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大逆転! 夏の陣
④
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天下を掴むはずだった二人の人物が相次いで死を遂げ、誰にとっても長かった一日がようやく終わった。
とはいえ、それは次なる日の休みに繋がるわけではない。
事実、大坂城天守では早朝から話し声が聞こえてくる。
「……昨日は勝利に終わったとはいえ、まだ完全に固まったわけではない。勝手な行動をされては困る」
文句を言っている側にいるのは豊臣秀頼と大野治長。一段下がった位置で平伏して聞いているのは長宗我部盛親であった。ただ、文句と言っても実際に言っているのは治長だけであり、秀頼は何もしていないが。
「申し訳ございませぬ。酒に酔ったこともあり、思わぬ行動をしてしまいました」
昨晩とは一変して、盛親は平身低頭謝罪している。
「うむ。わしとしてはあまり大事にはしたくない。他の者にも内密にはしておくゆえ、今後は気を付けてもらいたい」
「ははっ。ありがたき幸せにございます」
「あと、毛利殿にもきちんと謝罪するように。昨晩、『小身のくせに』など聞き捨てならぬことも申していたからな」
「そ、そのようなことを言っていたのですか……」
盛親は再度頭を下げる。
「その点はこちらに頭を下げられても困る。毛利殿に下げてくれ」
「承知いたしました」
盛親は大広間を退席すると、廊下を玄関の方へと向かっていき、毛利勝永が宿泊している長屋へと向かった。
毛利勝永も朝は早いが、起床してもしばらくは長屋にいた。昨晩聞いた「佐野」が誰であるか考えていたのであるが。
(佐野と名乗る何人かの牢人はいたが、彼らが何者であるのかは詳しくは分からなかったな…。どうしたものか……。大野殿は管理をしていたであろうし、知っているかもしれぬが)
悩みながら、長屋を出たところに長宗我部盛親がいた。
「毛利殿! 昨晩はそれがし、大変ぶしつけな振る舞いをしたとのこと、平にご容赦いただきたい!」
玄関先で大声をあげ、その場で平伏されたのであるから、勝永も仰天する。
「ち、長宗我部殿。このようなところだと目立つゆえ、中に入られよ」
慌てて盛親を中に招き入れ、座布団を勧める。
「いや、それがしはここで構いませぬ」
盛親はそう言って、再び頭を下げた。昨晩は本気で腹を立てていたが、ここまで下手に出られると勝永の勘気も収まってくる。
「承知した。長宗我部殿、わしももう気にしておらぬ」
穏やかに話かける。
「しかし、いくら酒に酔っていたとはいえ、あれはいけませぬぞ。いくら敵とはいえ、死んだ者を足蹴にしようなどあってはならぬことだ」
「誠に申し訳ござらぬ」
「うむ。理解してくれたのであれば、それでかまいませぬ」
「ありがとうございます。それがし、土佐を追い出されて、その後、それがしも苦労しましたが、家臣の者に苦労を掛けました。それがしについてきて貧困に倒れた者もおりました。土佐に残り、一揆を起こして斬首された者もおりました。それがしが不甲斐ないゆえに多くの者を死なせてしまいました…」
「うむ……」
「……一昨日は敵方にいた吉田まで、それがしには刃を向けられぬと鉄砲隊の真正面に立って死んでいきました。そうした多くの家臣を死なせたというのに、それがしは家康を討つという本懐を遂げることができませんでした。最後はただ城にぼうっと居残っていただけ。家康・秀忠の死をただ傍観していただけというのがあまりも情けなくて……」
盛親はそう言ってうつむいて嗚咽した。
「うむ……」
勝永も土佐に長い期間滞在していたので、事情は知っている。
(長宗我部殿に関しては、そもそも元親公がいけなかったのだ)
