143 / 155
白鷺と鶴と
会津包囲②
しおりを挟む
江戸の井伊直孝・真田信之の下にも、情報は刻々と届いていた。
「加藤家の旧臣が処刑された?」
福島からの伝令に、直孝が驚く。
「それで、伊達殿らは?」
「加藤家が自壊するまで待つ構えの模様です」
「待つ? いや、それはまずい…」
井伊直孝が首を左右に振った。
(確かに勝つことだけを考えれば、待つことが一番正しいだろうが…)
世間に対する評価というものもある。
加藤明成がごときは、ひよっこというのが世間の評価である。その加藤明成が好き放題しているというのに手が出せないというのはまずい。
「毛利家や前田家と睨み合っていたというのとは、訳が違うのじゃ。蒲生家のことも先延ばしにしていたし、おまけに蒲生の家臣をつけよと指示をしたのは我々徳川であるし」
会津の失態は徳川家のせいによるもの、そう陰口を叩かれても強く反論できない。その状態を放置しておいては徳川家全体の問題へとなってきかねない。
「上総殿や前田筑前も今回の件では協力してくれている以上、早期に決着をつけねばならない」
「恐れながら井伊様」
真田信之が口を挟む。
「伊達殿や上杉殿が動かないのは、恐らく西のことも考えているのではないかと」
「それは分かっている。しかし、それを差し引いても、会津の件は長期戦にはしたくはない。加藤になめられているという風に受け止められては困るのじゃ。このままで冬を迎えては、半年近く解決が遅れてしまう。その間に徳川頼りなしと別のところで問題が起きるかもしれん」
「…なるほど。確かに続く者が現れてもまずいですしな」
「各自に伝えてくれ。長期戦は賢明なれど、徳川のためにならず。可能な限り早期に決着をつけるべしと」
直孝の指示を受け、返書がすぐに作られ、東北各地へと飛ばされていった。
「…確かに、加藤明成ごときにてこずっていると思われるのは、まずいか」
返書を受けた伊達政宗は、上杉景勝を呼び寄せた。直孝の書状を見せようと思っていたが、やってきた景勝も同じ書状を携えてきている。
「加藤は毛利や前田とは違うのですぞ、と厳しい指摘を受けてしまいましたな」
景勝が苦笑しながら言う。
「加藤明成の乱心ぶりによっては、会津の領民まで処刑するかもしれませぬし、西会津にいる上総介に伝えて、三日後に攻撃をかけることとしましょう」
政宗の方針に、景勝も異を唱えない。
かくして、政宗と景勝の連署の書状が相馬、南部、佐竹らにも送られる。もちろん、全員異を唱えることなく準備を整え始めた。
その前日。
伊達政宗のいる本陣に、南部利直が姿を見せた。
盛岡城主・南部利直は41歳。関ケ原の戦いの際には、政宗が扇動した一揆鎮圧などに追われており、伊達家との仲は良好、というわけではない。とはいえ、それ以降、徳川家の支配が固まって以降はお互い敵対的な行動は控えている。
「おお、南部殿。どうされた?」
「少し聞きたいのだが、今回の戦いでは前田殿もこちらについているというのは真か?」
「そういう風には聞いている」
前田利常から江戸の井伊直孝に協力する旨の書状が届いているという話は聞いている。それに対して、直孝がどう答えたのか、家光らがどう感じたのか、それは江戸を離れている政宗には分からない。
「…そういえば、南部殿は」
利直の「利」というのは前田利家からの名前であることを思い出した。30年前の豊臣政権への参加の頃から南部家は前田家との縁が強く、利直は前田家と徳川家の対立を不安げに見ていたのかもしれない。政宗はそう理解する。
「さすがに表立って対立されると、我々南部もどうしようもないのですが、そうでないのなら、何とかとりなしができれば…とは思っております」
「左様であるな。であれば、ひとまずこの戦いで南部殿も功績をあげていただかないと」
「うむ。できれば一翼を任せていただきたい」
「分かりました。それでは…」
政宗は内心「渡りに船だ」と思っていた。
会津攻めはしなければならないが、これからのことを考えると、なるべく兵士を損耗させたくない。そこに自分達から攻めたいと言ってくれる部隊が出てくれるのは本当にありがたいことであった。
加藤明成は会津中部の猪苗代に滞在していた。西、東、どちらにでも対応できるようにするためである。
徳川軍が本格的に攻め入る準備を整えているという情報は既に入ってきていた。明成にとっては朗報である。
「このままでは、父上か会津の領民も手をかけねばならんかったからのう」
「殿、酒の準備ができましたが…」
「阿呆が。明日にも戦になるかもしれぬというのに酒など飲んでいられるか」
「しかし、景気づけという言葉もありますし」
「そういうものは生きたいものがすることだろう。わしは死ぬつもりなのだ。一人でも多くの者を道連れにしてやりたいのだ。どうして酒など飲んでいられようか」
明成は城の外へと血走った目を向ける。
自分でも信じられない、くぐもった笑みが口から洩れてきた。
