【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

文字の大きさ
27 / 82

第四幕 六 「あの温室は、僕と母の宝物なんです」

しおりを挟む
     六

 軽やかな足取りの二人が、食堂から続く長い廊下を進んでいく。
「リン、美味しかったですか?」
 響く鈴の音は肯定だ。
 食事を終えた二人は、食後の散歩に繰り出すように廊下を進んでいた。
 夕食はその後も会話を切り出すことなく、淡々と進み、食事の最中も秘書の水島が傍らを離れることはなかった。仕事の指示を細かく出しながら、ついでのように食事を手早く終えて、孝造は食卓を去っていった。反対に、巧は食が細くて遅いらしく、いつまでも食堂に残って食べ続けていた。
 リンが満足したのを見計らって、二人は食事を終えたので、孝造よりは遅かったが巧よりは早く食堂から退室した。会話が弾んでいたわけでもなかったので、巧は二人を引き止めるようなことはなかった。
 二人は特に目的地もなく廊下を道なりに進んでいたが、廊下の先にあるホールに差し掛かったときに、ふと足を止めた。
「大きな絵だね。」
 壁に掛けられた絵は、三十代の細面の婦人の肖像画だった。二メートル四方程のキャンパスの中で微笑む女性は、どこか儚げな印象で、視線も虚ろだったが、そこに幽鬼的で何ともいえない美しさがあった。
 頭上に掲げられている絵を見上げながら、リンはため息を混じらせて呟く。
 ヒョウは、絵の中の女に向かい合うようにして微笑を浮かべていた。
「この女性が、きっと亡き奥方なのでしょう。どことなく巧サンの面影があるように思いませんか?」
 見上げたままのリンの首の鈴から肯定の音色が響く。
 二人がしばらく絵の前で佇んでいると、背後から足早に近づく足音が響き始める。
「お二人とも、こちらにいらしたんですか?」
 父親の孝造がいないせいで、幾分表情が和らいでいる巧が、二人に声を掛けた。ようやく食事を終えた後、二人を急いで追ってきたのだろう。
「先程は、父が失礼なことを言ったようで、すみませんでした。」
 到着早々、申し訳なさそうな顔で頭を下げる巧。
 ヒョウは巧へと振り返ると、首を横に振った。
「いえ、気にしていませんよ。」
 遠慮しての言葉というよりは本心だろう。常に冷然と佇むヒョウに、気にすることなどあるのだろうか?
「ホントすみません。父さんは、いつもああなんです。」
 気にしていないという言葉などでは謝り足りないらしく、巧は独り言のように続ける。父親の態度を一番気にしているのは巧なのだろう。
「あの人は、頑固で他人に厳しくて、いつも誰かを疑っていて。自分の強さをひけらかしたくてしょうがないんです。この世界に強者が存在する分、弱者が存在しているのに、強者として弱者を思いやることは出来ない人なんです。」
 口惜しそうに、俯き加減で、巧は吐き捨てる。顔には父親への嫌悪感が浮かんでいた。
 そんな巧の様子を取り合うことなく横目で見つめてたヒョウは、父親の話題を切り上げるようにして話題を移した。
「貴方に似ておられるようですが、この女性は母君ですか?」
「あっ、はい。」
 肖像画の話題に映った途端、巧は顔を上げると憧憬と郷愁と愛情のこもった瞳で肖像画の女性を見つめた。
「僕の母です。とても優しく穏やかでキレイな人でした。」
「まるで貴方の温室の雰囲気そのままですね?」
 夕刻にヒョウと巧が出会った温室は、巧の言葉そのままの穏やかで優しい空気に包まれていた。
 温室と母の話題になり、巧の表情は一層安らぐ。
「はい、あの温室は元々母の物でした。母の死後、僕が管理するようになったんです。新しい苗も集めましたが、母が管理していた頃と雰囲気は変えないように、いつも気をつけているんです。」
「思い出の場所というわけですね?」
 共感するわけでも同情するわけでもなく、ヒョウは相槌のように確認のように尋ねた。
 しかし、思い出の温もりの中にたゆたう巧は、肖像画を見上げたまま嬉しそうに頷いた。
「はい、そうです。あの温室は、僕と母の宝物なんです。」
「そうですか。」
 ヒョウの口調は冷め切っていたが、巧を現実に引き戻すことは出来なかった。肖像画を慕うように見上げたまま、どこか地に足が着いていないような巧の横顔は、肖像画の女性の儚さと虚ろな視線を鏡に映したようだった。
「それでは、そろそろ失礼します。」
 巧に構うことなく、ヒョウは歩き始める。
 そこで、ようやく現実に引き戻された巧は、慌てて二人の背中を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...