長宗我部元親は土佐の出来人とも言われ、四国統一の寸前までいった英傑ではあったが、長男信親を必要以上に溺愛するという問題があった。その信親は九州征伐で戦死するのであるが、元親は信親の唯一の子供である娘を何とか長宗我部家に組み込みたいと考えるようになった。そこで息子の中では年少であった盛親を宗主とし、信親の娘を嫁がせることにしたのである。これら全てを独断で決めてしまったため、少なくない家臣が諫言をしたが、元親は容赦なく叩き潰した。処刑された者も少なくない。
この異様な継承劇によって、長宗我部家に手を差し伸べたいと思う者は少なくなったし、長宗我部家内部にも大きな対立の芽を残すことになった。盛親に問題がなかったとはいえないが、元親から盛親への継承が正常に執り行われていれば盛親にももう少し余裕があったはずであり、関ヶ原で過ちを犯さずに済んだ可能性もある。そう勝永は考えていた。
「ともあれ、戦いには勝てたのです。今後、長宗我部殿が土佐に返り咲く機会は増えたのだし、新たな門出に涙は禁物ですぞ」
「そうであるな……」
盛親は立ち上がり、はたと何かに気づく。
「しかし、仮にそれがしが土佐を拝領したら、山内家に恩のある貴公はどうされるのだ?」
毛利勝永は関ヶ原の戦いの後、山内一豊に預けられていた。その待遇は決して悪くなく、勝永は山内家には恩を感じてはいる。しかし。
「確かに山内家に恩はあれども、それだけのために山内家に馳せ参じるまでのことはしませぬ、よ」
勝永はそう言った後、にやりと笑って続ける。
「その恩のために長宗我部殿と戦って、死んだ後にまで首を足蹴にされるのはまっぴらごめんでござるし」
「だから、それはもう忘れてくだされ」
盛親が今にも泣きそうな顔で嘆声をあげる。
勝永は冗談でござるよと笑い声をあげ、昨夜のことは全て忘れることにした。
ほぼ同じ時刻。堺の一商家で伊達政宗と真田幸村が相対していた。
「真田左衛門佐幸村でござる」
「伊達陸奥守政宗でござる。この度の真田殿の働き、それがしも見ておりましたが、誠に見事なものでした。名高い真田の軍略を垣間見ることができまして光栄にござる」
「とんでもございません。我が方に信じられない運があっただけでございます。本当のところを申せば、昨日の戦で死ぬつもりでありましたゆえ」
「失礼ながらわしもそう思っておった。まさか城方が勝つはずもない。今頃、大坂城は炎に包まれているはずだと。この扇子のように未来は閉じているはずだと」
政宗は閉じた扇子を取り出し、それをパッと開いた。
「しかし、今や大坂方の未来は一杯にまで広がっている。見事というしかない」
「恐れ入ります」
「さて、実務的な話をしよう。当方の要求は、三つ」
「承りましょう」
「一つは大御所の御首を返還してもらうこと」
「当然でございます、な」
それがないことには東軍が戦いを終結できないことは幸村にもよく分かっている。
「二つ目として一定期間の停戦をすること。これは三か月か半年くらいになるだろうか。わしとしては半年にしてもらいたいが、できぬというのなら仕方ない」
「いえ、半年でようございます」
「三つ目として、京と堺は両方が自由に立ち入れるようにすること」
「ふむ……。京に関しましては、秀頼公が行けるようになれる点で我が方に有利ですな。代わりに堺から西国にいる者達が問題なく帰還できるようにしたいということですか」
「うむ。何せこの事態である。九州で島津や加藤あたりが暴れだすかもしれんから、黒田殿や細川殿は気が気でない状態だ」
「承知いたしました。その条件で半年間の停戦をいたしましょう」
幸村が了承すると、政宗が意外そうな顔をした。
「本当にそれでよいのか? もう少し何かしら要求するかと思っていたが」
「何、戦が続くと困るのはこちらも一緒です。仮に今日も城攻めをされてしまえば、受け止めるだけの力がもう残っているとは思えません」
「それはそうであるな」
政宗も頷いた。
「攻撃をできるかもしれんが、皆がもう、それどころではない。結局のところ、こちらもどうしようもないわけだ」
