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あげる
しおりを挟む最後のバレンタイン、それは遥斗にとってだけではなく、涼真を慕うすべての人にとって、そうだったらしい。
白王を受験して合格できるだろう人は、第一中学で涼真だけだと思われるからだ。学年で2位や3位、上位の人たちが受験に行くと聞いていたけれど、合格はあやしいらしい。
手の届かない高校へ行ってしまう涼真が、今は手の届くところにいてくれる。
これが、最後のチャンスだ。
皆、そう思ったのかもしれない。
涼真の隣にいる遥斗を押し退けるように、女の子たちが駆けてくる。
「一条くん、これ──!」
「もらってください!」
「ずっと、すきでした!」
校門をくぐる前からチョコレイト攻撃がはじまった。
「おかえし、しない」
いつもの涼真の台詞に、皆がうなずく。
「もらってくれるだけで、いいの」
「ありがとう、一条くん」
涙のにじむ瞳で渡されるチョコレイトを突き返さないのは、涼真のやさしさだ。
あっという間に涼真の両手はチョコレイトでふさがった。
「なあ一条、俺は一条の紙袋係じゃないんだぞ!」
担任の先生が、泣きながら涼真に特大の紙袋を恵んでくれた。
ふつうなら、下駄箱や机や鞄のなかに、こっそりチョコレイトを忍ばせる(でもこれ犯罪っぽいよね。勝手に開けたらだめだよ、きっと!)人もいるのだろうけれど、涼真の場合は、袋につめたら、涼真のおとうさんに個人情報を処分されて、フードドライブ行きだ。
バレンタインの翌日に大量のチョコレイトを寄付する一条家は、もうスーパーのフードドライブの常連さんになってしまったので「いつもありがとうございます!」感謝状までもらったらしい。
チョコレイトは子どもたちにも、大人たちにも、大人気なのだそうだ。よかった。いやよくないかもしれないけど……!
そういうわけで、こっそりチョコレイトを忍ばせても涼真には微塵も伝わらないことを学習した人たちは、必ず涼真にチョコレイトを手渡す。
「おかえし、しない」だけだとしても、涼真が自分に話しかけてくれる、唯一の機会だ。
一年で最も涼真が話す日だ。
「うわあ、すげえな、一条」
「次元が違う」
大きな紙袋3つをぶら下げた涼真に、男の子たちは尊敬の目だ。
「やべえ、一条」
いつもの光景、いや年々すごくなってゆく光景も、今日で最後だ。
一日中チョコレイト攻撃を受けた涼真は、いっしょに帰ろうと迎えにいった遥斗に、ほっとしたように、ほんのり唇の端をあげてくれた。
おなじ中学の制服が見えなくなったら、ふたりでいっしょにのばした手をつなぐ。
ぎゅ
いつもより強くにぎってしまうのは、きっと、やきもちだ。
枯れ枝みたいに見える桜の樹々のしたで、涼真は紙袋を肘に寄せて、繋がっていないほうの手を差しだした。
「ん」
催促してくれる涼真がうれしいのも、今日で最後だ。
「今年は、がんばったんだよ」
最後だから。
そっと、涼真のてのひらに、青いリボンをかけたチョコレイトをのせる。
『りょーくん、だいすき』
言えないから、チョコレイトをあげる。
僕の、だいすきを、あげる。
「ありがと、ハル」
はにかむように、涼真が笑ってくれる。
──……友チョコじゃないんだ。
言えないから、涼真の微笑みが、痛い。
「ん」
涼真が、遥斗にチョコレイトを渡してくれる。
愛らしい桜色のリボンが、ふわふわ揺れた。
「ありがとう、りょーくん。大事にするね」
「食べて」
きょとんとする涼真に、遥斗は笑う。
冷凍保存して、一生だいじにする。
最後の、チョコレイトだから。
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