十月二十四日。
伊達政宗は全軍に指示を出した。
「一つ、会津の領民には危害を加えるな。一つ、会津兵には容赦する必要はない。一つ、この戦いは冬が来る前に終わらせる。すなわち、五日以内には鶴ヶ城を占領するのだ」
最後の触れにどよめきが起こる。
「何を驚いておるのじゃ。加藤なんぞはひよっこで、下にいるのも蒲生家のならず者同然の者達じゃ。こんな奴らに後れを取るわけにはいかぬぞ!」
政宗の激に兵士の意気はある程度は上がったが、大きく盛り上がるというほどではない。
「今まで、殿の方でのんびりされていたのに、急に五日以内で落とさなければならない、では兵もびっくりするだけでしょう」
後ろにいた伊達成実が苦笑した。政宗も自嘲気味に笑う。
「それはそうなのだが、わしらにも事情があるからのう。成実、大変かもしれぬがよろしく頼む」
「分かっておりますとも」
成実は兜をかぶり、自分の持ち場へと戻っていく。
それを見届けて、片倉重長に目配せをした。重長が指示を出し、出陣の太鼓が鳴らされる。歓声が起こり、兵が前進していった。
「むっ?」
少し南の方に視線を向ければ、南部家の向鶴の旗をつけた兵が高い意気で進んでいく様子が見える。その後ろを相馬が続き、北の方では上杉家が会津領に侵攻しているはずであった。
「南部や上杉が頑張って、伊達はなるべく温存、となれば有難いのだが…」
会津の西には、松平忠輝、真田信吉、酒井忠勝、蒲生忠郷がいた。
「わしらのせいで、申し訳ございません」
一番年少であり、ある意味今回の事件の原因の一つでもある蒲生忠郷が謝罪をする。
「気になさるな。家臣の暴走というのはどこの家にでも多かれ少なかれあるものであれば」
鷹揚に答えているのは、この方面で指揮をとる松平忠輝である。
「ここまでのんびり待機しておいてから急ぐのも身勝手な話だが、冬になってしまえば進軍そのものを止めなければならない。何とかそれまでには終わらせなければならない。大変だろうが、心して進軍してもらいたい」
「分かっております」
全員が頷く。
「よし。それでは進軍だ」
忠輝が指揮を下し、西からの軍も会津領への侵攻を始めた。
「加藤家の旧臣が処刑された?」
福島からの伝令に、直孝が驚く。
「それで、伊達殿らは?」
「加藤家が自壊するまで待つ構えの模様です」
「待つ? いや、それはまずい…」
井伊直孝が首を左右に振った。
(確かに勝つことだけを考えれば、待つことが一番正しいだろうが…)
世間に対する評価というものもある。
加藤明成がごときは、ひよっこというのが世間の評価である。その加藤明成が好き放題しているというのに手が出せないというのはまずい。
「毛利家や前田家と睨み合っていたというのとは、訳が違うのじゃ。蒲生家のことも先延ばしにしていたし、おまけに蒲生の家臣をつけよと指示をしたのは我々徳川であるし」
会津の失態は徳川家のせいによるもの、そう陰口を叩かれても強く反論できない。その状態を放置しておいては徳川家全体の問題へとなってきかねない。
「上総殿や前田筑前も今回の件では協力してくれている以上、早期に決着をつけねばならない」
「恐れながら井伊様」
真田信之が口を挟む。
「伊達殿や上杉殿が動かないのは、恐らく西のことも考えているのではないかと」
「それは分かっている。しかし、それを差し引いても、会津の件は長期戦にはしたくはない。加藤になめられているという風に受け止められては困るのじゃ。このままで冬を迎えては、半年近く解決が遅れてしまう。その間に徳川頼りなしと別のところで問題が起きるかもしれん」
「…なるほど。確かに続く者が現れてもまずいですしな」
「各自に伝えてくれ。長期戦は賢明なれど、徳川のためにならず。可能な限り早期に決着をつけるべしと」
直孝の指示を受け、返書がすぐに作られ、東北各地へと飛ばされていった。
「…確かに、加藤明成ごときにてこずっていると思われるのは、まずいか」
返書を受けた伊達政宗は、上杉景勝を呼び寄せた。直孝の書状を見せようと思っていたが、やってきた景勝も同じ書状を携えてきている。
「加藤は毛利や前田とは違うのですぞ、と厳しい指摘を受けてしまいましたな」
景勝が苦笑しながら言う。
「加藤明成の乱心ぶりによっては、会津の領民まで処刑するかもしれませぬし、西会津にいる上総介に伝えて、三日後に攻撃をかけることとしましょう」
政宗の方針に、景勝も異を唱えない。
かくして、政宗と景勝の連署の書状が相馬、南部、佐竹らにも送られる。もちろん、全員異を唱えることなく準備を整え始めた。
その前日。
伊達政宗のいる本陣に、南部利直が姿を見せた。
盛岡城主・南部利直は41歳。関ケ原の戦いの際には、政宗が扇動した一揆鎮圧などに追われており、伊達家との仲は良好、というわけではない。とはいえ、それ以降、徳川家の支配が固まって以降はお互い敵対的な行動は控えている。