「だから、こうして停戦が成立するわけですな」
「うむ」
二人は祐筆に書かせた書面を確認し、それぞれ署名した。
「これで停戦が成立したわけであるが、真田殿はこれからいかがなされるおつもりか?」
政宗の質問。幸村も「されるかもしれない」と予想していた質問であるが、答えは考えていなかった。
「何も考えておりません。大坂に入ったのは武門の意地を見せつけんという意地ゆえでございましたが、なすべきことをなしてしまい、後は死するも後悔なしという境地でございます」
「ハハハハ、真田殿の心境としてそうなるのは分かるが、真田殿は日ノ本に必要な人であろう。何事もないのなら、わしの下で働く気はないか?」
「そうですなぁ。今後の身の振り方も考えなければとは思っておりますが、今時点で決めてしまうことはできませぬ」
「確かにのう。これから徳川も豊臣も大いに揺れ動く。わしのように大名として立場が固まってしまうとそうもいかぬが、真田殿にはじっくりと見極める方が有利であろうからな」
「それもございますが、さしあたり今の一番の望みは、久しぶりに兄に会い、話をしたいということでございます。そのうえで今後のことを考えたいかと…」
幸村の脳裏に兄・真田信之の顔が思い浮かぶ。最後に会ったのは15年以上前であり、それ以降、父・昌幸を通じて書状のやりとりもしていたが、実際に会って父の最期やその後のことを話したいという思いはある。
「ふむ。確か真田殿は病臥ということで我が方にはおらぬが、息子二人はおるし、面会を希望するのなら取り諮るが…」
「いえ、それをすれば兄にとってやりにくくなるかと思いますし、彼らも拒否するでしょう。後々、そのような機会があればよいなと思っております」
「そうであるか。しかし、その歳になって、兄弟で話がしたいというのは羨ましいことよ」
政宗は心底羨ましそうな顔をした。
「わしは自家を守るために、弟を殺さねばならなかったからのう」
「それもまた戦乱の習いにございます」
「そうではあるが、片腕となるような兄弟がいてくれればどれほど助かったことか。おお、兄弟と申すと、これからの徳川家も兄弟の争いになるかもしれん」
「兄弟でございますか?」
「うむ。前将軍様にはお江与様との間に二人の男子がいる。竹千代と国松というのであるが、嫡子は年上の竹千代ではあるのだが、前将軍様とお江与様は弟の国松を愛している」
「大御所様の意向で竹千代君が前将軍様の嫡子となりましたが、大御所様も前将軍様も亡き今、その地位が不安定というわけでございますな」
「竹千代にしてもまだまだ征夷大将軍となる年でもないからの」
「そういう事態ですから、独眼竜が徳川家を飲み込む可能性もあるわけですな」
「ハッハッハ」
政宗は豪快に笑う。
「わしがどちらにつくかで、形勢が大きく変わることは否定せぬ」
「お二方のどちらかにつかれるのですか?」
幸村は段々と意地の悪い問いかけをするようになってきた。竹千代でも、国松でもなく、自分の娘婿である上総介忠輝を推すのではないか、と。
「上総介殿を推すのは現実的ではない。何せ、昨日、予想外に越前が頑張ったこともあるからな」
越前とは、家康の次男であった結城秀康の長男松平忠直のことである。官職として越前守を有しているわけではないが、現在越前75万石を所有しており、徳川一門の中でも大きな勢力であった。
「真田殿が大御所を討ち取った後、それ以上の進軍ができなんだは越前の頑張りによるところが大きい。大御所の子という点では越前が一番年長筋になるゆえ、上総介を推すならば、越前ではないかという声があがる可能性がある」
「そうでござったか」
確かに、昨日家康を討ち取った後、更に進軍することは敵わなかった。それは疲労の極みに達していたこともあるし、東軍の一部隊が頑強に抵抗していたこともある。抵抗していた東軍の将がどの部隊であるか、通常であれば幸村は詳細に把握し記憶しているのであるが、昨日の後半に関しては何せ家康を倒した後である。ほとんど夢見心地であったため、どこで誰と交戦していたのかほとんど覚えていない。今、政宗の指摘を受けてようやく松平忠直だったのかと知った。
