戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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戦国筑後川合戦

和睦④

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 前回の会談から十日後、真田幸村と松平信綱は大矢野に再度向かい、益田好次に条件を提示した。

 好次は茫然とした様子で聞いていたが、話が終わると。

「本当にそこまで認めていただけるのか?」

 信じられないといった様子で尋ねる。幸村が頷いた。

「ただ、これは切支丹に譲歩したというわけでもない。あくまで徳川の統治方針であるということだ。それにお前達切支丹にとっては、今後、別宗派の切支丹が認められるかもしれない関係上、安穏としていると、逆に大変なことになるかもしれん」

「…その条件が真であるというのなら、島原の面々にも掛け合ってみる」

「そうしてもらえると有難い。首尾よく行けば佐賀の鍋島殿に伝えてもらえれば、そちらに向かう。我々は当面柳河におる予定なのでな」

「承知いたした」

 二人は好次と別れた。

「これで一旦、何とかなりそうだな」

「とはいえ、やらなければならないことはまだまだありますよ」

 信綱が苦笑し、幸村も「左様であるな」と頷いた。



 事実、柳河の松平忠直や立花宗茂は大忙しであった。

 この間、柳河が動いていたのは以下のような事である。

 一、対馬の宗家に対する指示。二、鍋島家に対する肥前領有の承認と統治方針の指示。三、島津家との和睦の確認。四、日向の秋月、有馬、伊東家に対する復帰とその承認。五、以上の事を筑前、豊後、豊前の諸大名に通知し了承を得ること。

 特に苦労を擁すると思われたのが、五である。統治の便宜から島津家に肥後、鍋島家に肥前を認めてしまったのに対して、ほぼ同じ労力を費やしている黒田家や細川家には沙汰がない。予定はあると言っても実現されるまでは空約束に過ぎない。

 そこで黒田家から栗山利安、細川家から細川忠利を呼び寄せて、代わりの条件を提示する。

「新しい領地が確保されるまでの間は、私交易に関しても認めるものとする。不満があることは承知しているが、現状、どうしようもないということがあるのでどうしても理解していただきたい」

 私交易をひとまず公認し、金銭という点で便宜を図ることにしたのである。ただ、これについては信綱の「何か所かに認めさせて競争させたい」という意図もあるので、完全な妥協というわけでもない。

「…分かりました」

 忠興の三男、細川忠利はすんなりと了承する。

「細川家が望んでおりますのは、まずはお家の安泰でございます。領地は二の次でございますれば、ご安心いただきたく」

 忠利が先に完全に飲んでしまったので、栗山利安も承知した。多少、紆余曲折があると予想していた忠直・宗茂にしてみれば意外な展開でもある。

 もっとも、そこに裏があるということが、会談後判明する。

 忠利が会談後に、別の話をしたいと要請してきたのである。

「何であろう?」

 忠直が宗茂に尋ねるが、宗茂も予想がつかないらしく首を傾げるだけであった。


 別の広間で、三人が向かい合う。

「もう一つ、それがしの個人的なこととして確認してもらいたいことがございます」

 忠利が切り出した。

「我が兄のことでございます」

 なるほどと忠直は内心で頷いた。

 忠利には現在二人の兄がいる。嫡男であった忠隆は10年前に忠興と対立して勘当されており、これはおそらく問題はない。一方、二番目の兄である興秋は忠興と意見の対立から勘当しているうえ、先の戦いでは大坂方について戦っていた。

(忠利からしてみると、興秋が豊臣の庇護を受けて何かをしてくる可能性があるからのう)

 今のところ秀頼からはそのような話は受けていない。ひょっとすると、興秋にはそのつもりはない可能性もある。とはいえ、忠利に今のうちに自分の地位を確定させておきたいという意向があっても不思議はない。

 これといった保証もなく、家の立場を庇護することで恩義が売れるとなると、忠直にとっては渡りに船である。

「そなたは徳川の姻戚でもあるし、豊臣家から何か言ってきたとしても何も心配することはない」

「あ、いえ、そのようなことではなく…」

「うん?」

「こう申しては何なのですが、父はその…家のことに関して思い通りにならないと逆鱗に触れるがごとく怒るといいますか…、そもそも、長男であった忠隆が廃嫡されたのも関ケ原の際に、我が母が言いつけを守って死んだにも関わらず、兄の正室は逃げたことに関する怒りからによるものでございますし、兄興秋についても自分の言うことを聞かずに動いており、しかも今回大坂方が勝ったことも非常に腹を立てております。下手すると暗殺者でも差し向けかねず…、さすがに兄弟として、そのようなことを座視してみるわけにもいかないという事情がありまして…」

