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謀将の子
越前の弟
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但馬、豊岡城。
立花宗茂や徳川義直は依然としてこの地で毛利軍と睨み合いを続けていた。
とはいっても、若狭と丹波のことも含めて小康状態となっており、しばらく動く見込みは薄い。立花宗茂としては、一度江戸か福岡に戻りたいとも考えていたのであるが、そうできない理由は徳川義直にあった。
「この度の敗戦はわしの責任である」
と言い出し、そうではないと言っても聞かない。
そのうえで再戦のために勉強したいと兵法書を携えてやってくるので、宗茂としても放置ができず相手しているうちにずるずると時間が過ぎてしまっていたのであった。
ちなみに、義直は同じ理屈で藤堂高虎には政務の書物などをもって回っており、昼から夕方にかけて毎日兵法や政務の勉強をしていた。
「それはいいのでござるが…」
宗茂が夜、高虎と酒を酌み交わしながら溜息をつく。
「こう毎日だと、さすがに拙者も疲れてくる…」
「それがしも…。領国のことも気になるし…」
「藤堂殿はご子息が若かったですな」
「左様。まだまだ、ひよっこでございます。誰かと交代することはできぬものですかなあ」
藤堂高虎はよほど領国のことが気になるらしい。もっとも、半年以上、離れているという現実を考えれば無理はない。
「しかも、毛利はしばらく様子見しそうであるし」
高虎が溜息をついた。
「失礼いたします」
二人が更に話をしているところに、門番の兵士が入ってきた。
「先ほど、彦根の真田様からの伝令が来まして、これを立花様にお渡ししてほしいと」
「真田殿から?」
宗茂はけげんな顔をして受取り、書状を開く。高虎も様子を見る。
読んでいるうちに、宗茂の目が見開かれた。
「…赦免された宇喜多殿が真田殿のところに来て、対毛利の策を授けたらしい」
「宇喜多殿が?」
高虎が面食らった顔を見せた。
「10年以上も表舞台から消えていた宇喜多殿に、毛利の何が分かるというのだ?」
「いや、ただ、真田殿の書かれていることを見ると、出鱈目ではなさそうだ」
宗茂が高虎に書状を渡す。読んでいるうちに高虎も、小さく唸る。
「…なるほど。確かに、わしらは目の前のことに拘泥しすぎて、分かるはずのことを見失っていたのかもしれぬのう」
「今から準備しておいた方が良さそうであるな」
宗茂の言葉に高虎も頷く。
「しかし、真田殿…ではなくて宇喜多殿か。水戦が得意なものでも船を出されるのは嫌なものであるというのはどういうことであろう」
「…さて、それがしも分からぬが、何か単純なことを見落としているのかもしれぬのう」
「それにしても、宇喜多殿は徳川のことを嫌っているのではないかと思っていたが、どうして真田殿にそのようなことを教えたのであろう?」
「…さて、とにかく、もう一つの言葉を考えてみよう」
「そうであるな。酒もなくなってきたし、今宵はここまでにしよう」
二人は続けざまに立ち上がり、部屋を出て行った。
越前・北ノ庄。
松平忠昌はその日も朝から日課としている木刀の素振りを行っていた。夏の陣が終わってから、毎日欠かさず行っている日課である。
一通り終えて、庭から戻ってきたところに、弟の直政がいた。不思議そうに首を傾げている。
「どうしたのだ?」
「兄上、先程門番から報告があって、実は昨晩、宇喜多秀家が城に来ていたということなのですが」
「宇喜多秀家?」
もちろん、忠昌も宇喜多秀家が赦免されたという話は聞いているが、そもそも忠昌は宇喜多秀家を見たこともないし、どんな人間であるかもはっきりと分かっていない。関ケ原で西軍にいたという歴史的事実以外、縁もゆかりもない人物である。
「本人が、時間も時間ゆえ、明日の昼くらいにもう一度来たいと申していたそうです」
「北ノ庄に何の用なのだ?」
と弟に問いかけて、先程から不思議そうな顔をしていたのはこのことであったのかと合点が行った。
「丹波にでも聞いてみるか…」
「先ほど会ったので尋ねてみましたが、丹波も宇喜多秀家のことは全く知らないということでした」
「…では、どうすればいいのだ?」
家老ですら知らないとなってくると、全く見ず知らずの人間ということになる。そもそも本人であるかどうかも分からない。
「とはいえ」
「とはいえ、何だ?」
「もし、兄上であったなら…」
「むう…」
忠昌が小さく唸った。
「宇喜多秀家は宗家にとって望ましからぬ人物である可能性がある。ということは、兄上にとって望ましい人物ということになる」
「はい。多分、偽物だとしても良いではないかと言いそうです」
「…入れるしかないか」
忠昌の言葉に、直政も頷いた。しかし、二人ともどこか嫌そうな顔もしていた。
昼を過ぎた頃、宇喜多秀家が門番に言っていた通りにやってきたという報告が入り、忠昌は城に入れるように命令した。
少し待っていると、精悍な顔をした男が連れられてきた。
(ふうむ…。歳は50近いと思うが、しっかり鍛えられていて隙はなさそうだ。流人となりながらも、自らを鍛錬していたということか…)
もちろん、忠昌は秀家の体つきが農作業によるものだとは分からない。
「宇喜多秀家と申します。この度、江戸の家光様のご厚情を受けて赦免されまして、全国を回っております。この度は金沢に行く途中、越前様のことを思い出しまして、一度お会いしようと思って訪ねてまいりました」
「うむ…。しかし、越前にどのような用向きで?」
「いえ、特にこれということはありません。ただ…」
「ただ?」
「私はこの後、金沢に行く予定でございますので、もしかしたら前田家の者として、今後お会いすることもあるかもしれないかと…」
「うーむ…」
「時に、松平様は前田家のことをどうお思いですか?」
「前田家のこと?」
「はい。現在、同盟関係にあるということではございますが、前田家を挟み込む形で越前と高田があります。少し西で毛利が攻め込んできているのに越前が動けないのは、前田のことを警戒しているからではないかと思いますが」
「それはその通りだが、仕方ないとしか思っておらん」
忠昌は思ったままを答えて、次いで、どう答えたものかを考える。
(正直に言うべきか、それとも誤魔化すべきなのか…)
しかし。
(わしが誤魔化してもすぐに分かってしまうか)
と思い、正直に答えることにした。
「今はうまく行っていないが、例えば徳川の家臣にも昔はうまく行っていなかった連中はいる。前田も今は敵だが、そのうち良くなるかもしれんし、永遠にうまく行かないかもしれないが、それについてわしがどうこう言うことではない」
「……」
「と、我が兄なら言うのではないかと思っている。越前の当主は兄であるから、その方針に従うまでのことだ」
「…左様でございますか」
「それが何か?」
「いえいえ、これは私の好奇心でございますゆえ、ありがとうございます」
秀家は頭を下げた。
その後、忠昌も話題がないので当たり障りのない話をして、半刻ほどを過ごした後退出していった。
「ふうむ、何であったのだろう?」
一人になった後、忠昌は首を傾げた。
北ノ庄を出た秀家が振り返る。
「弟も中々の者のようだのう…」
そうつぶやくと、金沢へと足を進めていった。
立花宗茂や徳川義直は依然としてこの地で毛利軍と睨み合いを続けていた。
とはいっても、若狭と丹波のことも含めて小康状態となっており、しばらく動く見込みは薄い。立花宗茂としては、一度江戸か福岡に戻りたいとも考えていたのであるが、そうできない理由は徳川義直にあった。
「この度の敗戦はわしの責任である」
と言い出し、そうではないと言っても聞かない。
そのうえで再戦のために勉強したいと兵法書を携えてやってくるので、宗茂としても放置ができず相手しているうちにずるずると時間が過ぎてしまっていたのであった。
ちなみに、義直は同じ理屈で藤堂高虎には政務の書物などをもって回っており、昼から夕方にかけて毎日兵法や政務の勉強をしていた。
「それはいいのでござるが…」
宗茂が夜、高虎と酒を酌み交わしながら溜息をつく。
「こう毎日だと、さすがに拙者も疲れてくる…」
「それがしも…。領国のことも気になるし…」
「藤堂殿はご子息が若かったですな」
「左様。まだまだ、ひよっこでございます。誰かと交代することはできぬものですかなあ」
藤堂高虎はよほど領国のことが気になるらしい。もっとも、半年以上、離れているという現実を考えれば無理はない。
「しかも、毛利はしばらく様子見しそうであるし」
高虎が溜息をついた。
「失礼いたします」
二人が更に話をしているところに、門番の兵士が入ってきた。
「先ほど、彦根の真田様からの伝令が来まして、これを立花様にお渡ししてほしいと」
「真田殿から?」
宗茂はけげんな顔をして受取り、書状を開く。高虎も様子を見る。
読んでいるうちに、宗茂の目が見開かれた。
「…赦免された宇喜多殿が真田殿のところに来て、対毛利の策を授けたらしい」
「宇喜多殿が?」
高虎が面食らった顔を見せた。
「10年以上も表舞台から消えていた宇喜多殿に、毛利の何が分かるというのだ?」
「いや、ただ、真田殿の書かれていることを見ると、出鱈目ではなさそうだ」
宗茂が高虎に書状を渡す。読んでいるうちに高虎も、小さく唸る。
「…なるほど。確かに、わしらは目の前のことに拘泥しすぎて、分かるはずのことを見失っていたのかもしれぬのう」
「今から準備しておいた方が良さそうであるな」
宗茂の言葉に高虎も頷く。
「しかし、真田殿…ではなくて宇喜多殿か。水戦が得意なものでも船を出されるのは嫌なものであるというのはどういうことであろう」
「…さて、それがしも分からぬが、何か単純なことを見落としているのかもしれぬのう」
「それにしても、宇喜多殿は徳川のことを嫌っているのではないかと思っていたが、どうして真田殿にそのようなことを教えたのであろう?」
「…さて、とにかく、もう一つの言葉を考えてみよう」
「そうであるな。酒もなくなってきたし、今宵はここまでにしよう」
二人は続けざまに立ち上がり、部屋を出て行った。
越前・北ノ庄。
松平忠昌はその日も朝から日課としている木刀の素振りを行っていた。夏の陣が終わってから、毎日欠かさず行っている日課である。
一通り終えて、庭から戻ってきたところに、弟の直政がいた。不思議そうに首を傾げている。
「どうしたのだ?」
「兄上、先程門番から報告があって、実は昨晩、宇喜多秀家が城に来ていたということなのですが」
「宇喜多秀家?」
もちろん、忠昌も宇喜多秀家が赦免されたという話は聞いているが、そもそも忠昌は宇喜多秀家を見たこともないし、どんな人間であるかもはっきりと分かっていない。関ケ原で西軍にいたという歴史的事実以外、縁もゆかりもない人物である。
「本人が、時間も時間ゆえ、明日の昼くらいにもう一度来たいと申していたそうです」
「北ノ庄に何の用なのだ?」
と弟に問いかけて、先程から不思議そうな顔をしていたのはこのことであったのかと合点が行った。
「丹波にでも聞いてみるか…」
「先ほど会ったので尋ねてみましたが、丹波も宇喜多秀家のことは全く知らないということでした」
「…では、どうすればいいのだ?」
家老ですら知らないとなってくると、全く見ず知らずの人間ということになる。そもそも本人であるかどうかも分からない。
「とはいえ」
「とはいえ、何だ?」
「もし、兄上であったなら…」
「むう…」
忠昌が小さく唸った。
「宇喜多秀家は宗家にとって望ましからぬ人物である可能性がある。ということは、兄上にとって望ましい人物ということになる」
「はい。多分、偽物だとしても良いではないかと言いそうです」
「…入れるしかないか」
忠昌の言葉に、直政も頷いた。しかし、二人ともどこか嫌そうな顔もしていた。
昼を過ぎた頃、宇喜多秀家が門番に言っていた通りにやってきたという報告が入り、忠昌は城に入れるように命令した。
少し待っていると、精悍な顔をした男が連れられてきた。
(ふうむ…。歳は50近いと思うが、しっかり鍛えられていて隙はなさそうだ。流人となりながらも、自らを鍛錬していたということか…)
もちろん、忠昌は秀家の体つきが農作業によるものだとは分からない。
「宇喜多秀家と申します。この度、江戸の家光様のご厚情を受けて赦免されまして、全国を回っております。この度は金沢に行く途中、越前様のことを思い出しまして、一度お会いしようと思って訪ねてまいりました」
「うむ…。しかし、越前にどのような用向きで?」
「いえ、特にこれということはありません。ただ…」
「ただ?」
「私はこの後、金沢に行く予定でございますので、もしかしたら前田家の者として、今後お会いすることもあるかもしれないかと…」
「うーむ…」
「時に、松平様は前田家のことをどうお思いですか?」
「前田家のこと?」
「はい。現在、同盟関係にあるということではございますが、前田家を挟み込む形で越前と高田があります。少し西で毛利が攻め込んできているのに越前が動けないのは、前田のことを警戒しているからではないかと思いますが」
「それはその通りだが、仕方ないとしか思っておらん」
忠昌は思ったままを答えて、次いで、どう答えたものかを考える。
(正直に言うべきか、それとも誤魔化すべきなのか…)
しかし。
(わしが誤魔化してもすぐに分かってしまうか)
と思い、正直に答えることにした。
「今はうまく行っていないが、例えば徳川の家臣にも昔はうまく行っていなかった連中はいる。前田も今は敵だが、そのうち良くなるかもしれんし、永遠にうまく行かないかもしれないが、それについてわしがどうこう言うことではない」
「……」
「と、我が兄なら言うのではないかと思っている。越前の当主は兄であるから、その方針に従うまでのことだ」
「…左様でございますか」
「それが何か?」
「いえいえ、これは私の好奇心でございますゆえ、ありがとうございます」
秀家は頭を下げた。
その後、忠昌も話題がないので当たり障りのない話をして、半刻ほどを過ごした後退出していった。
「ふうむ、何であったのだろう?」
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