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徳川家新当主
⑤
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お江与の屋敷を暇乞いし、直孝は思案の末に忠直の屋敷へと向かった。
屋敷に近づくにつれ、直孝の耳に妙な音が聞こえてきた。近づいていくにつれて笛の音であると分かる。音の出どころは忠直の屋敷にあった。
(もしや……)
直孝は屋敷の中に駆けこんだ。
広間に入ると、女芸者が数人、琴や笛を鳴らしており、その真ん中で楽しそうに踊っている忠直がいた。
想像通りの光景であったが、直孝はしばらく頭を抱える。
「越前様!」
そのうえで叫ぶ。女達は驚いて、黙り込んだ。忠直は一瞬不機嫌な顔になった後、廊下の方を見て、「またお前か」と諦めたような顔になる。
「直孝ではないか。どうした?」
「どうしたも、こうしたもありませぬ。何をなさっているのですか!?」
「うむ。無聊なので芸者を呼んで楽しんでおるのだが?」
忠直は全く悪びれる様子もなく答える。
「二日後には葬儀だと言うのに、何をなさっているのですか!」
「そうなのじゃ。二日もあるから暇で、暇で。駿府の城も見たし、飽きてしまったし。考えてみれば立花殿に全て任せたのだから、このまま帰っても構わぬのではないか?」
「とんでもございません。そんなことをすれば伊達の思うがままでございます」
「そうか? 伊達殿は中々いい人だぞ。というか、お主は何をしに来たのだ?」
「それが、実はですね」
直孝は自分が竹千代と国松の補佐人に選ばれたことを説明した。
「おお、良かったではないか。ただ、考えてみれば譜代筆頭の井伊家から選ばれるのは当たり前と言えば当たり前ではあるな」
「それはそうなのですが」
「何か不満なのか? 竹千代の代理ならば、伊達と対等にやりあえるではないか」
「立場が対等になっただけですよ。私だけで、伊達とやりあえるわけがないでしょう」
「確かに、お主の人望では、な……」
憐れむような視線を向けられ、直孝は渋い顔をする。
「人望の問題ではなく、経験やら何やらの差です。少なくとも、それがしだけで伊達や上総介殿と渡り合うのは無理でございます。それにそれがしがいないと越前様がどうなってしまうかも知れませぬし。彦根に残って越前様を見張っておる方が結果的には徳川家のためになるのではないかとも思えるのです」
「何やらお主は、わしが上総介の方に走ると決めつけておらんか? わしはそこまで短絡的ではないぞ」
「……本当ですか?」
直孝はこれ以上ない疑わしい目つきで忠直を見たが、忠直は「当然だ」と一点の曇りもない視線で答える。
「父上はよく申されていた、わしは関白様の子ゆえ、何かあったら秀頼につくと。だから、大坂につくことだって十分にある」
「……左様でございますね…」
反論する気力もなくなっていた。
「しかし、竹千代の補佐につきたくないのなら代わりを探せばいいのではないか?」
「探せばいいと簡単に申されますが…」
そんなに簡単に代わりが見つかれば苦労はない。
「そこまでおらぬか?」
忠直は腕組みをして考えようとして、女達がそのままでいることに気が付いた。
「すまぬが、今宵はこれまでじゃ。続きは明日」
「明日もいりませぬ」
直孝が言い含めるのも忘れない。
ともあれ、部屋は二人を残して全員が帰り、ただ化粧の匂いの残滓が漂うだけとなった。
改めて忠直は腕組みをする。
「先月までは天下を取ること必至だった徳川家だったのだぞ。いくら何でもそこまで人がいないということはないだろう。伊達が徳川の半分を制しているわけでもないし」
考えること数分。
「酒井などはどうなのだ?」
「冗談ではありませぬ。酒井殿が、榊原殿、本多殿とともに真田隊に打ち破られたのがこの前の敗戦の原因でしょう」
「そちらの酒井ではない。讃岐守の方だ」
「讃岐守……」
直孝は「おお」と手を叩いた。
酒井家というと、徳川四天王の一人酒井忠次の左衛門尉家を自然と想定してしまうが、それだけではない。それ以外にも雅楽頭家もあった。讃岐守とは、雅楽頭家の本家重忠の弟、忠利の息子忠勝のことを指していた。この年29歳で直孝よりも3つ年上である。年齢も近いし、竹千代の世話役でもあったのでよく顔を合わせていた。
