戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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大逆転! 夏の陣

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 一方、政宗と別れた幸村は、堺の町をまだ歩いていた。


「うむ……」
 政宗と会談した商家の近辺はともかく、少し海の側に行くと、町のいたるところに焼け跡があり、完全に焼け落ちているところもあった。

(これについてはどうすべきかのう……)
 今月、最後の決戦が近くなった際に、堺の町が徳川方についていたことで、自軍の大野治胤が焼き討ちしたという話を聞いていた。その被害は予想以上であった。

(戻って、秀頼様に話をせねば……)
 幸村は書状を携えて、大坂城へと戻ろうとしたが、不意に町人に呼び止められた。

「貴殿は大坂方の者であるな?」
「いかにも、真田左衛門佐幸村でござる」
「それでは、大坂に大野治胤と申すものがおることはご存じであろうか?」
「うむ…」
 幸村の返事には力がない。

「この堺の町をこのようにした者だ」
「うむ……」
「堺の町に引き渡していただけぬか?」
「分かり申した。大坂に戻り次第、関白様に話をしてみる」
 幸村としてはそう言うしかない。町人も幸村の言を信じたようで、その場を引き下がっていった。

(これはいかぬな。しっかりとした措置を取らねば、豊臣方が堺の町から崩れていくことも十二分にありうる)
 困ったことになった。幸村はそう思いながら、大坂城へと戻っていった。




 城が近づいてくると、近くに布陣している前田隊も見えてきた。

(先に前田殿に伝えておいた方がいいか)
 幸村は馬を飛ばして前田隊に向かった。利常の下に通されると、挨拶もほどほどに停戦内容を伝える。

「……ふむ。ただ、それは伊達殿と真田殿の間の話で、秀頼達が遵守するとは限らないとも取れるな」
 前田利常も単純に信用することはない。

「はい。ただ、それがしも毛利殿も動かないのに、攻撃を命令することは無理だと思います」
 幸村の返事に、利常は「なるほど」と頷く。

「まあ、いつまでもここにいるわけにもいかぬわけで、いずれは真田殿を信用して動くしかないのだがな」
「恐れ入ります」
「……承知した。我が隊は加賀に戻ることにする」
「そうしますと、大坂とのやりとりはどうすればよろしいでしょうか?」
「明石掃部に大体の話はしているので掃部を通じてしてほしいが、どうしても誰か残した方がいいと申されるか?」
「いえ、話が通じるのならば構いません。それではそれがしは城にも用がございますので、これにして」
「うむ。大儀であった」
 幸村は利常の見送りを受けて、前田隊を離れ、そのまま大坂城へと戻っていった。



 大坂城につくと、まず毛利勝永に話の概要を説明しようと、勝永を探した。程なくして城の中庭で長宗我部盛親と話をしている勝永の姿を認める。呼びかけたうえで、伊達政宗との停戦協議について説明した。

「なるほど。半年休戦でございますか」
「その間に、諸々について取り決めたいと思う。長宗我部殿には申し訳ないが…」
 城の宴のやりとりはもちろん知る由もない幸村であるが、長宗我部盛親の旧領土佐への思いがひと際強いことは幸村も承知している。半年間、その機会が断たれるということは、彼にとっては面白くないことである。

「いや、仕方ありません。この状況で戦を続けたらそれがしが土佐に戻れるというわけではありませんし、それにそれがしは既に15年さまよっております。今さら多少時間が伸びても気にするところはありません。晋の文公の后妃の気持ちでおります」
 晋の文公というのは、中国・春秋時代の覇者の一人である。晋の内乱で長い亡命を続けていた文公はある時、更に違う国を移転しなければならなくなった。この時に妻に向かい、「25年待って戻ってこなかったら、再婚しなさい」と言ったのである。それに対して妻は「25年も経てば、私の墓に植えられた木も大きくなっているでしょうけれど、それでも待っています」と答えたという。

「あと、毛利殿と長宗我部殿にもう一つ聞いてもらいたいことが」
 幸村は、堺の町人衆から要請された大野治胤の引き渡しについても説明した。これには勝永と盛親も顔を見合わせる。

「いた仕方ございませぬ。堺を敵に回せば、秀頼公の前途は途絶えてしまいますに」
「……うむ。同感でござる。それがしも危うく似たようなことをしてしまうところでござったが」
「……?」
「ああ、真田殿には関係のないことでございます」
 勝永が話を遮り、天守の方を向く。

「簡単ではないでしょうが、我々三人で大野殿を何とか説得いたしましょう」
「うむ」
 三人で天守まで向かい、秀頼と面会すると、幸村は伊達政宗との停戦について説明した。

「京への出入りが可能になることで、今後関白としての威儀を示しやすくなると思います」
「ふむう、そうよのう」
 秀頼にとってメリットとなる部分を強調することで、淀の方も満足そうに頷いている。

「昨日も申し上げました通り、現状では戦いを続けても我々の方が先に兵も力も尽きてしまうことは必定。停戦の期間に様々な働きかけをし、状況を五分五分に持ち込むことが肝要ではないかと」
「様々な働きかけと申すが、具体的にはどのようなものがあるのじゃ?」
「はい。徳川家では次の当主を決めなければなりません。恐らく、前将軍様の嫡男竹千代君か、上総介忠輝様のいずれかがなるかと思います。しかし、この二人のいずれがなろうとも、征夷大将軍の座を得ぬことには徳川家棟梁としては認められません。それを容易に認めぬよう朝廷に働きかけることで、徳川家から妥協を引き出しやすくなります」
「秀頼公が征夷大将軍は……、無理であろうかの……」
「恐れながら……」
「そうじゃのう。太閤様でも無理じゃったからのう」
 淀の方は大野治長を見た。大体はそれでいいのではないかと思っているが、確信はない。だから最終的な同意を求めようとしている。淀の方のよくある態度である。

「問題ないと思います」
 治長が答えて、淀の方も頷いた。

「それでは、真田殿の言う通りにしようぞ」
「ははっ」
 三人を含めて一同ひれ伏した。程なく、淀の方は秀頼を伴って退出していく。治長がついていこうとするのを、幸村が小声で止める。

「大野殿、内密に相談したきことが……」
「承知した」
 部屋に残った治長に対して、幸村は堺の町でのことを説明した。たちまち表情が暗くなる。

「堺が徳川方についていたのは事実ではあるが、さりとて町全てを焼き払ったとなると、比叡山を焼き討ちした信長公と同じ扱いになるよのう」
「……はい。大野殿のお気持ちは分かりますが、堺の町が敵に回れば、今後のことに大いに差しさわりがございます」
「……そうだな。やむをえぬことであるな……。治胤のやり過ぎであったということで身柄を引き渡すことにしよう」
「ありがとうございます」
 幸村、勝永、盛親の三人が頭を下げる。

 と、大きな足音が響いてきた。見ると治長の弟である治房が廊下を走っている。

「主馬、騒々しいぞ」
 治長が弟を叱責するが、治房は構うことなく小走りに入ってくる。

「兄上、道犬(治胤)が昨日の夜から見当たらぬとの報告が」
「……何!?」
 治長のみならず、残りの三人も反応した。

「どうやら、堺の町を焼き払った件で追及されることを恐れたのではないかと思います」
「むむ…、勘のいい奴」
 治長が歯ぎしりをした。

「いかがいたしましょう?」
「今ちょうど、真田殿から堺からの苦情を聞いていたところじゃ。道犬を堺に引き渡さぬことには、秀頼様の名に傷がつくことにもなりかねぬ。いち早くとらえて、引き渡すのじゃ」
「ははっ」
「真田殿、そなた達にも急ぎ探していただきたい」
「承知いたしました。草の者に探させます。あと、私は一旦堺に行き、治胤殿が逃げたことを伝えておきたいと思います」
 信じる、信じないは別として、ここは正直に伝えるべきだと幸村は判断した。

「承知いたした。わしも行こう」
「修理殿も?」
「事は秀頼様の名誉にかかわる。わしが行ってしっかり言わねばいかぬ」
「承知いたしました」
 幸村は治長を連れて、再度大坂城を出た。



 堺の町に着くと、二人はすぐに町人衆を呼び出した。代表を前に、治長が話す。

「……ということで、大坂城を逃げており、現在捜索中である。捕まえ次第、貴殿らに引き渡すことをお約束する」
 治長の言葉に、一同懐疑的な目をしていたが、最終的には。

「それでは、修理様の言を信じましょう」
 となった。

「かたじけない」
 頭を下げた治長だが、次の瞬間には険しい目つきになり、きっぱりと言い放つ。

「ただし、貴殿らが先の陣で徳川家についていたことは我々にとっても明白、無論、それで咎なき者を含めた町の大半を焼き払うは行きすぎなれど、貴殿らに全ての理があるわけではないということもまた、しかとご承知おき願いたい。我々は治胤の身柄は間違いなく引き渡す。町の復興にも力を貸す。以上じゃ。それでよいな?」
 そこは絶対に引き下がれないという治長の強い決意が表情に現れている。

「承知いたしました……」
 堺の町衆は気合負けしたかのようにうなだれて答えた。



 幸村が帰った後、利常は帰国準備を命令し、自らも準備をしていた。これに対して。

「真田殿を信頼しても大丈夫なのでしょうか? 徳川方が攻撃してくる可能性も」
 横山長知が不安そうに聞いてくるが、利常はそれを一笑に付す。

「危険性を考え始めればキリがない。確かにそういうこともありうるが、そもそも我々が壊滅して豊臣方が得をするのか? しないであろう。我らを見捨てれば豊臣方に今後つくものはいなくなるわけだからな。分かったら、さっさと帰国の準備をしろ」
 そう言って、家臣らの言をはねつけ、準備が完了するとさっさと加賀への帰国を開始したのである。

 事実、帰国の途につく前田隊を阻む者はいない。そのまま近江まで差し掛かっていた。ここで事件は起きた。

「……どうした? 先程から全く進まぬぞ」
 突然、進軍が止まり、そのまま停止を余儀なくされたのである。利常はすぐに状況を確認させると、前方から伝令がやってきた。

「申し上げます。別の街道から進んでいた松平越前の軍勢と鉢合わせになり、睨み合いの状態が続いております」
「……何、鉢合わせだと?」
 停戦を破棄するようなことをしても損をするのは向こうだ、利常はそう考えていたが相手が松平家ともなるとそういう理屈も通じない。「親族の仇」とばかりに攻撃してくる可能性もある。

「仕方ない。わしが前に行こう」
 とはいえ、後ろに下がっても笑いものになるだけである。利常は前方へと馬を走らせた。最前の方まで来ると、確かにその斜め前方に松平家の旗が見えてくる。

「前田利常じゃ。松平家の者はおるか?」
「前田殿?」
 驚くような声があがった。見ると、こちらも後ろから駆けてきたらしい若い大将がいる。

「失礼をいたしました。それがし、松平忠直でございます」
「おお、松平殿。過日の件はあるが既に停戦は成立している。申し訳ないが、武門の道として了解していただきたい」
 利常が頭を下げると、忠直は快活に笑う。

「とんでもございませぬ。それがし、そのようなことは全く気にしておりませぬので」
 その上で、兵士達に伝える。

「者ども、前田殿は加賀に帰られる。我々は越前である。前田殿の方が遠来であるゆえ、優先されるべきは前田殿だ。我々は前田殿の軍が通過するまでここで待機するぞ」
「いやいや、とんでもございませぬ。むしろ、松平殿こそ、先に行ってくだされ」
 停戦は成立しているが、さすがに敵方の部隊が自分達の後ろをついてくるのは落ち着かない。利常は慌てて首を左右に振った。

「ふむ…。確かにそれがしの部隊が槍をつっかける心配はございますな。承知しました、されでは先に参らせていただきます」
「うむ。よろしく頼む」
「ああ、そういえば……」
 そこで忠直は何かを思い出したかのように手を叩いた。

「実は先ほど、妙な者が我が隊に来ましてな」
「妙な者?」
「お待ちいただければ、後に引き渡しましょう。よし、者ども、進め」
 忠直の指示で、越前隊が前に進んでいく。しばらくすると、後ろの部隊が縄で縛った一人の男を連れていた。

「この者は?」
 利常には全く見覚えのない男である。

「うむ、大野道犬と申して、大坂方にいた者らしいが、都合が悪くなって我が方に逃げてきたらしい」
「ほほう」
「聞くと堺の町を焼き払った張本人だとのこと。そのような者を匿っていては外聞が悪いので、豊臣方につき返そうと思っていたのだが、ちょうどいいので前田殿に引き渡したいと思う。大坂に連れ返すなり、煮るなり好きにしてくだされ」
「……左様でございますか」
「それでは、それがしも越前へとお先に戻らせていただきます」
 忠直は頭を下げて、前に行く部隊についていった。

 縄で縛られた大野治胤を残され、利常も判断に迷う。

「大膳。伝令を派遣して真田殿に顛末を伝えてまいれ。必要とあれば引き渡すと申して」
「承知いたしました」



 5月9日。

 二日間、何の連絡もなく焦燥に駆られていた大坂城に、前田利常の伝令が朗報をもたらす。

「大野殿!」
 幸村が喜び勇んで大広間へと来た。

「道犬殿は前田殿のところにいるようです」
「何、前田殿のところに!? 一体何ゆえ、前田殿のところに行ったのであろう?」
「前田殿の伝令が申すには、松平忠直殿の隊に逃げ込んだらしいですが、匿っては外聞が悪いということで引き渡したのだそうです」
「何と……ともあれ、これで堺に対しての顔も立つ。助かったものよ…」
 治長は安堵の息をつき、その場に腰かけた。



 二日後、大坂城へと引き渡された大野治胤は、その日のうちに堺に引き渡された。

 翌日、町衆の決定により、治胤は焼野原となった堺の町で切腹することになった。町を焼き払った者に対する仕打ちとして火あぶり、少なくとも斬首にすべきという意見もあったが、幸村と治長が信義を守ったことに対し、最低限の礼を守るべきだという意見が多数を占めたのである。
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