライシス殿下にこちらまで困り果て俯くとソファが急に沈み上品なラベンダーが香る。
「ウィリー、よくお聞き」
「……はい」
「恋愛感情というものは一人一人違う形をしている。そばに居ると動悸がするという人間もいれば安心するという人間もいる。
だが、どんな感情を持ったとしても愛しいと思う気持ちだけは共通していると思っている」
「動悸が…?」
「お前が恋愛感情だと思えばそれはそうなのだ。お前が名付けるものだ」
クライシス殿下の言葉はその形を疑わない確固とした自信があるようだった。
ストンと胸に落ちたその言葉はじわじわと胸で燻っているようだ。
ちりちりと痛むそれを抱えながら僕は何とか頷くと『お引き留めしてすみません』と呟いた。
「良い。………従兄弟なのだからいくらでも頼れば良い。愚痴でも何でも話せば良い。……この私に愚痴話をできるのは父上と母上、それに妹を除けばウィリーだけだぞ」
「…えへ、ありがとう。シス兄様」
嬉しい言葉に思わず零れた笑顔で感謝を述べる。
するとシス兄様は嬉しそうに笑って僕の両頬を掌で包んでむにむにと動かしたのだった。
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