「ただ、越前様は国許では結城家を名乗るなど、あまり宗家との関係はよくないとうかがっておりましたが」
「さすがに真田殿。大した情報力をお持ちだ。ただ、宗家筋を継げるとなると話は変わってくるだろう」
「確かにそうですな」
「若造であるうえ粗暴な性格の持ち主と聞いておるので、放置しておけば何かしら失策をするのではないかと踏んでいるが、今時点で大御所の筋から継承を考えてしまう場合、越前が名乗りをあげる可能性がある。それはさしあたり避けたい」
「政治力であれば負けることはない、というわけですな」
「そう踏んでおる」
「しかし伊達殿。豊臣方の使者である私に、ここまで話してしまってよいものですか?」
「先程も申したであろう。真田殿にその気があれば伊達家に来てもらいたいと考えている。それにこの程度のことであれば、少し調べればすぐに分かることであろう。そんなことまで一々隠し立てしても仕方がない」
「左様でございますか」
「わしもこの停戦内容を伝えた後はお忙しだ。今申したような事情もたちどころに変わってしまうだろう。つまり、真田殿に伝えてもほとんど問題がないということだ。どうでもいい情報でも、伝えたことで『政宗は懐の大きい男よ』という印象を与えられるなら、これほどうまい話はない」
政宗はそう言って、カラカラと笑う。幸村も愛想笑いを作った。
「さて、そういう事情もあるので、わしはこれより戻らなければならぬ。また、時機を見て真田殿とこうして話をしたいものだ」
「それがしも、また伊達様と話をしたいと思っております」
「期待しているぞ」
政宗は何を期待しているのか、までは言わない。幸村は思わず笑みを浮かべながら立ち上がる。
「それでは、大御所の首は本日中にでもお届けいたしますので」
「うむ。そうしてもらえると助かる」
二人の会談は終わり、それぞれ停戦内容を取り決めた書状を携えて屋敷を出た。
とはいえ、それは次なる日の休みに繋がるわけではない。
事実、大坂城天守では早朝から話し声が聞こえてくる。
「……昨日は勝利に終わったとはいえ、まだ完全に固まったわけではない。勝手な行動をされては困る」
文句を言っている側にいるのは豊臣秀頼と大野治長。一段下がった位置で平伏して聞いているのは長宗我部盛親であった。ただ、文句と言っても実際に言っているのは治長だけであり、秀頼は何もしていないが。
「申し訳ございませぬ。酒に酔ったこともあり、思わぬ行動をしてしまいました」
昨晩とは一変して、盛親は平身低頭謝罪している。
「うむ。わしとしてはあまり大事にはしたくない。他の者にも内密にはしておくゆえ、今後は気を付けてもらいたい」
「ははっ。ありがたき幸せにございます」
「あと、毛利殿にもきちんと謝罪するように。昨晩、『小身のくせに』など聞き捨てならぬことも申していたからな」
「そ、そのようなことを言っていたのですか……」
盛親は再度頭を下げる。
「その点はこちらに頭を下げられても困る。毛利殿に下げてくれ」
「承知いたしました」
盛親は大広間を退席すると、廊下を玄関の方へと向かっていき、毛利勝永が宿泊している長屋へと向かった。
毛利勝永も朝は早いが、起床してもしばらくは長屋にいた。昨晩聞いた「佐野」が誰であるか考えていたのであるが。
(佐野と名乗る何人かの牢人はいたが、彼らが何者であるのかは詳しくは分からなかったな…。どうしたものか……。大野殿は管理をしていたであろうし、知っているかもしれぬが)
悩みながら、長屋を出たところに長宗我部盛親がいた。
「毛利殿! 昨晩はそれがし、大変ぶしつけな振る舞いをしたとのこと、平にご容赦いただきたい!」
玄関先で大声をあげ、その場で平伏されたのであるから、勝永も仰天する。
「ち、長宗我部殿。このようなところだと目立つゆえ、中に入られよ」
慌てて盛親を中に招き入れ、座布団を勧める。
「いや、それがしはここで構いませぬ」
盛親はそう言って、再び頭を下げた。昨晩は本気で腹を立てていたが、ここまで下手に出られると勝永の勘気も収まってくる。
「承知した。長宗我部殿、わしももう気にしておらぬ」
穏やかに話かける。
「しかし、いくら酒に酔っていたとはいえ、あれはいけませぬぞ。いくら敵とはいえ、死んだ者を足蹴にしようなどあってはならぬことだ」
「誠に申し訳ござらぬ」
「うむ。理解してくれたのであれば、それでかまいませぬ」
「ありがとうございます。それがし、土佐を追い出されて、その後、それがしも苦労しましたが、家臣の者に苦労を掛けました。それがしについてきて貧困に倒れた者もおりました。土佐に残り、一揆を起こして斬首された者もおりました。それがしが不甲斐ないゆえに多くの者を死なせてしまいました…」
「うむ……」
「……一昨日は敵方にいた吉田まで、それがしには刃を向けられぬと鉄砲隊の真正面に立って死んでいきました。そうした多くの家臣を死なせたというのに、それがしは家康を討つという本懐を遂げることができませんでした。最後はただ城にぼうっと居残っていただけ。家康・秀忠の死をただ傍観していただけというのがあまりも情けなくて……」
盛親はそう言ってうつむいて嗚咽した。
「うむ……」
勝永も土佐に長い期間滞在していたので、事情は知っている。
(長宗我部殿に関しては、そもそも元親公がいけなかったのだ)
長宗我部元親は土佐の出来人とも言われ、四国統一の寸前までいった英傑ではあったが、長男信親を必要以上に溺愛するという問題があった。その信親は九州征伐で戦死するのであるが、元親は信親の唯一の子供である娘を何とか長宗我部家に組み込みたいと考えるようになった。そこで息子の中では年少であった盛親を宗主とし、信親の娘を嫁がせることにしたのである。これら全てを独断で決めてしまったため、少なくない家臣が諫言をしたが、元親は容赦なく叩き潰した。処刑された者も少なくない。
この異様な継承劇によって、長宗我部家に手を差し伸べたいと思う者は少なくなったし、長宗我部家内部にも大きな対立の芽を残すことになった。盛親に問題がなかったとはいえないが、元親から盛親への継承が正常に執り行われていれば盛親にももう少し余裕があったはずであり、関ヶ原で過ちを犯さずに済んだ可能性もある。そう勝永は考えていた。
「ともあれ、戦いには勝てたのです。今後、長宗我部殿が土佐に返り咲く機会は増えたのだし、新たな門出に涙は禁物ですぞ」
「そうであるな……」
盛親は立ち上がり、はたと何かに気づく。
「しかし、仮にそれがしが土佐を拝領したら、山内家に恩のある貴公はどうされるのだ?」
毛利勝永は関ヶ原の戦いの後、山内一豊に預けられていた。その待遇は決して悪くなく、勝永は山内家には恩を感じてはいる。しかし。
「確かに山内家に恩はあれども、それだけのために山内家に馳せ参じるまでのことはしませぬ、よ」
勝永はそう言った後、にやりと笑って続ける。
「その恩のために長宗我部殿と戦って、死んだ後にまで首を足蹴にされるのはまっぴらごめんでござるし」
「だから、それはもう忘れてくだされ」
盛親が今にも泣きそうな顔で嘆声をあげる。
勝永は冗談でござるよと笑い声をあげ、昨夜のことは全て忘れることにした。
ほぼ同じ時刻。堺の一商家で伊達政宗と真田幸村が相対していた。
「真田左衛門佐幸村でござる」
「伊達陸奥守政宗でござる。この度の真田殿の働き、それがしも見ておりましたが、誠に見事なものでした。名高い真田の軍略を垣間見ることができまして光栄にござる」
「とんでもございません。我が方に信じられない運があっただけでございます。本当のところを申せば、昨日の戦で死ぬつもりでありましたゆえ」