「おお、南部殿。どうされた?」
「少し聞きたいのだが、今回の戦いでは前田殿もこちらについているというのは真か?」
「そういう風には聞いている」
前田利常から江戸の井伊直孝に協力する旨の書状が届いているという話は聞いている。それに対して、直孝がどう答えたのか、家光らがどう感じたのか、それは江戸を離れている政宗には分からない。
「…そういえば、南部殿は」
利直の「利」というのは前田利家からの名前であることを思い出した。30年前の豊臣政権への参加の頃から南部家は前田家との縁が強く、利直は前田家と徳川家の対立を不安げに見ていたのかもしれない。政宗はそう理解する。
「さすがに表立って対立されると、我々南部もどうしようもないのですが、そうでないのなら、何とかとりなしができれば…とは思っております」
「左様であるな。であれば、ひとまずこの戦いで南部殿も功績をあげていただかないと」
「うむ。できれば一翼を任せていただきたい」
「分かりました。それでは…」
政宗は内心「渡りに船だ」と思っていた。
会津攻めはしなければならないが、これからのことを考えると、なるべく兵士を損耗させたくない。そこに自分達から攻めたいと言ってくれる部隊が出てくれるのは本当にありがたいことであった。
加藤明成は会津中部の猪苗代に滞在していた。西、東、どちらにでも対応できるようにするためである。
徳川軍が本格的に攻め入る準備を整えているという情報は既に入ってきていた。明成にとっては朗報である。
「このままでは、父上か会津の領民も手をかけねばならんかったからのう」
「殿、酒の準備ができましたが…」
「阿呆が。明日にも戦になるかもしれぬというのに酒など飲んでいられるか」
「しかし、景気づけという言葉もありますし」
「そういうものは生きたいものがすることだろう。わしは死ぬつもりなのだ。一人でも多くの者を道連れにしてやりたいのだ。どうして酒など飲んでいられようか」
明成は城の外へと血走った目を向ける。
自分でも信じられない、くぐもった笑みが口から洩れてきた。
十月二十四日。
伊達政宗は全軍に指示を出した。
「一つ、会津の領民には危害を加えるな。一つ、会津兵には容赦する必要はない。一つ、この戦いは冬が来る前に終わらせる。すなわち、五日以内には鶴ヶ城を占領するのだ」
最後の触れにどよめきが起こる。
「何を驚いておるのじゃ。加藤なんぞはひよっこで、下にいるのも蒲生家のならず者同然の者達じゃ。こんな奴らに後れを取るわけにはいかぬぞ!」
政宗の激に兵士の意気はある程度は上がったが、大きく盛り上がるというほどではない。
「今まで、殿の方でのんびりされていたのに、急に五日以内で落とさなければならない、では兵もびっくりするだけでしょう」
後ろにいた伊達成実が苦笑した。政宗も自嘲気味に笑う。
「それはそうなのだが、わしらにも事情があるからのう。成実、大変かもしれぬがよろしく頼む」
「分かっておりますとも」
成実は兜をかぶり、自分の持ち場へと戻っていく。
それを見届けて、片倉重長に目配せをした。重長が指示を出し、出陣の太鼓が鳴らされる。歓声が起こり、兵が前進していった。
「むっ?」
少し南の方に視線を向ければ、南部家の向鶴の旗をつけた兵が高い意気で進んでいく様子が見える。その後ろを相馬が続き、北の方では上杉家が会津領に侵攻しているはずであった。
「南部や上杉が頑張って、伊達はなるべく温存、となれば有難いのだが…」
会津の西には、松平忠輝、真田信吉、酒井忠勝、蒲生忠郷がいた。
「わしらのせいで、申し訳ございません」
一番年少であり、ある意味今回の事件の原因の一つでもある蒲生忠郷が謝罪をする。
「気になさるな。家臣の暴走というのはどこの家にでも多かれ少なかれあるものであれば」
鷹揚に答えているのは、この方面で指揮をとる松平忠輝である。
「ここまでのんびり待機しておいてから急ぐのも身勝手な話だが、冬になってしまえば進軍そのものを止めなければならない。何とかそれまでには終わらせなければならない。大変だろうが、心して進軍してもらいたい」
「分かっております」
全員が頷く。
「よし。それでは進軍だ」
忠輝が指揮を下し、西からの軍も会津領への侵攻を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
戦艦大和航空科 大艦巨砲のその裏に
みにみ
歴史・時代
46cm三連装三基九門という世界に類を見ない巨砲を搭載し
大艦巨砲主義のトリを飾るような形で太平洋の嵐へと
生まれ出た日本海軍の技術力の粋を集結した大和型戦艦一番艦大和
その巨砲の弾着観測を行う航空科
あまり注目されることのない彼らだが竣工から沈没まで哨戒や対潜に多く従事してきた
そんな彼らの物語をご覧あれ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる