114 / 155
謀将の子
全登と秀家
しおりを挟む
高知を出た宇喜多秀家は紀州から大坂へと入る。
大坂城に言伝をし、その後は早速町へと出る。かつては輿の中や馬上から見下ろしていた大坂の風景を、今は庶民と同じ高さから見る。
そのささいな違いが秀家には新鮮であった。
もっとも、その秀家の路銀はどこから出ているかというと、江戸の伊達政宗や、高知で豊臣秀頼から送られたものである。そういう点では市井の者と完全に同じとはなっていないのであるが。
夕方から夜にかけて、繁華街の酒場に入った。
(お~、これが民の酒の飲み方なのか…)
秀家にはそういうところも目新しく、他人の金ということもあって近くの人間に話がてら気軽に奢ったりもしていた。
(む…?)
楽しんでいる秀家の視線の向こうに、明らかに異質な動きをしている男が目に入った。
(こやつは、農民を装っているが、武士のようじゃな…)
相手の男と視線が合った。向こうは警戒する様子はあまりない。
(まあ、わしは10年農民をしているからのう。しかも、変装のためでなく、生活のために本当に農民になっていたのであるから、今更武士でもあるまい)
秀家は立ち上がり、男の隣に座った。
「お主、どこの者じゃ?」
「…どこの者とは?」
「わしは豊臣秀頼の忍びじゃ。お主はどこの者じゃ?」
小声でやりとりすると、男の顔が険しくなる。
「…豊臣の忍びだとして、何の用だ?」
「情報を交換せぬか?」
「情報を?」
「とぼけるな。お主も忍びなら知っておろう」
忍者は情報収集の専門家として知られているが、潜入先の抱えている忍者と語らい、互いの情報を交換し合うと言う悪習があった。父・直家が、「忍者などは雇うものではない。自分の下で育てるしかない」と言っていたと秀家は聞いたことがある。
「…わしは高田から来た」
「ほう。高田というと、噂では金沢の前田利常と結びついていると聞いているが本当なのか?」
「……」
「今、大坂にいる兵力の内訳などの情報でどうだ?」
「分かった。こちらも高田の内訳を出そう。質問については、まあ、想像にお任せするというところでどうだろうか?」
「仕方ないのう。わしは八郎と申す」
「わしは仁左衛門じゃ」
二人はその晩、遅くまで語り合い、情報を渡していく。
もちろん、秀家は教えられた情報を信用していなかったし、仁左衛門と名乗った相手が自分のことを信じていないことも承知している。それでも、話の節々に真実が含まれているはずであり、それを読みとるのも面白いのではないかと思った。
翌朝。
秀家は遅めに起きると、昼過ぎになって大坂城に向かった。
門の前には既に明石全登が立っている。
(しかし、わしが知っている人物とは全員が15年ぶりになるのだから仕方ないが、老けてしまったのう…)
そう思いつつも近づいていく。全登も気づいて駆け寄ってきた。
「殿! お久しゅうございます」
「うむ。久しいのう。お主が元気でわしも嬉しい」
「さ、さ、どうぞ城におあがりください」
大坂城の中へと入る。
(ここに来るのも16年ぶりになるのか…)
城の中は変わっていない。外の堀などは、大坂の陣で変貌を遂げていたが、中はそのままであった。
「おお、毛利殿」
向こうから歩いてきた男に全登が声をかける。
「殿、こちらは毛利豊前守でございます。毛利殿、こちらにいるのが我が殿、宇喜多前中将でございます」
「おお、宇喜多様」
毛利勝永がびっくりして深々と頭を下げる。
「いやいや、今のわしは流人の身を解放されたばかりじゃ。毛利殿に頭を下げられるような立場ではない」
「ご赦免、おめでとうございます」
「いや、ありがとう」
その後もしばらく話を交わして、その場を別れた。
「全登、面倒だからわしのことを一々紹介するな」
「は、失礼しました」
それでも、淀の方には会わないわけにもいかないので、大野治房を通して面会をする。
「秀家でございます。既に大納言様(秀頼のこと)にはお会いいたしましたが、淀様にもご挨拶をと思いまして、大坂まで参りました」
淀の方も、秀家の来訪には喜色を露わにする。
「おお! 秀家。本当に久しぶりじゃのう」
「はい。お陰様でこの度、赦免と相成りました」
「良かった、良かった。これから秀頼を支えてくれるよう、お願いしますぞ」