「失礼ながらわしもそう思っておった。まさか城方が勝つはずもない。今頃、大坂城は炎に包まれているはずだと。この扇子のように未来は閉じているはずだと」
政宗は閉じた扇子を取り出し、それをパッと開いた。
「しかし、今や大坂方の未来は一杯にまで広がっている。見事というしかない」
「恐れ入ります」
「さて、実務的な話をしよう。当方の要求は、三つ」
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「二つ目として一定期間の停戦をすること。これは三か月か半年くらいになるだろうか。わしとしては半年にしてもらいたいが、できぬというのなら仕方ない」
「いえ、半年でようございます」
「三つ目として、京と堺は両方が自由に立ち入れるようにすること」
「ふむ……。京に関しましては、秀頼公が行けるようになれる点で我が方に有利ですな。代わりに堺から西国にいる者達が問題なく帰還できるようにしたいということですか」
「うむ。何せこの事態である。九州で島津や加藤あたりが暴れだすかもしれんから、黒田殿や細川殿は気が気でない状態だ」
「承知いたしました。その条件で半年間の停戦をいたしましょう」
幸村が了承すると、政宗が意外そうな顔をした。
「本当にそれでよいのか? もう少し何かしら要求するかと思っていたが」
「何、戦が続くと困るのはこちらも一緒です。仮に今日も城攻めをされてしまえば、受け止めるだけの力がもう残っているとは思えません」
「それはそうであるな」
政宗も頷いた。
「攻撃をできるかもしれんが、皆がもう、それどころではない。結局のところ、こちらもどうしようもないわけだ」
「だから、こうして停戦が成立するわけですな」
「うむ」
二人は祐筆に書かせた書面を確認し、それぞれ署名した。
「これで停戦が成立したわけであるが、真田殿はこれからいかがなされるおつもりか?」
政宗の質問。幸村も「されるかもしれない」と予想していた質問であるが、答えは考えていなかった。
「何も考えておりません。大坂に入ったのは武門の意地を見せつけんという意地ゆえでございましたが、なすべきことをなしてしまい、後は死するも後悔なしという境地でございます」
「ハハハハ、真田殿の心境としてそうなるのは分かるが、真田殿は日ノ本に必要な人であろう。何事もないのなら、わしの下で働く気はないか?」
「そうですなぁ。今後の身の振り方も考えなければとは思っておりますが、今時点で決めてしまうことはできませぬ」
「確かにのう。これから徳川も豊臣も大いに揺れ動く。わしのように大名として立場が固まってしまうとそうもいかぬが、真田殿にはじっくりと見極める方が有利であろうからな」
「それもございますが、さしあたり今の一番の望みは、久しぶりに兄に会い、話をしたいということでございます。そのうえで今後のことを考えたいかと…」
幸村の脳裏に兄・真田信之の顔が思い浮かぶ。最後に会ったのは15年以上前であり、それ以降、父・昌幸を通じて書状のやりとりもしていたが、実際に会って父の最期やその後のことを話したいという思いはある。
「ふむ。確か真田殿は病臥ということで我が方にはおらぬが、息子二人はおるし、面会を希望するのなら取り諮るが…」
「いえ、それをすれば兄にとってやりにくくなるかと思いますし、彼らも拒否するでしょう。後々、そのような機会があればよいなと思っております」
「そうであるか。しかし、その歳になって、兄弟で話がしたいというのは羨ましいことよ」
政宗は心底羨ましそうな顔をした。
「わしは自家を守るために、弟を殺さねばならなかったからのう」
「それもまた戦乱の習いにございます」
「そうではあるが、片腕となるような兄弟がいてくれればどれほど助かったことか。おお、兄弟と申すと、これからの徳川家も兄弟の争いになるかもしれん」
「兄弟でございますか?」
「うむ。前将軍様にはお江与様との間に二人の男子がいる。竹千代と国松というのであるが、嫡子は年上の竹千代ではあるのだが、前将軍様とお江与様は弟の国松を愛している」
「大御所様の意向で竹千代君が前将軍様の嫡子となりましたが、大御所様も前将軍様も亡き今、その地位が不安定というわけでございますな」
「竹千代にしてもまだまだ征夷大将軍となる年でもないからの」
「そういう事態ですから、独眼竜が徳川家を飲み込む可能性もあるわけですな」
「ハッハッハ」
政宗は豪快に笑う。
「わしがどちらにつくかで、形勢が大きく変わることは否定せぬ」
「お二方のどちらかにつかれるのですか?」
幸村は段々と意地の悪い問いかけをするようになってきた。竹千代でも、国松でもなく、自分の娘婿である上総介忠輝を推すのではないか、と。
「上総介殿を推すのは現実的ではない。何せ、昨日、予想外に越前が頑張ったこともあるからな」
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「真田殿が大御所を討ち取った後、それ以上の進軍ができなんだは越前の頑張りによるところが大きい。大御所の子という点では越前が一番年長筋になるゆえ、上総介を推すならば、越前ではないかという声があがる可能性がある」
「そうでござったか」
確かに、昨日家康を討ち取った後、更に進軍することは敵わなかった。それは疲労の極みに達していたこともあるし、東軍の一部隊が頑強に抵抗していたこともある。抵抗していた東軍の将がどの部隊であるか、通常であれば幸村は詳細に把握し記憶しているのであるが、昨日の後半に関しては何せ家康を倒した後である。ほとんど夢見心地であったため、どこで誰と交戦していたのかほとんど覚えていない。今、政宗の指摘を受けてようやく松平忠直だったのかと知った。
「ただ、越前様は国許では結城家を名乗るなど、あまり宗家との関係はよくないとうかがっておりましたが」
「さすがに真田殿。大した情報力をお持ちだ。ただ、宗家筋を継げるとなると話は変わってくるだろう」
「確かにそうですな」
「若造であるうえ粗暴な性格の持ち主と聞いておるので、放置しておけば何かしら失策をするのではないかと踏んでいるが、今時点で大御所の筋から継承を考えてしまう場合、越前が名乗りをあげる可能性がある。それはさしあたり避けたい」
「政治力であれば負けることはない、というわけですな」
「そう踏んでおる」
「しかし伊達殿。豊臣方の使者である私に、ここまで話してしまってよいものですか?」
「先程も申したであろう。真田殿にその気があれば伊達家に来てもらいたいと考えている。それにこの程度のことであれば、少し調べればすぐに分かることであろう。そんなことまで一々隠し立てしても仕方がない」
「左様でございますか」
「わしもこの停戦内容を伝えた後はお忙しだ。今申したような事情もたちどころに変わってしまうだろう。つまり、真田殿に伝えてもほとんど問題がないということだ。どうでもいい情報でも、伝えたことで『政宗は懐の大きい男よ』という印象を与えられるなら、これほどうまい話はない」
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「さて、そういう事情もあるので、わしはこれより戻らなければならぬ。また、時機を見て真田殿とこうして話をしたいものだ」
「それがしも、また伊達様と話をしたいと思っております」
「期待しているぞ」
政宗は何を期待しているのか、までは言わない。幸村は思わず笑みを浮かべながら立ち上がる。
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歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
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