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慶長二十一年
山形接収②
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4月も10日を過ぎ、山形から庄内にかけて上杉家が接収を続けていた。
当初、山形への進軍では不慮の攻撃を受け被害を受けたものの、それ以降は真田幸村の「忍者集団が一撃離脱を仕掛けてくるようなもの」という喩えを受けて進軍は順調に進んだ。近年、大坂の陣以外に戦を経験していないとはいえ、上杉家の兵士達は方針さえ決まればきっちり動けるだけの経験と力を有していた。
庄内の鶴ヶ岡城も接収したという報告を受けて、真田幸村は「一旦は大丈夫そうだ」と安心した。
しかし、上杉景勝・直江兼続の主従は安心していない。
「相手の数の問題か、警戒していれば大丈夫だということは分かったが、今後、領民達が狙撃されるかもしれないと思うと…」
幸村は直感的に「それは大丈夫なのではないか」と思ったが、あくまで直感であり裏付ける何もない。まず、相手が何者かが分からない。状況からすると最上家の者と考えるのが自然であるが、最上の侍大将はほぼ全ての城であっさりと降伏してきている。更に相手の移動が整然としすぎていることも幸村には解せなかった。
(最上は家中で騒乱していたということ。あれだけ山中を整然と動ける軍を鍛えていたのであれば、もっと最上家の争いが陰惨なものになっていたはずだ…)
相手が何者かが分からない以上、その目的も分からないのでいつ何時攻撃を受けるか分からない。
ともあれ、接収は無事に終わっており、酒井忠勝と酒井家次の二人も任地へと赴任している。幸村としては何時頃江戸に戻るべきかと帰る頃合いを測りながら、山形を歩いていた。
(む…?)
幸村は前方の一点に視線を止めた。
歳は30くらいであろうか、堂々とした体躯の男がまっすぐ向かってきている。
只者ではない、と幸村は思った。しかし、上杉軍で見た顔ではない。
接収から10日が経ち、山形は平穏さを取り戻しており、通りを歩く人も多い。今も数人の町人が歩いている。
幸村は自然と刀に意識を向けた。
相手が気づいたか声をかけてくる。
「今はやめにいたしましょう」
「……」
幸村は姿勢を戻した。
「少し話がしたいのですが、いかがでしょうか?」
男の態度は思いのほか下手である。
(駿州の男か?)
男の話し方から、幸村はそう感じた。
視線を動かすと、少し歩いたところに茶屋がある。「あの茶屋でどうだ?」とばかりに指さすと、男は少し思案して。
「時分でもありますし、あちらの方でどうでしょうか?」
男が指さしたのは料亭であった。
「…良かろう」
幸村も了承して、中に入った。
「こちらは行ける口ですかな?」
「多少であれば…」
「では、酒の徳利を五本ほど。あとはお任せいたします」
部屋に案内した女中に、男が話し、幸村に上座を勧めた。
「…貴殿に上座を勧められる理由はないのだが?」
「貴殿は真田左衛門佐殿でござましょう?」
「いかにもそうであるが」
「ならば大名格。それがしはこちらでは駕籠かきに過ぎませぬ。当然、真田殿が上座に行くべきでありましょう」
「駕籠かき?」
幸村は男のことが分からないが、ここで上座をめぐって延々と話をしていても仕方ないので、勧められた通りに座ることにした。
「…察しはついているかと思いますが、先日、上杉軍を襲撃したのはそれがしとその手の者でございます」
「…随分と訓練されているようだが、どこの者だ?」
「どこの者だと思われますか?」
「貴殿の話ぶりを聞いている限り、駿州か相州の者のように聞こえる。相州であれば、かつては北条氏の忍びであった風魔衆がいたが、貴殿はそこの出自にしては若いように見えるからのう」
「ハハハ。なるほど、忍びでございますか」
「違うのかな?」
「残念ながら。我々は日ノ本では働いておりませぬ」
「……」
幸村は少し前の信綱との話を思い出した。
「…なるほど。関ケ原の後、外国に戦を求めて出た浪人か」
幸村の回答に、男は驚く。
「これは驚きましたな。ただ、私に関しては正解ではありませぬ」
