戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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徳川対毛利

竹野川②

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 次の日、徳川義直がまたも鷹狩に出ようとしていたところに、藤堂高虎が顔を出した。

「尾張様、いくら何でも鷹狩が過ぎませんか?」

 高虎はのんびりしているようであるが、いつ出かけていったかはきちんと覚えている。その記憶によれば、この五日のうち、四日も鷹狩に出ていた。総大将がこれだけ頻繁に場を離れているのはまずい。

 徳川義直は頷いて、一度その場に腰を下ろす。

「これは遊んでいるというわけではないのだ。わしが出来ることなど限られておるし、大将が余裕を見せた行動をしている方が兵も安心するのではと思って、な」

 義直は相手軍を指さす。

「わしには相手をどうこう倒すなどといったことはできぬ。ただ、相手も戦意がなさそうだというのは分かるし、お主達がしっかり把握しているのなら、わしが遊んでいた方が却ってよいのではないかと思うが、違うか?」

「いえ、まあ…。そういうことなら構わないと思いますが」

 真面目に返事をされると思っていなかったので、高虎も反論ができなくなった。そもそも、高虎自身、この戦線はただ維持するだけのものと思っているから、余程のことがない限り遊んでいても構わないという考えにはなっている。

「確かに尾張様が遊んでいることで、相手も油断するかもしれませんし…」

「そうであろう? 本当は思い切った戦いもしてみたいのであるが、わしがそんなことを言い出しては、かえって良くないであろう」

「そうですな…」

「できれば、誰か総大将にふさわしいものを派遣してくれぬかのう。わしも、戦の何たるかを勉強して、堂々と大軍を指揮してみたいものよ…」

「……」

 その日はそのようなやりとりで終わったが、夕方に早馬が来て、立花宗茂が向かっているという情報が伝わった。

「ほほう。ということは、伊達殿と井伊殿は本格的に一戦せよということを期待しているわけですな」

 藤堂高虎の口の端が吊り上がる。「これは面白くなった」。そう言わんばかりの顔をしている。もちろん、徳川義直も俄然前のめりになっていた。



 もっとも、井伊直孝と徳川家の老中連にとっては、この戦いはどうしても手柄を立ててほしい戦いであった。

 総大将の徳川義直と、副将の藤堂高虎についてはともかくとして、他についてきているのは榊原家、本多家、安藤家、内藤家など徳川譜代の軍である。夏の陣で譜代大名、特に四天王の家が不甲斐ない戦いをしてしまったことがあっただけに譜代大名の威信を取り戻してほしいという思いもあった。そこで最上家の裁定に目途が立った段階で、立花宗茂を再度西へと向かわせたのである。

 当然、彼らにとっては「失地挽回」への意欲は高い。その筆頭ともいえるのが安藤直次であった。


 安藤直次は榊原忠次の代理として指揮をとっていた。

 榊原家は先の大坂での戦いで戦勝死した榊原康勝の養子である。康勝は子をもたないまま不慮の死を遂げてしまったので、本来ならお家断絶となるところ、「四天王の榊原家をお家断絶させるわけにはいかない」という声が多数あがった。そのため、別の家に入っていた親族の忠次が迎え入れられたのである。ただ、忠次はまだ12歳であるため、徳川頼宣の家老を務めていた安藤直次が後見役を務めることになった。

「是非とも榊原家の指揮をとらせてほしい」

 関東からの出兵となった際、直次は井伊直孝に直談判をして榊原家の指揮をとることを希望した。

「安藤殿は常陸介様(徳川頼宣)の輔弼がありましょう」

 井伊直孝は当初断った。既に徳川頼宣が今回の戦いに参陣したいと強く主張してきたのであるが、「尾張様が西に行かれるなら、常陸様は東で江戸を守るのが筋でありましょう」と何とか言い含めていたという事情もあった。頼宣は本国に待機なのに家老は西に行っていいなどとなっては、頼宣が怒ることは必至である。

「もちろん、そのことは理解しております。しかし、私は先の戦いで息子(嫡男の重能)を失いました。相手は違いますが、弔い合戦として赴きたいのでございます」

「うーむ…」

 このように言われては井伊直孝も反論できない。また、今回榊原家と本多家は汚名返上のため参加させることが決まっている。安藤直次は榊原家の後見役でもあるため、行かせないと都合が悪い。

(人事というのは本当に難儀なものよ)

 直孝は結局根負けして、安藤直次の西行を認めることになった。この後、裁定に激怒した徳川頼宣が江戸までやってきて、井伊直孝に文句を言うことになったが、それはまた別の話である。


 立花宗茂が来ると分かり、安藤直次は先陣を希望した。

「榊原家はどの戦場でも徳川方の先陣を務めていた」

 というのがその理由である。

「それは構わぬが…」

 徳川義直、藤堂高虎の二人としても要請を断ることはできない。実際、引き連れてきている兵も榊原家は四千と徳川義直、藤堂高虎に次ぐ人数である。

「何かご不満がありますか? 私が先陣では不足だとでも?」

 藤堂高虎の表情を見た安藤直次が尋ねる。

「いや、不満はありません」

 藤堂高虎が答えたが、その表情には若干のためらいのようなものはある。

「それでは、榊原隊が先陣でよろしゅうござるな?」

「はい」

「ありがとうございます。それではこれにて」

 安藤直次が去っていくと、徳川義直が高虎に尋ねた。

「どうした? 言いたいことがあるが、言えないというような雰囲気に見えるが」

「ハハハ…。尾張様にはお見通しでありましたか」

「今の高虎の顔を見れば、誰であっても気づくわ。榊原家は徳川家の主将の一人であるし、安藤直次は経験も豊富だと聞いている。先陣に不足はないのではないか?」

「安藤殿の先陣には問題はありません。ただ、それがしが聞いている安藤殿という人物は軽々しく先陣になりたいというような人物ではなかったのです。もっと慎重で、徳川の重石というような人物と思っていたのですが…」

「ただ、大坂で息子を失ったのであろう。その無念があるのではないか?」

「それについても、それがしが聞くところによると安藤殿は表向きには息子に対して辛く当たったといいます。『役に立たぬまま戦死した息子は犬の餌にでもしてしまえ』というごとく。戦いが終わった後、嘆き悲しんでいたということで、そのような人が軽々しく先陣になりたいものかと」

「ふむ…、だが、安藤直次が先陣であると不都合があるのか?」

「それはありません」

「ならば、別によいのではないか?」

「そうなのですが…」

「はっきりせぬのう。わしも自分の立場は心得ておる。直次に言えないことであれば勝手に申すことはせぬゆえ、気になっていることがあれば教えてほしい」

 義直は苛立ったような顔を高虎に向ける。

「いえ、ただ、何やら不安があるとしか申すことができません。漠然とした不安とでも申しましょうか…。ひょっとしたら、立花殿なら分かるかもしれませんが」

「うむぅ、それでは話にならぬではないか。何か不安であるからやめよう、などと言われるとわしなら下手すると刀を抜くかもしれぬぞ」

「仰せの通りでございます。それがしも、自分にもどかしいところがございます」

「しかとした理由がない以上、わしには何もできぬ。ただまあ、立花宗茂が着いたなら一応確認はしてみよう」

 徳川義直の提案に、高虎は「お願いします」と頭を下げた。

「正直、それがしもこのようなことはあまりないのですが、今回、何故か気になるのでございます」
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