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白鷺と鶴と
会津包囲④
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猪苗代城正門の前に布陣しているのは、南部利直の部隊であった。
「殿、殿!」
早朝、利直は部下の大声で目を覚ます。
「何じゃ。まだ出撃には早いだろう?」
「そうではありません。城門が!」
「城門が?」
南部利直は寝ぼけ眼ではあったが、とにかく着替えて前線へと出て行った。
その前方に、無造作に開け放たれている猪苗代城の城門が見えた。
「これは…一体?」
入ってこいといわんばかりである。
「分かりませんが、先程開け放たれました」
「加藤め…。来るなら、来いということか」
「いかがいたします?」
「どうせもう一刻もすれば総攻撃だ。南部だけ先走る必要もあるまい」
卯の刻。
半分以上の軍が猪苗代城の城門の前に移動してきていた。
「城門を開け放つとあっては罠も考えるべきだが、加藤明成は策を弄するようなことはできぬであろう」
伊達政宗は全軍攻撃を主張したが、上杉景勝が。
「はい。ただ、だからといって城門のみに全軍を集めるのは危険です。その他のところからも攻撃をするべきかと」
と、一点攻撃に危惧を唱えたため、他の門にも回ることになったのである。
松平忠輝も正門の前に移動してきた。
加藤明成も様子を見て、満足げに笑う。
「そうじゃ。正門から大勢でなだれこんでくればいいのじゃ」
明成は勝つということを考えていない。包囲側の事情などもどうでもいい。ただ、一人でも多く道連れにしたいだけである。
そのため、当初は、城門を開いて華々しく出撃することも考えたが、その場合、鉄砲隊の的になって戦う前に全滅してしまう危険性があった。それを避けるために城門を開いて、敵を中に導くことにしたのである。狭い門に大勢密集するとなれば、その分斬りやすい。
「この時を待ちわびていた…」
この一年、幽閉されてから明成は絶望の中で、鍛錬をすることだけは忘れていなかった。特に会津に来て以降は、一日の半分を鍛錬にあてている。
城外から法螺貝の音が聞こえてきた。それに反応して、城外の兵が慎重に向かってくる。総勢四万になろうかという兵士達の足音だけで、明成は鳥肌が立つのを感じた。
(あれだけの兵士が、わしのために動いておるのじゃ…)
この首を切り落とすために。そう考えると、楽しくて仕方がない。
「良いか。殺して、死んで、殺して、死ぬのじゃ!」
明成の掛け声に、少ない兵が喜色満面に応じた。
最初に突入したのは、今回も南部勢であった。
門の中に入って、城郭に向かおうとしたところで加藤勢の抵抗に遭う。
「敵は少ない! 落ち着いてあしらうのだ!」
利直はそう指示を出すが、相手は全員、その場で死ぬ覚悟ができている者であり、その抵抗ぶりは半端ではない。たちまち最初に突入した数十人は蹴散らされる。
「むむ…これは強いのう」
利直が認識を改めた時、横から相馬勢が向かっていく。
「敵は強いぞ! 気をつけられよ!」
かけた声は全く功を奏さず、南部勢と同じように向かっていった相馬勢は、南部勢と同じように蹴散らされた。
「死体が邪魔で戦いにくいのう」
最初の数回の攻撃を跳ね返した明成は、周囲を確認して舌打ちをした。
敵兵があちこちに転がっており、動きにくくて仕方がない。ここで無理やり戦おうとしては、鉄砲の的になる可能性もある。
「やむを得まい。少し下がるか」
明成は配下とともに半町ほど後退して、そこで迎え撃つ。
城外にいた松平忠輝は、遅々として進まない軍に苛立ちを感じ始めていた。
「どうなっているのだ?」
前の方に出て行く。
「敵の抵抗が激しく、中々進むことができません」
「うむむ…。覚悟のほどが違うか」
敵軍は間違いなく、この場で死ぬつもりである。しかし、味方は勝利寸前であるので命が惜しい。結果、最初に激しい抵抗を受けて萎えてしまった部分があった。
「城内に入ると、鉄砲も使えんからのう。加藤め、小賢しいことを」
「上杉隊が後背を突くまで待ってはいかがでしょう?」
「馬鹿を申すな。これだけ兵力の差があるのに何で後ろの味方を期待しなければならないのだ。ええい、もういい」
忠輝は埒が明かない状況に業を煮やし、自分の隊へと戻った。
「良いか! この戦いは戦国最後の戦だ! この戦いで名を成さねば、二度と活躍の舞台はないと思え! 武士として生まれたのなら、華々しく戦ってみせよ!」
自分達の兵士を連れて、前進していき。
「わしらが進む。どけい!」
前で詰まっている部隊を押しのけて、城内へと入っていった。
加藤側にも、相手の攻撃の質が変わったことは分かった。
「あれは…高田の松平隊か」
これまでの部隊は跳ね返されたり、多くの味方が死ぬと慄いて後退したりしていくところがあったが、松平隊は構わず乗り越えてくる。そうなってくると、数に劣る加藤側は疲れもあって次第に押されていく。
そんな中でも、加藤明成だけは槍を振り回し、所せましと駆けまわる。
松平忠輝はその様子を遠目に見ていた。
「あの細長い兜の男、敵ながらとんでもない体力よのう」
「…どうやら、あれが加藤明成のようです」
「何? 本人が最前線まで来ておるのか?」
松平忠輝は絶句した。嬉々として槍を振るっている姿に、うすら寒いものを感じる。
「ええい、痴れ者に付き合ってなどおれぬ。鉄砲で始末してしまえ」
「ははっ!」
指示に従い、鉄砲を携えた者が数人やってきた。それまでなら明成に近侍していた兵が食い止めていたのであるが、松平勢の攻撃によって彼らも倒れており、明成は一人だけ残っている状況であった。
「撃て!」
合図とともに銃声がこだました。
右から左に槍を振り下ろした瞬間であった。
「…ぐおっ!?」
突然、猛烈な圧力を感じ、明成は吹き飛ばされたように感じた。
実際には二歩ほど後退しただけであったが、壁まで飛ばされたように感じた。
そのまま、足元が滑り背中から地面に落ちる。
立ち上がろうとしたが、上体が重い。視線を落とすと、数発の弾が鎧の中へと突き進み、そこから出血している様子が見えた。
(どうやら、ここまでか…)
楽しかった。明成はそう感じた。最後にやりたいことをすべてやれた。そうした達成感もあった。
(去年からもっと賢くやっていれば、もっと暴れられたかもしれんがのう…)
そこに悔いはある。しかし、やるべきことはやった。
明成は最後に空を見上げた。
磐梯の晩秋の空は、抜けるように青かった。
その日のうちに戦いは終わった。
城方は五百人が全員討死し、包囲方も八百人以上が戦死するという大激戦となった。
疲れ果てた様子の将が集まっているところに、忠輝が明成の首をもって戻ってきた。
「お見事でござりましたな」
「苦労しました」
忠輝はそう言って、首実検の場に提示する。
「こやつ、笑っておりますな」
上杉景勝が明成の首を見て、呆れたような声をあげた。
「全く理解に苦しむ男です。死ねば極楽に行けるとでも思っていたのでしょうか」
忠輝は吐き捨てるように言って、政宗を見た。
「義父上、加藤嘉明については我が高田で預かることといたします」
「おまえが…?」
「謀反人の父とはいえ、加藤殿に非はないことは百も承知。しかし、江戸に行かせると何が起こるか分かったものではありませんからな。怪しい者同士、つるんでおくということで承知おきください」
「こやつ…」
政宗がニヤリと笑う。
「それでは、それがしは高田へ戻りますので」
忠輝は最後まで残ることはなく踵を返した。そのまま自軍を連れて、西への道を進んで行った。
「殿、殿!」
早朝、利直は部下の大声で目を覚ます。
「何じゃ。まだ出撃には早いだろう?」
「そうではありません。城門が!」
「城門が?」
南部利直は寝ぼけ眼ではあったが、とにかく着替えて前線へと出て行った。
その前方に、無造作に開け放たれている猪苗代城の城門が見えた。
「これは…一体?」
入ってこいといわんばかりである。
「分かりませんが、先程開け放たれました」
「加藤め…。来るなら、来いということか」
「いかがいたします?」
「どうせもう一刻もすれば総攻撃だ。南部だけ先走る必要もあるまい」
卯の刻。
半分以上の軍が猪苗代城の城門の前に移動してきていた。
「城門を開け放つとあっては罠も考えるべきだが、加藤明成は策を弄するようなことはできぬであろう」
伊達政宗は全軍攻撃を主張したが、上杉景勝が。
「はい。ただ、だからといって城門のみに全軍を集めるのは危険です。その他のところからも攻撃をするべきかと」
と、一点攻撃に危惧を唱えたため、他の門にも回ることになったのである。
松平忠輝も正門の前に移動してきた。
加藤明成も様子を見て、満足げに笑う。
「そうじゃ。正門から大勢でなだれこんでくればいいのじゃ」
明成は勝つということを考えていない。包囲側の事情などもどうでもいい。ただ、一人でも多く道連れにしたいだけである。
そのため、当初は、城門を開いて華々しく出撃することも考えたが、その場合、鉄砲隊の的になって戦う前に全滅してしまう危険性があった。それを避けるために城門を開いて、敵を中に導くことにしたのである。狭い門に大勢密集するとなれば、その分斬りやすい。
「この時を待ちわびていた…」
この一年、幽閉されてから明成は絶望の中で、鍛錬をすることだけは忘れていなかった。特に会津に来て以降は、一日の半分を鍛錬にあてている。
城外から法螺貝の音が聞こえてきた。それに反応して、城外の兵が慎重に向かってくる。総勢四万になろうかという兵士達の足音だけで、明成は鳥肌が立つのを感じた。
(あれだけの兵士が、わしのために動いておるのじゃ…)
この首を切り落とすために。そう考えると、楽しくて仕方がない。
「良いか。殺して、死んで、殺して、死ぬのじゃ!」
明成の掛け声に、少ない兵が喜色満面に応じた。
最初に突入したのは、今回も南部勢であった。
門の中に入って、城郭に向かおうとしたところで加藤勢の抵抗に遭う。
「敵は少ない! 落ち着いてあしらうのだ!」
利直はそう指示を出すが、相手は全員、その場で死ぬ覚悟ができている者であり、その抵抗ぶりは半端ではない。たちまち最初に突入した数十人は蹴散らされる。
「むむ…これは強いのう」
利直が認識を改めた時、横から相馬勢が向かっていく。
「敵は強いぞ! 気をつけられよ!」
かけた声は全く功を奏さず、南部勢と同じように向かっていった相馬勢は、南部勢と同じように蹴散らされた。
「死体が邪魔で戦いにくいのう」
最初の数回の攻撃を跳ね返した明成は、周囲を確認して舌打ちをした。
敵兵があちこちに転がっており、動きにくくて仕方がない。ここで無理やり戦おうとしては、鉄砲の的になる可能性もある。
「やむを得まい。少し下がるか」
明成は配下とともに半町ほど後退して、そこで迎え撃つ。
城外にいた松平忠輝は、遅々として進まない軍に苛立ちを感じ始めていた。
「どうなっているのだ?」
前の方に出て行く。
「敵の抵抗が激しく、中々進むことができません」
「うむむ…。覚悟のほどが違うか」
敵軍は間違いなく、この場で死ぬつもりである。しかし、味方は勝利寸前であるので命が惜しい。結果、最初に激しい抵抗を受けて萎えてしまった部分があった。
「城内に入ると、鉄砲も使えんからのう。加藤め、小賢しいことを」
「上杉隊が後背を突くまで待ってはいかがでしょう?」
「馬鹿を申すな。これだけ兵力の差があるのに何で後ろの味方を期待しなければならないのだ。ええい、もういい」
忠輝は埒が明かない状況に業を煮やし、自分の隊へと戻った。
「良いか! この戦いは戦国最後の戦だ! この戦いで名を成さねば、二度と活躍の舞台はないと思え! 武士として生まれたのなら、華々しく戦ってみせよ!」
自分達の兵士を連れて、前進していき。
「わしらが進む。どけい!」
前で詰まっている部隊を押しのけて、城内へと入っていった。
加藤側にも、相手の攻撃の質が変わったことは分かった。
「あれは…高田の松平隊か」
これまでの部隊は跳ね返されたり、多くの味方が死ぬと慄いて後退したりしていくところがあったが、松平隊は構わず乗り越えてくる。そうなってくると、数に劣る加藤側は疲れもあって次第に押されていく。
そんな中でも、加藤明成だけは槍を振り回し、所せましと駆けまわる。
松平忠輝はその様子を遠目に見ていた。
「あの細長い兜の男、敵ながらとんでもない体力よのう」
「…どうやら、あれが加藤明成のようです」
「何? 本人が最前線まで来ておるのか?」
松平忠輝は絶句した。嬉々として槍を振るっている姿に、うすら寒いものを感じる。
「ええい、痴れ者に付き合ってなどおれぬ。鉄砲で始末してしまえ」
「ははっ!」
指示に従い、鉄砲を携えた者が数人やってきた。それまでなら明成に近侍していた兵が食い止めていたのであるが、松平勢の攻撃によって彼らも倒れており、明成は一人だけ残っている状況であった。
「撃て!」
合図とともに銃声がこだました。
右から左に槍を振り下ろした瞬間であった。
「…ぐおっ!?」
突然、猛烈な圧力を感じ、明成は吹き飛ばされたように感じた。
実際には二歩ほど後退しただけであったが、壁まで飛ばされたように感じた。
そのまま、足元が滑り背中から地面に落ちる。
立ち上がろうとしたが、上体が重い。視線を落とすと、数発の弾が鎧の中へと突き進み、そこから出血している様子が見えた。
(どうやら、ここまでか…)
楽しかった。明成はそう感じた。最後にやりたいことをすべてやれた。そうした達成感もあった。
(去年からもっと賢くやっていれば、もっと暴れられたかもしれんがのう…)
そこに悔いはある。しかし、やるべきことはやった。
明成は最後に空を見上げた。
磐梯の晩秋の空は、抜けるように青かった。
その日のうちに戦いは終わった。
城方は五百人が全員討死し、包囲方も八百人以上が戦死するという大激戦となった。
疲れ果てた様子の将が集まっているところに、忠輝が明成の首をもって戻ってきた。
「お見事でござりましたな」
「苦労しました」
忠輝はそう言って、首実検の場に提示する。
「こやつ、笑っておりますな」
上杉景勝が明成の首を見て、呆れたような声をあげた。
「全く理解に苦しむ男です。死ねば極楽に行けるとでも思っていたのでしょうか」
忠輝は吐き捨てるように言って、政宗を見た。
「義父上、加藤嘉明については我が高田で預かることといたします」
「おまえが…?」
「謀反人の父とはいえ、加藤殿に非はないことは百も承知。しかし、江戸に行かせると何が起こるか分かったものではありませんからな。怪しい者同士、つるんでおくということで承知おきください」
「こやつ…」
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