「確かに貴殿の年齢であれば、関ケ原で初陣をしているか、していないかというくらいであるからのう。戦を求めるほどの年齢ではないか」
「はい。真田様の見立ては正しく、それがしは駿州の生まれでございます。若い頃は大久保様の駕籠かきをしておりました」
「…ということは、新しいものを夢見て海外に出たということか」
「左様でございます。5年ほど前にシャムに渡りまして、アユタヤの日本人町で戦っておりました」
「シャム…」
「シャムは非常に森の多いところでございましてな。ここ日ノ本とは比べようもないほど暑いのですが、山や森の移動はお手の者でございます」
「それは非常に厄介だ。狙いは何だ?」
「試してみたいのでございますよ」
「試して、みたい?」
「はい。日ノ本を出て行った我々と、日ノ本に残った武士と、どれほどの差があるのかということを」
「しかし、山影から撃っては逃げということを繰り返されると、こちらの勝ち目はないが、それでこちらとそちらのどちらが強いかは分かるのか?」
「はい。さすがに今回は正規の戦はできず、まともな形で兵を展開できませんでした。ゆえに挨拶代わりにこのような形になったということでございます。挨拶は終わりましたので、今後山形では動くつもりはございません」
「ふむ。別の場所で、いずれ決着をつけたいということか?」
「左様でございます。ただ、我々も自分の考えだけで動けるわけではないので、望むような形になるかどうかは分かりませんが」
「…そういえば、貴殿の名前を聞いていなかったな」
「山田長政と申します。世間では山田仁左衛門で通しております」
「覚えておこう」
「光栄にございます」
長政が運ばれてきた徳利を勧める。幸村も受ける。
「シャムの…アユタヤと申したか。どういうところなのだ?」
「日本人町についてはあまり変わるところはございませぬ。また、日本人町にいる限り、中々外には出ませんが、上の方の者は城に頻繁に呼び出されております。シャムでは日ノ本で言うなら帝でございましょうか。そちらが強い立場を有しております」
「山田殿は城にはいかぬのか?」
「この通りの若造でございますゆえ。日本人町と戦場を行き来するのがほとんどです。暑い寒いの違いこそあれ、日ノ本の武士と変わりませんよ」
「日ノ本の武士は長らく戦いをしておらぬという点では、シャムの武士より弱いかもしれん」
「…実はそれがしも真田様と同じことを思っておりましたが、上杉軍の動きを見る限りさすがのものでございました。戦場での差は小さいものでしょう」
「その些細なことが勝敗を分ける」
「はい」
長政は否定しない。
「それがしは別にして、日ノ本をやむなく出て行った者もおります。そうした者は、期するところもございましょう」
「ふむ…」
「戦えぬ以上、武士とは申せません。もし、太平の世が来て、武士が単なる形だけのものとなった場合、それが15年ではなく、30年、50年と続いた場合、そのような武士に価値がございましょうか?」
「ならばどうせよと申すのだ?」
「外で戦うのでございます」
「それでは太閤様の派兵と同じにならないか?」
「太閤様の派兵は、相手のことを知らなさ過ぎました。しかし、それもありまして、今や明は衰退しきっておりまして、東北部から攻撃を受けております。それが朝鮮にも影響を及ぼすかもしれません。我がアユタヤがある地域を見ますれば、イスパニア、ポルトガルとオランダの勢力が戦っております。オランダは面白いですぞ。武士と商人を一緒にしたような奴らですからな。これらは日ノ本の外の出来事ではございません。いずれは繋がる出来事でございます」
「そのために戦う準備をせよということか?」
「戦うにしても、戦わないにしても、相手のことを知ることが大切でございます。そして外に戦いがある以上、武士は日ノ本が太平になったのであれば外で戦うことがあるべき姿と思います」
「それも覚えておこう」
「有難うございます。ああ、ちょうど酒もなくなりましたな」
「良き肴だった」
「ありがとうございます。それでは、出ましょうか」
長政に伴われる形で、幸村も外に出た。
「それでは、また、どこかでお会いできれば」
「わしはお主らのような物騒な集団とはなるべく会いたくないのう」
