【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第四幕 五 「あら?探偵さんもご一緒ですか?」

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     五

「あっ、いたいた。杏子さん。」
 食堂に続く廊下で、一行を従えた巧は、使用人の一人に声を掛けた。
 夕食前の食堂は人の気配と活気に溢れており、屋敷内に来て初めて目にする人間もいた。
 使用人が殆ど集まっているのだろうが、元々の総数が少ないらしく一人一人が忙しく立ち働いていた。
「あっ、あの、巧様。どうかされましたか?」
 はにかんだような笑顔で、巧に呼び止められたメイドが近づいてくる。まだあどけなさの残る若いメイドは、巧の背後の見た覚えのある顔に気付き、声を掛けた。
「あら?探偵さんもご一緒ですか?」
「ええ。」
 ヒョウが微笑で頷いたが、メイドが尋ねたのはヒョウの前の巧にだったため、メイドの視線はヒョウと合うことはなかった。
 見詰め合うような視線を絡ませながら、巧は若いメイドに要件を告げる。
「杏子さん。こちらの方々を夕食に招待したんだ。二人分、夕食の用意を増やしてもらってもいいかな?」
「ええ、喜んで。」
 指示を受け取ると、頬を染めながらメイドは去っていく。どこか名残惜しそうなメイドの背中と、それを見つめ続ける巧。短いやり取りではあったが、周囲の人間が二人の雰囲気に気付かぬはずがないほどの濃密な空気を出していた。
 二人の様子に微笑だけを向けて、ヒョウは特に言及する様子はない。
「さあ、行きましょうか?」
 巧も説明などはせずに、あくまでも自然に一行の案内を再開した。
 廊下を突き当りまで進み、扉を開く。
 扉の奥には、目的地の食堂があった。
 食堂は、目の痛くなるほどの輝きのシャンデリアが下げられ、形ばかりの燭台などで大きなテーブルが飾り付けられていた。テーブルクロスは白。明るい照明を吸収して、輝いている。昼間に通された広間にもかなりの広さがあったが、食堂もそれに負けず劣らず広い造りだった。そんな広い室内の真ん中に大きなテーブルが置かれていて、客人の人数によっては宴会なども出来そうだが、あいにくテーブルを囲むのは親と子の二人だけのようで、白いテーブルクロスの上にはぽつんと離れた位置に二人分の食器が並んでいた。
 入って来た息子に声を掛けることなく、孝造は上座に着席したまま秘書の水島と話し込んでいる。孝造の隣に控えている水島は、入って来た巧に一礼し、背後の探偵に注意を向けた。
「失礼致します。お邪魔でしたでしょうか?」
 鋭く眼鏡を光らせる水島に、微笑を向けるヒョウ。
 そこで、ようやく孝造がヒョウの入室に気付いた。
「お前は・・・・。ここで何をしている?他の探偵は、とっくに独自の調査に乗り出したようだぞ。」
 敵意でも悪意でもないが、好意ではない。問い質すような口調と見下したような視線は、権力者として当然だと思っているのだろう。眉を片方上げながら、孝造はヒョウを威圧的に睨んだ。
「そのようですね。」
 受け流すように答える。威圧などは、涼しげなヒョウの前では意味をなさなかった。
「僕が招待したんだ。」
 精一杯の勇気を振り絞って、巧が声を上げる。
 孝造はちらりと巧を一瞥しただけで、標的を探偵から変更することはなかった。
「息子に取り入ったところで、お前を取り立てたりはせんぞ。小賢しい考えは捨てることだ。」
 冷酷に響く言葉。取り付く島もない。つまらぬ虫などは寄せ付ける気もないのだろう。生半可な覚悟のゴマすりでは、何の意味も持たない。
 しかし、涼しげに微笑むヒョウは手強かった。恫喝も効き目はなく、報酬にも目が眩むことはない。掴み所のない雰囲気は、孝造にも扱いづらそうだった。
「取り立ててもらう必要などありませんよ。貴方が、どのように調査をしてどのような判断で私をここに呼ばれたのかは分かりませんが、貴方の保護がなくてもやっていけるだけの顧客は抱えているつもりです。今のままでも細々とやっていくには十分です。」
 孝造に対する怒りからの反駁などではなく、事実を告げただけといった淡々とした口調の説明。孝造が意識するほど、ヒョウは孝造を意識していない。
「それに、客人として扱うと依頼の説明をされたのは、貴方がたです。私が客人として振舞っては、何かおかしいのでしょうか?」
 テーブルの上には、巧の指示通り、二人分の食事の用意が追加されていく。
「ふんっ。好きにしろ!」
 鼻を鳴らして、孝造は反論を取り下げる。議論の無意味さを感じての行動だろう。
 傍らの水島は、孝造が口を閉じたことで、ようやく口を開いた。
「それでは、後ほど部屋を用意いたします。」
 事務的な連絡口調。感情も愛想もない機械のような秘書は、薄いレンズ越しに探偵の姿を一瞥した後、孝造との仕事の会話に戻った。
 どこか閑散とした食堂に、仕事をこなす使用人の活気が風のように通り過ぎていく。
 雰囲気の良くない食卓は消化不良を引き起こすが、日常の一コマとなってしまっていたのでは、誰もが慣れていくしかなかった。家人の暖かな会話のないまま、団欒とは無縁の食事は進んでいく。食器の立てる音が、やけに大きく室内にはこだましていた。
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