(そうか。忠勝がおったか……)
よく顔を合わせているのでその人となりも分かっている。非常に頭の切れる男であり、それでいて度胸もしっかりしている男である。
(忠勝なら、任せても問題ないが……)
問題は現在の酒井忠勝は3000石しか保持していないということである。徳川家を支えるにはいかにも小さい。
「どうしたらいいでしょうか?」
「そういうことを考えるのが、おまえの仕事だろう」
忠直は突き放したように言う。
「何か妙案でもあるのではないですか?」
「そんな妙案などあるわけもなかろう。おぬしが代わる者もいないと言うから、代わる者を考えてやっただけだ」
「……」
「そこから先まで面倒は見切れん」
「忠勝殿は、特に大きな手柄をあけたわけではないし、大幅な加増をなすのも不可能だ」
「それなら、別にそのままでもいいではないか」
「………?」
「お主、この前の戦いで我々はどうやって殿を務めることができたのだ?」
「それは……、越前様とそれがしが立花殿に采配を任せて……あっ」
直孝が声をあげた。忠直が「そうだろう」という顔をする。
「石高が足りぬのなら、それはお主らが支えればいいだけで、忠勝の頭だけを借りればよかろう」
「確かにそうです! 直ちに御台所様に伝えなければ」
「まあ、待て」
忠直がすぐに出て行こうとする直孝を止める。
「葬儀はおぬしが出た方がいい。何も今から呼び寄せることはあるまい」
「た、確かに……」
ここから酒井忠勝を呼び寄せるだけでも無駄な日数がかかる。そもそも、大大名ならともかく、酒井忠勝程度のために葬儀の日程を延ばすことも現実的ではない。
直孝は我に返ったと、同時に思った。
(越前様は、無茶苦茶ではあるのだが、やはり只者ではない……)
同時に思う。この男を何が何でも徳川宗家に縛り付けておかなければと。
慶長20年5月20日。
駿府城で、徳川家康・秀忠の葬儀が厳かに営まれた。
もっとも、各々、家康や秀忠からの恩顧に思いも馳せはするも、そのことだけに浸っている余裕はない。
この後開催される、徳川家の後継者は誰になるのかということを。
告別式が終わると、駿府城大広間で次期徳川家当主を決めるための会合が開かれた。
参加者は以下の通り。
徳川秀忠継室・お江与の方
徳川秀忠嫡男・竹千代
同次男・国松
徳川忠輝代理・伊達政宗
松平忠直代理・立花宗茂
お江与の方補佐・井伊直孝
徳川家康九男・徳川義直
徳川家康十男・徳川頼宣
徳川家康十一男・徳川頼房
このうち、家康の息子三人は後継者を主張することもできうる立場ではあるが、妻の実家志水家、正木家の家格という点で問題があり、実際には参加しているだけの存在といっても良かった。三人もそのことは理解しており、末席の方に座り発言しようという意思をほとんど見せない。
「それでは、これより会議を始めたいと思います」
伊達政宗が話を切り出す。
「去る7日、前将軍様が大坂で無念の切腹をなされたため、徳川家の新しい主を決めなければなりません。まず、それがしから申し上げさせていただきますと、このような戦乱の事態において不満を残すようなことはあってはならないと思います。不満のない方法はというと、父から子へ、子なき時は兄から弟へというのが自然な流れ。となりますと、前将軍様の嫡男である竹千代様が徳川家の当主となるのが自然かと思います」
政宗の言葉にお江与が「えっ」と声をあげた。てっきり忠輝を推してくると思っていたのであろう。
「それがしには異議はござらん」
井伊直孝が語る。
「同じく」
立花宗茂も頷いた。ただいるだけと言っていい三人も大きく頷く。
「それでは、次期徳川家当主は竹千代様ということで決まりました。御台所様、竹千代様を上座へ」
「はい」
お江与は彼女自身半信半疑という様子で竹千代を上座へ上がらせる。
政宗が正面に平伏した。それに倣って後ろに立花宗茂、井伊直孝も平伏する。家康の息子三人も不承不承という様子で前に進み出て、近い位置で平伏する。
「国松様、国松様も平伏なされませ」
「えっ…?」
井伊直孝の言葉に、国松は不服そうな顔をしたが、再度促されて、やむなく平伏する。
「大名一同を代表しまして、伊達政宗、竹千代様に忠誠を誓います!」
「同じく、立花宗茂、竹千代様に忠誠を誓います」
「同じく、井伊直孝、竹千代様に忠誠を誓います」
