戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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徳川対毛利

百万両

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 翌朝。

 小倉城に、松平忠直の姿があった。

 いそいそと出迎えるのは、細川忠興。

「要請があれば、それがしの方から福岡に出向きましたものを」

「いやいや、福岡だと話しにくいことであるからのう」

「ほほう」

「色々と聞きたいことがあってのう、学芸にも通じている細川殿に教えを請いたいと思うてな」

「それは正しい選択でございます。こう申しては何ですが、学芸などに関しては鍋島殿に聞くよりはそれがしに聞くべきかと」

 二人は広間に入り、ほぼ一刻ほどに渡って話し合いをしていた。



 話が終わり、二人が部屋から出た。

「…参考になりましたかな?」

「うむ。色々とためになった」

「そうでしたか。それがしと話をしたことで良い方向に向かえばよろしいのですが」

「向かう」

 忠直が力強く言った。

「ひょっとしたら、あと一年程度でこの状況は終わるかもしれぬ」

「ほう」

「とにかく、色々と教えてもらいかたじけなかった」

 忠直はそう言って、足早に厩舎へと向かう。馬にまたがり、一人駆けて行った。



 夕方の福岡城。

 信綱は引き続き思案していた。まだ決心はついていない。

(とにかく毛利さえ資金を得て倒してしまえば、前田と上総介には何もできない…。そのためには謀反と言われても、やはり強行すべきなのでは…。いやしかし、仮に露見すれば父上らまで腹を切らされることになりかねない…)

「おお、信綱。ここにいたか」

 と、そこに背後から声をかけられる。慌てて振り向いた先には忠直がニヤッと笑っていた。

「どうした? 心ここにあらずという感じであったが」

「そ、そうですか? 越前様はどうしてここに?」

「どうしてって、お主を探していたに決まっておろう」

「私を?」

「うむ。昨日の話をまだ考えているのだろう」

「…まあ」

「なら、今から話をしようではないか」

「えっ、今からですか?」

「そうだ。とにかく部屋に来い」

 忠直は強引に信綱を自分の部屋へと入れる。

「わし自身としては、昨日の話で終わるつもりであった」

「……」

「ただ、去り際のおぬしと黒田殿の様子を見ていると、『これをみすみす逃すなんてもったいない』と言わんばかりの様子であったからのう。そこで、今朝方、小倉に行き、細川忠興に色々と聞いてきた」

「細川殿に?」

「うむ。まず、金貨三〇万両などと簡単に言うが、内藤如安はそれだけの金をどこから取り出すつもりなのだ?」

「内藤はマニラにおりますし、イスパニアでしょう」

「内藤がそこまでの大金を引き出す伝手をイスパニアにもっているのかという疑問もあるが、ひとまずそれは置いておこう。その金はどこからくる?」

「マニラからでは?」

「そこを細川殿に聞いてみたのだが、細川殿が言うにはメキシコというところから来るということであった。銀はポトシ?というところやアカプルコで沢山作られているということであったからのう」

「ああ、確かにそういう話は聞きましたね」

「ということは、だ。船は東から来る、ということは九州にいるわしらより江戸にいる連中の方が受け取りやすいということになる。考えてみれば、伊達政宗も東の方から、イスパニアへと向かっていたというし」