 細川忠興の正室はガラシャの名前でも知られる明智玉子である。忠興は関ヶ原の戦いの際に、石田三成の人質にならないよう、何かあったら自害するようにとの指示を出していた。玉子はそれに従ったのであるが、忠隆の正室であった千世は実家の前田家に逃げてしまったため、忠興は「そのような妻とは離縁せよ」と忠隆に迫り、忠隆がこれに反発、廃嫡に至ったという事情がある。その後、徳川家の女を妻にする話があったこともあり、忠利が後継者となることが決まったが、母が同じ興秋にはこれが面白くなく、そのまま出奔してしまったのであった。

「細川殿は自分の息子を暗殺しようとしていると?」

「はい。父の性格なら、やりかねないことでございまして…。それがしはもちろん当主の座は継ぎたいとは思っておりますが、亡き母のことも考えますと、父が子を殺すというようなことは何としても避けてもらいたいと…」

「…なるほど。細川殿のことはよく知らなんだが、そのようなことがあったとは…。とすれば、四国の豊臣殿に伝えて、何とかしてもらうか。目立つ立場にしてもらえれば細川殿も動けなくなると思うが、ただ、豊臣殿がそれを引き受けるかどうかは何とも言えぬ…」

「できましたら、母の菩提寺の管理を兄に任せるようにしてもらえると、父も手出しができなくなると思うのですが…」

「おお、なるほど。確かに子を妻の寺で殺したとなると、永遠に恨まれるかもしれぬのう」

「父上の家の者に対する考え方は、子のそれがしが言うのも何ですが、ちと、変わっておりますゆえ」

「家への思いも色々あるのう。相分かった。要請を書状にしてもらえれば、わしが連名したうえで豊臣家に送るようにする」

「ありがとうございます」

 同日のうちに、柳河から四国へ向けての密使が出発した。



 肥前・天草では、益田好次が蘆塚忠右衛門らに対して徳川家から出された条件について説明をしていた。

「本当に対馬では認められるのだろうか?」

「長崎の一部と、対馬で切支丹の別宗派を受け入れるようなことを申しておった」

「ふうむ…」

「天草の農民に対しては、島津家久が穏当な措置を下すことにしたゆえ、正直一揆軍はかなりが離脱する者と思う。肥前についても、鍋島家が同じようにする見込みが高いということだ」

「生活が保障されるのならば、わざわざ一揆はせぬからのう」

 森宗意軒がお手上げとばかりにひっくり返った。

「徳川も随分やり方を変えてきたものじゃ」

「とにかく、対馬でなら保証される。対馬は朝鮮との交易もしておるから」

「余程のことがない限り、対馬での行為は黙認される。我々の顔も立つということか」

 大きな溜息が誰からとなく漏れる。

「条件が履行されることが前提ではあるが、解散ということになるかのう…」

「当面は島原で様子を見て、いつでも結集できるようにはしておく。条件が履行されたことを確認したうえで対馬へ向かう。ということだな」

 宗意軒と忠右衛門の間で話がまとまったが、好次は無言である。

「どうした? お主が持ってきた話なのに、まだお主の決断はついておらぬのか?」

「うむ。わしは…、真田幸村についていってみようかと思っている」

「真田に?」

「今の真田の立場は浪人であるゆえ、わしらと大差がない。日ノ本を変えそこねた男としては、日ノ本を変えた男と何が違うのか見てみたいということがあるでのう」

「なるほど。わしもせっかく明や南蛮で兵法百家を学んだゆえ、戦場で奮ってみたいということはあるのう」

「おいおい、宗意軒。おまえまで行くのか?」

「忠右衛門よ。お主は来なくてよいぞ。管理役として対馬で頑張ってくれ」

 宗意軒の言葉に、忠右衛門が憮然となる。

「全く、戦馬鹿は困ったものよ…」


 翌月。鍋島家から島津家と同じような沙汰が出たこともあり、一揆軍に参加していた大半は帰農した。また、対馬の宗家も了承したことで切支丹の問題も暫定的には解決した。

 九州の半分以上を巻き込んだ動乱は慶長20年のうちに解決されたのである
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