かくして、あっと言う間に後継が決まった。しばらくして、参加者は二列に並び向き合う形に座る。
「竹千代様の元服の儀については御台所様にお任せするとしまして、征夷大将軍位を得るためのことについても話をしたいと思います」
再び伊達政宗が切り出す。
「それがし、朝廷は以前ほど簡単には徳川家に将軍位を認めてくれないのではないかと見ています。豊臣方も邪魔してくるでしょうし、困難が予想されることでしょう。そこで、大和・紀伊などについては豊臣家に引き渡すことでまずは征夷大将軍位を固めたいと思いますが、いかがでございましょうか。もちろん、紀伊の浅野殿についてはしかるべき移転先を約束いたします」
「……それがしも伊達殿の意見に賛成です。今はまず、征夷大将軍位を確実に得るため、豊臣家に多少妥協することもやむをえません」
井伊直孝が続いた。お江与も頷く。彼女の立場からすると、息子竹千代の後継者としての地位が名実共に認められるにはどうしても征夷大将軍位が必要であり、賛同するしかない。
三人は全く意見を出さないので、残りは立花宗茂だけとなる。
「それがしも反対ではございませんが、豊臣方が近江と越前を要求してきた場合いかがなりますでしょうか?」
「むっ…。それは豊臣家が前田家との地理上の繋がりを要求するということか」
「はい」
「立花殿には良案があるか?」
「良案というものはありませぬが、豊臣との交渉には何人かを出して、強気なところを見せる必要があると思います」
「確かに……、では、その旨の連絡はそれがしと立花殿でやっていきたいと思うが、いかがでござろうか?」
「それがしも異議はありませんが、江戸でも状況を把握したいと思います。この連絡係に酒井忠勝を推したいのですが、よろしいでしょうか?」
井伊直孝がここぞとばかりに酒井忠勝の名前を出す。
伊達政宗と立花宗茂は共にけげんな顔をした。どちらも酒井忠勝のことが分からないことは明白であった。
「……良かろう。では、直接的にはそれがしと立花殿、江戸の連絡係は酒井殿ということで決まりだ」
おおまかな流れは決まった。
その後、細かいやりとりなどを決めたが、さすがに所領の移動などはこの時点では決められず、後日に持ち越しとなった。
ともあれ、この日、秀忠の長男竹千代が徳川家の後継となった。竹千代は6月に入ると元服し、徳川家光を名乗ることになる。
屋敷に近づくにつれ、直孝の耳に妙な音が聞こえてきた。近づいていくにつれて笛の音であると分かる。音の出どころは忠直の屋敷にあった。
(もしや……)
直孝は屋敷の中に駆けこんだ。
広間に入ると、女芸者が数人、琴や笛を鳴らしており、その真ん中で楽しそうに踊っている忠直がいた。
想像通りの光景であったが、直孝はしばらく頭を抱える。
「越前様!」
そのうえで叫ぶ。女達は驚いて、黙り込んだ。忠直は一瞬不機嫌な顔になった後、廊下の方を見て、「またお前か」と諦めたような顔になる。
「直孝ではないか。どうした?」
「どうしたも、こうしたもありませぬ。何をなさっているのですか!?」
「うむ。無聊なので芸者を呼んで楽しんでおるのだが?」
忠直は全く悪びれる様子もなく答える。
「二日後には葬儀だと言うのに、何をなさっているのですか!」
「そうなのじゃ。二日もあるから暇で、暇で。駿府の城も見たし、飽きてしまったし。考えてみれば立花殿に全て任せたのだから、このまま帰っても構わぬのではないか?」
「とんでもございません。そんなことをすれば伊達の思うがままでございます」
「そうか? 伊達殿は中々いい人だぞ。というか、お主は何をしに来たのだ?」
「それが、実はですね」
直孝は自分が竹千代と国松の補佐人に選ばれたことを説明した。
「おお、良かったではないか。ただ、考えてみれば譜代筆頭の井伊家から選ばれるのは当たり前と言えば当たり前ではあるな」
「それはそうなのですが」
「何か不満なのか? 竹千代の代理ならば、伊達と対等にやりあえるではないか」
「立場が対等になっただけですよ。私だけで、伊達とやりあえるわけがないでしょう」
「確かに、お主の人望では、な……」
憐れむような視線を向けられ、直孝は渋い顔をする。
「人望の問題ではなく、経験やら何やらの差です。少なくとも、それがしだけで伊達や上総介殿と渡り合うのは無理でございます。それにそれがしがいないと越前様がどうなってしまうかも知れませぬし。彦根に残って越前様を見張っておる方が結果的には徳川家のためになるのではないかとも思えるのです」