「はい…。しかし、高知で既にお会いしましたが、今や大納言様も立派な大将におなりでございます」
「左様か…」
淀の方がうつむいた。
「妾のやり方は、間違っていたかのう…」
秀家は子供の時からの家族のような存在であったこともあってか、淀の方の口が軽くなる。
「妾は秀頼に危険な目に遭わせたくなくて、戦場には出さずにいたのじゃが…」
「それは子の母としては正しいと思いますが、武士の母としては問題があったのかもしれません」
「秀頼は妾を恨んでおるかのう。高知に行ってから、あまり文も寄越さぬようになった」
「おそらく大納言様も初めてのことが多いので、仕事に忙殺されておるのでございましょう。また、そもそも大坂に二人でいたことで文を送るという考えもないのかもしれません。淀様からお送りになれば、返してくるでしょう」
「そうか…。妾の方から…」
考え込んでいる淀の方に対して、深々と頭を下げると言葉少なに秀家は退室した。
「ようやくそなたと話ができるな」
夕刻、昨日とは違う庶民向けの酒場で秀家と全登は酒を酌み交わす。
「殿、よろしいのですか、このようなところで?」
「わしは10年農民をやってきたからのう。武士のところは気が持たぬ」
「左様でございますか」
「それで、お主はどうするつもりなのだ?」
全登に酒を注ぐ。かつての主君から直にもらうことに緊張しているのか、全登は気が引けた様子で受けている。
「殿はどうなさるおつもりですか?」
「文にも書いたが、正直、今更大名として戻りたいというつもりはない。昨日は別のところで忍者の真似事をしたが、どちらかというと僧侶の真似事がいいかのう」
「…そうであるならば、私は前田様のところに向かうことになりましょうか」
「前田か…。それもいいかもしれんのう」
「殿も、前田様のところには?」
「もちろん向かう。一応、秀頼の了解は取ってあるから、一緒に向かうことも可能ではあるが。そうそう、前田のところと言うと、昨日面白い奴がおったのう。む? 酒がないなら言わぬか」
「い、いや、殿から貰うのはどうにも恐れ多く…」
全登は終始腰が引け気味であった。
大坂城に言伝をし、その後は早速町へと出る。かつては輿の中や馬上から見下ろしていた大坂の風景を、今は庶民と同じ高さから見る。
そのささいな違いが秀家には新鮮であった。
もっとも、その秀家の路銀はどこから出ているかというと、江戸の伊達政宗や、高知で豊臣秀頼から送られたものである。そういう点では市井の者と完全に同じとはなっていないのであるが。
夕方から夜にかけて、繁華街の酒場に入った。
(お~、これが民の酒の飲み方なのか…)
秀家にはそういうところも目新しく、他人の金ということもあって近くの人間に話がてら気軽に奢ったりもしていた。
(む…?)
楽しんでいる秀家の視線の向こうに、明らかに異質な動きをしている男が目に入った。
(こやつは、農民を装っているが、武士のようじゃな…)
相手の男と視線が合った。向こうは警戒する様子はあまりない。
(まあ、わしは10年農民をしているからのう。しかも、変装のためでなく、生活のために本当に農民になっていたのであるから、今更武士でもあるまい)
秀家は立ち上がり、男の隣に座った。
「お主、どこの者じゃ?」
「…どこの者とは?」
「わしは豊臣秀頼の忍びじゃ。お主はどこの者じゃ?」
小声でやりとりすると、男の顔が険しくなる。
「…豊臣の忍びだとして、何の用だ?」
「情報を交換せぬか?」
「情報を?」
「とぼけるな。お主も忍びなら知っておろう」
忍者は情報収集の専門家として知られているが、潜入先の抱えている忍者と語らい、互いの情報を交換し合うと言う悪習があった。父・直家が、「忍者などは雇うものではない。自分の下で育てるしかない」と言っていたと秀家は聞いたことがある。
「…わしは高田から来た」
「ほう。高田というと、噂では金沢の前田利常と結びついていると聞いているが本当なのか?」
「……」
「今、大坂にいる兵力の内訳などの情報でどうだ?」
「分かった。こちらも高田の内訳を出そう。質問については、まあ、想像にお任せするというところでどうだろうか?」
「仕方ないのう。わしは八郎と申す」
「わしは仁左衛門じゃ」
二人はその晩、遅くまで語り合い、情報を渡していく。
もちろん、秀家は教えられた情報を信用していなかったし、仁左衛門と名乗った相手が自分のことを信じていないことも承知している。それでも、話の節々に真実が含まれているはずであり、それを読みとるのも面白いのではないかと思った。
翌朝。
秀家は遅めに起きると、昼過ぎになって大坂城に向かった。
門の前には既に明石全登が立っている。
(しかし、わしが知っている人物とは全員が15年ぶりになるのだから仕方ないが、老けてしまったのう…)
そう思いつつも近づいていく。全登も気づいて駆け寄ってきた。
「殿! お久しゅうございます」
「うむ。久しいのう。お主が元気でわしも嬉しい」
「さ、さ、どうぞ城におあがりください」
大坂城の中へと入る。
(ここに来るのも16年ぶりになるのか…)
城の中は変わっていない。外の堀などは、大坂の陣で変貌を遂げていたが、中はそのままであった。
「おお、毛利殿」
向こうから歩いてきた男に全登が声をかける。
「殿、こちらは毛利豊前守でございます。毛利殿、こちらにいるのが我が殿、宇喜多前中将でございます」
「おお、宇喜多様」
毛利勝永がびっくりして深々と頭を下げる。
「いやいや、今のわしは流人の身を解放されたばかりじゃ。毛利殿に頭を下げられるような立場ではない」
「ご赦免、おめでとうございます」
「いや、ありがとう」
その後もしばらく話を交わして、その場を別れた。
「全登、面倒だからわしのことを一々紹介するな」
「は、失礼しました」
それでも、淀の方には会わないわけにもいかないので、大野治房を通して面会をする。
「秀家でございます。既に大納言様(秀頼のこと)にはお会いいたしましたが、淀様にもご挨拶をと思いまして、大坂まで参りました」
淀の方も、秀家の来訪には喜色を露わにする。
「おお! 秀家。本当に久しぶりじゃのう」
「はい。お陰様でこの度、赦免と相成りました」
「良かった、良かった。これから秀頼を支えてくれるよう、お願いしますぞ」
「はい…。しかし、高知で既にお会いしましたが、今や大納言様も立派な大将におなりでございます」
「左様か…」
淀の方がうつむいた。
「妾のやり方は、間違っていたかのう…」
秀家は子供の時からの家族のような存在であったこともあってか、淀の方の口が軽くなる。
「妾は秀頼に危険な目に遭わせたくなくて、戦場には出さずにいたのじゃが…」
「それは子の母としては正しいと思いますが、武士の母としては問題があったのかもしれません」
「秀頼は妾を恨んでおるかのう。高知に行ってから、あまり文も寄越さぬようになった」
「おそらく大納言様も初めてのことが多いので、仕事に忙殺されておるのでございましょう。また、そもそも大坂に二人でいたことで文を送るという考えもないのかもしれません。淀様からお送りになれば、返してくるでしょう」
「そうか…。妾の方から…」
考え込んでいる淀の方に対して、深々と頭を下げると言葉少なに秀家は退室した。
「ようやくそなたと話ができるな」
夕刻、昨日とは違う庶民向けの酒場で秀家と全登は酒を酌み交わす。
「殿、よろしいのですか、このようなところで?」
「わしは10年農民をやってきたからのう。武士のところは気が持たぬ」
「左様でございますか」
「それで、お主はどうするつもりなのだ?」
全登に酒を注ぐ。かつての主君から直にもらうことに緊張しているのか、全登は気が引けた様子で受けている。
「殿はどうなさるおつもりですか?」
「文にも書いたが、正直、今更大名として戻りたいというつもりはない。昨日は別のところで忍者の真似事をしたが、どちらかというと僧侶の真似事がいいかのう」
「…そうであるならば、私は前田様のところに向かうことになりましょうか」
「前田か…。それもいいかもしれんのう」
「殿も、前田様のところには?」
「もちろん向かう。一応、秀頼の了解は取ってあるから、一緒に向かうことも可能ではあるが。そうそう、前田のところと言うと、昨日面白い奴がおったのう。む? 酒がないなら言わぬか」
「い、いや、殿から貰うのはどうにも恐れ多く…」
全登は終始腰が引け気味であった。
2
あなたにおすすめの小説
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる