【完結】かわいい彼氏

  *  ゆるゆ

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……え……

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「陸上部、真剣にやってみない?」

 部員の子たちが誘ってくれたのだけれど、遥斗は首をふる。

「ひとりでのんびり走るのが、すきみたい。ごめんね」

 しょんぼり眉をさげる遥斗に、皆は意外そうに顔を見合わせる。

「遥斗って、皆とさわいでるイメージだけど」

「皆と練習したほうが頑張れるタイプなのかと思ってた」

「いつも皆といるから、走るのはひとりがすきみたい」

 皆に言ったのは、遥斗のほんとうの気もちだ。


 たくさんの人と切磋琢磨したり、一番になりたいと歯を食いしばって頑張ったりすることを、遥斗はあまり楽しいと思わなかった。

 あの幼稚園の運動会で一番になって、ぴかぴかの星を首にかけてもらっていたら、『はるくん、すごいね!』皆にほめてもらっていたら、遥斗は今も一番になりたいと頑張っていたのかもしれない。

 あんなに一番になりたかった気もちは、ビリになって涼真が手をつないでくれたから、おかあさんが、おとうさんが抱きしめてくれたから、しゅわしゅわ泡になった。


 ひとりで桜並木を走るほうが楽しい。

 風の匂い、土の香り、雨の気配、空のひかり、木洩れ日の揺らめき、感じながらのんびり駆けるほうが、すき。




 遥斗は毎日、涼真といっしょに登下校し、ゲームにばかりつぎ込んでいたお小遣いを、チョコレイト作りにつぎ込むようになった。

 練習に練習を重ねて、4年生、5年生とあげたチョコレイトは少しずつ、ましになってきたと思う。

「おいしー」

「じょうずになった」

 いつもあまり表情の動かない涼真が笑ってくれるから、遥斗はバレンタインが、だいすきになった。


 涼真のためにチョコレイトを作るのが、うれしい。涼真を思って溶かすチョコレイトが、とろけるようにあまい。

 毎年、チョコレイトをあげるたび『りょーくん、だいすき』が降りつもる。

 6年生のときも、勿論つくろうと張りきっていたら、おとうさんに聞かれた。

「はる、涼真くんはとても頭がいいんだろう? 中学受験、するのかな」


 いっしょの中学に通うとばかり思っていた遥斗は、硬直した。




「……中学、受験……?」


「私立か国立、このあたりだと国立のほうが偏差値が高いよね。学費も無料だし。涼真くんなら、国立も狙えるんじゃないかしら」

 にこにこするおかあさんにも、おとうさんにも、悪気なんてちっともないのだろう。息子を絶望に突き落としたことなんて、知らないのだから。

 ……いや、教えてもらって、よかった。
 全然知らなくて突然くるお別れより、ずっといい。

 涼真と一緒の中学に通うために勉強する! という選択肢は、残念ながら遥斗にはなかった。

 一緒のクラスになると、どれだけ涼真がすごいかがわかる。遥斗も真面目に勉強しているけれど、理解力とか、打てば響く回答とか、けた違いだな、と幼いながらに思った。

 おなじ学校に行くのは、がんばっても難しそうなのに、もう6年生の冬だ。勉強をする期間もない。

 遥斗にできるのは、笑って見送ることだけだ。


 中学が離れて、登下校も一緒じゃなくなったら、隣人というだけでチョコレイトを持っていくのは、ちょっとおかしいだろう。

 きっと、これがりょーくんに渡す、最後のチョコレイトになる。


 心をこめて、遥斗はチョコレイトを作った。

 ボッコボッコではなくなったけれど、まだちょっといびつなのは、遥斗がちょっと不器用だからだと思う。味は……まあ、食べられる。たぶん。

 2月14日、バレンタインの日は、近くの中学の受験も合格発表も入学手続きも終わってしまっているだろう。

 さみしさと切なさでいっぱいになった遥斗を追いつめるように、あっという間に最後のバレンタインがやってくる。



 一生懸命作ったチョコレイトが、ランドセルのなかで、カタカタ揺れた。

 いつもバレンタインの日は、緊張する。

 りょーくんの笑顔が見られるかと、チョコレイトを作るときから、どきどきして、わくわくする。

 熱い頬と、ふるえる指と、跳ねる鼓動と、ちいさな包みと、かわいいリボンに彩られる日だ。


 それも、最後だ。



 引き絞られるように、胸が痛い。

 今まで感じていた切なさとか、痛みとかが、お遊戯だったような気さえした。


 もう、一緒に登下校できない。

 もう、りょーくんの傍に、いられない。


 まだあと3年は、一緒だと思っていた。
 高校は違ってしまうだろうけれど、中学は並んで、できたら手をつないで、登下校できるのだと信じていた。

 いつ涼真が『もうやめる』言いだすかもしれなかったのに、どうして。

 ずっと、隣にいられると、信じていたのだろう。



 ランドセルのなかで、カタカタ音がする。

 遥斗の『りょーくん、だいすき』がつまったチョコレイトが、揺れている。

 鳴るたびに、遥斗の心は、ひしがれた。


 バレンタインは、一年で、いちばん楽しみな日だった。
 とても、とてもめずらしい、涼真の笑顔が見られる日なのに。
 涼真が遥斗に、チョコレイトをくれるかもしれないのに。



 ──……もう、おしまい。


 思うだけで、一緒にいられる今まで、絶望に塗りこめられてゆく。







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