「何やらお主は、わしが上総介の方に走ると決めつけておらんか? わしはそこまで短絡的ではないぞ」
「……本当ですか?」
直孝はこれ以上ない疑わしい目つきで忠直を見たが、忠直は「当然だ」と一点の曇りもない視線で答える。
「父上はよく申されていた、わしは関白様の子ゆえ、何かあったら秀頼につくと。だから、大坂につくことだって十分にある」
「……左様でございますね…」
反論する気力もなくなっていた。
「しかし、竹千代の補佐につきたくないのなら代わりを探せばいいのではないか?」
「探せばいいと簡単に申されますが…」
そんなに簡単に代わりが見つかれば苦労はない。
「そこまでおらぬか?」
忠直は腕組みをして考えようとして、女達がそのままでいることに気が付いた。
「すまぬが、今宵はこれまでじゃ。続きは明日」
「明日もいりませぬ」
直孝が言い含めるのも忘れない。
ともあれ、部屋は二人を残して全員が帰り、ただ化粧の匂いの残滓が漂うだけとなった。
改めて忠直は腕組みをする。
「先月までは天下を取ること必至だった徳川家だったのだぞ。いくら何でもそこまで人がいないということはないだろう。伊達が徳川の半分を制しているわけでもないし」
考えること数分。
「酒井などはどうなのだ?」
「冗談ではありませぬ。酒井殿が、榊原殿、本多殿とともに真田隊に打ち破られたのがこの前の敗戦の原因でしょう」
「そちらの酒井ではない。讃岐守の方だ」
「讃岐守……」
直孝は「おお」と手を叩いた。
酒井家というと、徳川四天王の一人酒井忠次の左衛門尉家を自然と想定してしまうが、それだけではない。それ以外にも雅楽頭家もあった。讃岐守とは、雅楽頭家の本家重忠の弟、忠利の息子忠勝のことを指していた。この年29歳で直孝よりも3つ年上である。年齢も近いし、竹千代の世話役でもあったのでよく顔を合わせていた。
(そうか。忠勝がおったか……)
よく顔を合わせているのでその人となりも分かっている。非常に頭の切れる男であり、それでいて度胸もしっかりしている男である。
(忠勝なら、任せても問題ないが……)
問題は現在の酒井忠勝は3000石しか保持していないということである。徳川家を支えるにはいかにも小さい。
「どうしたらいいでしょうか?」
「そういうことを考えるのが、おまえの仕事だろう」
忠直は突き放したように言う。
「何か妙案でもあるのではないですか?」
「そんな妙案などあるわけもなかろう。おぬしが代わる者もいないと言うから、代わる者を考えてやっただけだ」
「……」
「そこから先まで面倒は見切れん」
「忠勝殿は、特に大きな手柄をあけたわけではないし、大幅な加増をなすのも不可能だ」
「それなら、別にそのままでもいいではないか」
「………?」
「お主、この前の戦いで我々はどうやって殿を務めることができたのだ?」
「それは……、越前様とそれがしが立花殿に采配を任せて……あっ」
直孝が声をあげた。忠直が「そうだろう」という顔をする。
「石高が足りぬのなら、それはお主らが支えればいいだけで、忠勝の頭だけを借りればよかろう」
「確かにそうです! 直ちに御台所様に伝えなければ」
「まあ、待て」
忠直がすぐに出て行こうとする直孝を止める。
「葬儀はおぬしが出た方がいい。何も今から呼び寄せることはあるまい」
「た、確かに……」
ここから酒井忠勝を呼び寄せるだけでも無駄な日数がかかる。そもそも、大大名ならともかく、酒井忠勝程度のために葬儀の日程を延ばすことも現実的ではない。
直孝は我に返ったと、同時に思った。
(越前様は、無茶苦茶ではあるのだが、やはり只者ではない……)
同時に思う。この男を何が何でも徳川宗家に縛り付けておかなければと。
慶長20年5月20日。
駿府城で、徳川家康・秀忠の葬儀が厳かに営まれた。
もっとも、各々、家康や秀忠からの恩顧に思いも馳せはするも、そのことだけに浸っている余裕はない。
この後開催される、徳川家の後継者は誰になるのかということを。
告別式が終わると、駿府城大広間で次期徳川家当主を決めるための会合が開かれた。
参加者は以下の通り。
徳川秀忠継室・お江与の方
徳川秀忠嫡男・竹千代
同次男・国松
徳川忠輝代理・伊達政宗