幸村は苦笑しながら握手をし、別れる。
「シャムの侍達か…、今の話を立花殿にしたら、どういう反応を示したかのう」
幸村は改めて一刻も早く江戸に戻ろうと思うのであった。
当初、山形への進軍では不慮の攻撃を受け被害を受けたものの、それ以降は真田幸村の「忍者集団が一撃離脱を仕掛けてくるようなもの」という喩えを受けて進軍は順調に進んだ。近年、大坂の陣以外に戦を経験していないとはいえ、上杉家の兵士達は方針さえ決まればきっちり動けるだけの経験と力を有していた。
庄内の鶴ヶ岡城も接収したという報告を受けて、真田幸村は「一旦は大丈夫そうだ」と安心した。
しかし、上杉景勝・直江兼続の主従は安心していない。
「相手の数の問題か、警戒していれば大丈夫だということは分かったが、今後、領民達が狙撃されるかもしれないと思うと…」
幸村は直感的に「それは大丈夫なのではないか」と思ったが、あくまで直感であり裏付ける何もない。まず、相手が何者かが分からない。状況からすると最上家の者と考えるのが自然であるが、最上の侍大将はほぼ全ての城であっさりと降伏してきている。更に相手の移動が整然としすぎていることも幸村には解せなかった。
(最上は家中で騒乱していたということ。あれだけ山中を整然と動ける軍を鍛えていたのであれば、もっと最上家の争いが陰惨なものになっていたはずだ…)
相手が何者かが分からない以上、その目的も分からないのでいつ何時攻撃を受けるか分からない。
ともあれ、接収は無事に終わっており、酒井忠勝と酒井家次の二人も任地へと赴任している。幸村としては何時頃江戸に戻るべきかと帰る頃合いを測りながら、山形を歩いていた。
(む…?)
幸村は前方の一点に視線を止めた。
歳は30くらいであろうか、堂々とした体躯の男がまっすぐ向かってきている。
只者ではない、と幸村は思った。しかし、上杉軍で見た顔ではない。
接収から10日が経ち、山形は平穏さを取り戻しており、通りを歩く人も多い。今も数人の町人が歩いている。
幸村は自然と刀に意識を向けた。
相手が気づいたか声をかけてくる。
「今はやめにいたしましょう」
「……」
幸村は姿勢を戻した。
「少し話がしたいのですが、いかがでしょうか?」
男の態度は思いのほか下手である。
(駿州の男か?)
男の話し方から、幸村はそう感じた。
視線を動かすと、少し歩いたところに茶屋がある。「あの茶屋でどうだ?」とばかりに指さすと、男は少し思案して。
「時分でもありますし、あちらの方でどうでしょうか?」
男が指さしたのは料亭であった。
「…良かろう」
幸村も了承して、中に入った。
「こちらは行ける口ですかな?」
「多少であれば…」
「では、酒の徳利を五本ほど。あとはお任せいたします」
部屋に案内した女中に、男が話し、幸村に上座を勧めた。
「…貴殿に上座を勧められる理由はないのだが?」
「貴殿は真田左衛門佐殿でござましょう?」
「いかにもそうであるが」
「ならば大名格。それがしはこちらでは駕籠かきに過ぎませぬ。当然、真田殿が上座に行くべきでありましょう」
「駕籠かき?」
幸村は男のことが分からないが、ここで上座をめぐって延々と話をしていても仕方ないので、勧められた通りに座ることにした。
「…察しはついているかと思いますが、先日、上杉軍を襲撃したのはそれがしとその手の者でございます」
「…随分と訓練されているようだが、どこの者だ?」
「どこの者だと思われますか?」
「貴殿の話ぶりを聞いている限り、駿州か相州の者のように聞こえる。相州であれば、かつては北条氏の忍びであった風魔衆がいたが、貴殿はそこの出自にしては若いように見えるからのう」
「ハハハ。なるほど、忍びでございますか」
「違うのかな?」
「残念ながら。我々は日ノ本では働いておりませぬ」
「……」
幸村は少し前の信綱との話を思い出した。
「…なるほど。関ケ原の後、外国に戦を求めて出た浪人か」
幸村の回答に、男は驚く。
「これは驚きましたな。ただ、私に関しては正解ではありませぬ」
「確かに貴殿の年齢であれば、関ケ原で初陣をしているか、していないかというくらいであるからのう。戦を求めるほどの年齢ではないか」
「はい。真田様の見立ては正しく、それがしは駿州の生まれでございます。若い頃は大久保様の駕籠かきをしておりました」
「…ということは、新しいものを夢見て海外に出たということか」
「左様でございます。5年ほど前にシャムに渡りまして、アユタヤの日本人町で戦っておりました」
「シャム…」
「シャムは非常に森の多いところでございましてな。ここ日ノ本とは比べようもないほど暑いのですが、山や森の移動はお手の者でございます」
「それは非常に厄介だ。狙いは何だ?」
「試してみたいのでございますよ」
「試して、みたい?」
「はい。日ノ本を出て行った我々と、日ノ本に残った武士と、どれほどの差があるのかということを」
「しかし、山影から撃っては逃げということを繰り返されると、こちらの勝ち目はないが、それでこちらとそちらのどちらが強いかは分かるのか?」
「はい。さすがに今回は正規の戦はできず、まともな形で兵を展開できませんでした。ゆえに挨拶代わりにこのような形になったということでございます。挨拶は終わりましたので、今後山形では動くつもりはございません」
「ふむ。別の場所で、いずれ決着をつけたいということか?」
「左様でございます。ただ、我々も自分の考えだけで動けるわけではないので、望むような形になるかどうかは分かりませんが」
「…そういえば、貴殿の名前を聞いていなかったな」
「山田長政と申します。世間では山田仁左衛門で通しております」
「覚えておこう」
「光栄にございます」
長政が運ばれてきた徳利を勧める。幸村も受ける。
「シャムの…アユタヤと申したか。どういうところなのだ?」
「日本人町についてはあまり変わるところはございませぬ。また、日本人町にいる限り、中々外には出ませんが、上の方の者は城に頻繁に呼び出されております。シャムでは日ノ本で言うなら帝でございましょうか。そちらが強い立場を有しております」
「山田殿は城にはいかぬのか?」
「この通りの若造でございますゆえ。日本人町と戦場を行き来するのがほとんどです。暑い寒いの違いこそあれ、日ノ本の武士と変わりませんよ」
「日ノ本の武士は長らく戦いをしておらぬという点では、シャムの武士より弱いかもしれん」
「…実はそれがしも真田様と同じことを思っておりましたが、上杉軍の動きを見る限りさすがのものでございました。戦場での差は小さいものでしょう」
「その些細なことが勝敗を分ける」
「はい」
長政は否定しない。
「それがしは別にして、日ノ本をやむなく出て行った者もおります。そうした者は、期するところもございましょう」
「ふむ…」
「戦えぬ以上、武士とは申せません。もし、太平の世が来て、武士が単なる形だけのものとなった場合、それが15年ではなく、30年、50年と続いた場合、そのような武士に価値がございましょうか?」
「ならばどうせよと申すのだ?」
「外で戦うのでございます」
「それでは太閤様の派兵と同じにならないか?」
「太閤様の派兵は、相手のことを知らなさ過ぎました。しかし、それもありまして、今や明は衰退しきっておりまして、東北部から攻撃を受けております。それが朝鮮にも影響を及ぼすかもしれません。我がアユタヤがある地域を見ますれば、イスパニア、ポルトガルとオランダの勢力が戦っております。オランダは面白いですぞ。武士と商人を一緒にしたような奴らですからな。これらは日ノ本の外の出来事ではございません。いずれは繋がる出来事でございます」
「そのために戦う準備をせよということか?」
「戦うにしても、戦わないにしても、相手のことを知ることが大切でございます。そして外に戦いがある以上、武士は日ノ本が太平になったのであれば外で戦うことがあるべき姿と思います」
「それも覚えておこう」
「有難うございます。ああ、ちょうど酒もなくなりましたな」
「良き肴だった」
「ありがとうございます。それでは、出ましょうか」
長政に伴われる形で、幸村も外に出た。
「それでは、また、どこかでお会いできれば」
「わしはお主らのような物騒な集団とはなるべく会いたくないのう」
幸村は苦笑しながら握手をし、別れる。
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