 信綱が「あっ」と声をあげた。

「更に言うなら、三〇万両は一度に運んでくるのか、回数を分けるのか。三〇万両などという金を運んでいては、もし、海賊などに遭ったらどうするのだ?」

「つまり、越前様は内藤如安の言うことは嘘であると…?」

「完全に嘘であるかどうかは分からぬが、隠していると思しきことが多いのは間違いない」

「…うーむ」

 信綱は頭を抱えた。三〇万両という数字に思わず飛びつきそうになった自分が情けないという思いを抱いた。

「ということは、内藤とは話になりませんね」

「いやあ、そういうこともないとは思う」

「…?」

「わしは昨日の段階ではない話だと思った。しかし、今朝、細川忠興に聞きに行った時には内藤の話に乗ってみるのも悪くないと思うようになった」

「…どういうことですか?」

「内藤に伝えよ。明日の巳の刻に話をしようと」

「わ、分かりました」

 忠直の意図が分からないが、信綱は承諾し、内藤如安に伝えに行く。

 如安も一も二もなく了承した。



 翌日の巳の刻。

 福岡城内の屋敷で、今回は松平忠直と内藤如安が向き合う。相手には益田好次、忠直には信綱と黒田長政がついている。

「過日、伊豆守と筑前守から聞いたが、そなた達の国は三〇万を徳川家に用意する準備があるとか?」

 忠直が切り出すと、如安がにこりと笑う。

「はい。その通りでございます」

「うーむ…」

 忠直は腕組みをして、いかめしい表情を見せた。

「内藤殿、そこまでの誠意を見せてくれたから、わしも正直に言うのだからのう。徳川の内実はそなたが見るより苦しいのじゃ。何せここ九州でも島津が暴れて、一揆があったりして領地も荒れてしまった。何とか抑えることはできたが、一揆対策もあるから年貢も満足に徴収できぬし。東北でも一悶着あったし、加賀の前田対策にも軍費が出ておる」 

「確かに、大変な状態ではございます」

「三〇万では足りぬ。一〇〇万くらいないと、どうにもならない」

「一〇〇万!?」

 内藤如安がひっくり返りそうになった。

「うむ。一〇〇万じゃ。一〇〇万あれば毛利と前田をねじ伏せられる。そうすれば、そなたの条件も飲めるのだがのう。三〇万だと、どうにも中途半端なのじゃ…」

「一〇〇万でございますか…」

 如安がうつむいた。益田好次が心配そうに見ている。

「だが、それだけの量はさすがに無理だろうからのう。ただ、わしも、三〇万を準備させておいて、内藤殿の期待に応えられなかったと後から言いたくはないのじゃ。分かってもらえるか?」

「……」

「すまぬのう。わしらも今やこういう状態なのじゃ…」

「まことに、一〇〇万あれば、できるのでございますか?」

「うむ。一〇〇万あれば、間違いない」

「……」

 また、内藤如安は考え込む。

 信綱はその様子を見ながら、思わず忠直を見る。

(そこまで徳川の内実は苦しかったのか…?)

 滅多に見せない重い表情に、知らず計算を始めるが、どうにもそこまで酷いものとは思えない。

 如安が長い溜息をついた。

「分かりました。本国に掛け合ってみます」

「真か?」

「三〇万が一〇〇万になりさえすれば、叶うのであれば、私としても打診してみて、そのうえで何とかなるか探ってみなければなりません」

「そうか。内藤殿、頼りにしておるぞ」

 忠直は、自ら進み出て如安の手を取り、頭を下げる。

 その様子も信綱には腑に落ちない。

(一昨日は、自分が決めるべきものではないと言っていたのに、桁を増やして頼んで、これだけ必死に頼むというのはどういうことなのだ? しかも、当てにならない金だと自ら言っていたのに?)

 その後も忠直は平身低頭して如安を歓迎し、帰り際に言う。

「お付の者、益田殿と申したか、この者を少し借りることは可能であろうか?」

「え、はい。構いませんが」

「そうか、この者と、ここにいる信綱を江戸に送り、江戸にも理解してもらいたいのだが、どうだ?」

「……うーむ」

 如安は少し考えて、好次の顔を見た。頷いて、話が成立する。

「では、また明日ここに来てくれい」

 そう言って別れる。

 内藤如安と好次の姿が見えなくなる頃、忠直が振り返った。

「どうじゃ?」

「どうじゃ、と言われましても…」

 忠直の意図が何であるのかさっぱり分からない。

「何じゃ、わしの考えが分からぬのか。仕方ないのう」

 忠直は呆れたような顔をして、説明を始めた。
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