松平忠直代理・立花宗茂
お江与の方補佐・井伊直孝
徳川家康九男・徳川義直
徳川家康十男・徳川頼宣
徳川家康十一男・徳川頼房
このうち、家康の息子三人は後継者を主張することもできうる立場ではあるが、妻の実家志水家、正木家の家格という点で問題があり、実際には参加しているだけの存在といっても良かった。三人もそのことは理解しており、末席の方に座り発言しようという意思をほとんど見せない。
「それでは、これより会議を始めたいと思います」
伊達政宗が話を切り出す。
「去る7日、前将軍様が大坂で無念の切腹をなされたため、徳川家の新しい主を決めなければなりません。まず、それがしから申し上げさせていただきますと、このような戦乱の事態において不満を残すようなことはあってはならないと思います。不満のない方法はというと、父から子へ、子なき時は兄から弟へというのが自然な流れ。となりますと、前将軍様の嫡男である竹千代様が徳川家の当主となるのが自然かと思います」
政宗の言葉にお江与が「えっ」と声をあげた。てっきり忠輝を推してくると思っていたのであろう。
「それがしには異議はござらん」
井伊直孝が語る。
「同じく」
立花宗茂も頷いた。ただいるだけと言っていい三人も大きく頷く。
「それでは、次期徳川家当主は竹千代様ということで決まりました。御台所様、竹千代様を上座へ」
「はい」
お江与は彼女自身半信半疑という様子で竹千代を上座へ上がらせる。
政宗が正面に平伏した。それに倣って後ろに立花宗茂、井伊直孝も平伏する。家康の息子三人も不承不承という様子で前に進み出て、近い位置で平伏する。
「国松様、国松様も平伏なされませ」
「えっ…?」
井伊直孝の言葉に、国松は不服そうな顔をしたが、再度促されて、やむなく平伏する。
「大名一同を代表しまして、伊達政宗、竹千代様に忠誠を誓います!」
「同じく、立花宗茂、竹千代様に忠誠を誓います」
「同じく、井伊直孝、竹千代様に忠誠を誓います」
かくして、あっと言う間に後継が決まった。しばらくして、参加者は二列に並び向き合う形に座る。
「竹千代様の元服の儀については御台所様にお任せするとしまして、征夷大将軍位を得るためのことについても話をしたいと思います」
再び伊達政宗が切り出す。
「それがし、朝廷は以前ほど簡単には徳川家に将軍位を認めてくれないのではないかと見ています。豊臣方も邪魔してくるでしょうし、困難が予想されることでしょう。そこで、大和・紀伊などについては豊臣家に引き渡すことでまずは征夷大将軍位を固めたいと思いますが、いかがでございましょうか。もちろん、紀伊の浅野殿についてはしかるべき移転先を約束いたします」
「……それがしも伊達殿の意見に賛成です。今はまず、征夷大将軍位を確実に得るため、豊臣家に多少妥協することもやむをえません」
井伊直孝が続いた。お江与も頷く。彼女の立場からすると、息子竹千代の後継者としての地位が名実共に認められるにはどうしても征夷大将軍位が必要であり、賛同するしかない。
三人は全く意見を出さないので、残りは立花宗茂だけとなる。
「それがしも反対ではございませんが、豊臣方が近江と越前を要求してきた場合いかがなりますでしょうか?」
「むっ…。それは豊臣家が前田家との地理上の繋がりを要求するということか」
「はい」
「立花殿には良案があるか?」
「良案というものはありませぬが、豊臣との交渉には何人かを出して、強気なところを見せる必要があると思います」
「確かに……、では、その旨の連絡はそれがしと立花殿でやっていきたいと思うが、いかがでござろうか?」
「それがしも異議はありませんが、江戸でも状況を把握したいと思います。この連絡係に酒井忠勝を推したいのですが、よろしいでしょうか?」
井伊直孝がここぞとばかりに酒井忠勝の名前を出す。
伊達政宗と立花宗茂は共にけげんな顔をした。どちらも酒井忠勝のことが分からないことは明白であった。
「……良かろう。では、直接的にはそれがしと立花殿、江戸の連絡係は酒井殿ということで決まりだ」
おおまかな流れは決まった。
その後、細かいやりとりなどを決めたが、さすがに所領の移動などはこの時点では決められず、後日に持ち越しとなった。
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