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それでも
しおりを挟む「ゆり、着いた」
低くやさしい声が降る。
……セゥスさまの声じゃない。
むずかるように首をふる僕の頭を、大きなごつごつの手が、やさしくなでた。
……セゥスさまの指じゃない。
ぷっくりふくれた僕は、目を明ける。
広がる光に、瞬いた。
闇色の目隠しを外してくれたみたいだ。
射しこむ陽は紅く、潮の香りがする。
夕暮れだろうか、すべてが茜に染まっていた。
風の吹きぬける部屋だった。
空気がよく通るように気をつけているのだろう。
目の前には白い天蓋のさがる、寝台があった。
ちいさな身体から、くるしそうな息がこぼれる。
駆け寄ろうとした僕は、ようやく手足の拘束が解かれていることに気づいた。
「ほどいて、いいの?」
「……治癒魔法に、邪魔かもしれないから」
目をふせる海に微笑んだ僕は、ふかふかの寝台にうずもれるようなちいさな身体をのぞきこむ。
こぼれる息は速く、身体はとても小さい。
海に、よく似ていた。
「……お、にぃ、ちゃ……?」
開かれた瞳も、海とおなじ、あざやかな青だ。
舌たらずな声に呼ばれた海は、そっと弟の汗に濡れた夜の髪をかきあげた。
「魔法使いのお兄ちゃんを連れて来たんだ。多紀を治してくれるかもしれない」
『希望を言わないで』というのは、ひどいことなのだろう。
つぶれてしまう期待かもしれなくても、ちいさな光があるのと、ないのとでは、きっと、今日生きられるかどうかが、変わってしまう。
ぎゅ
僕は、ちいさな手をにぎった。
……ちょこっとした、すり傷しか治せないことを、ずっとはずかしいと思っていた。
でも、どこか、ほっとしていたんだ。
命の危険のある人に、魔法を使わなくていい。
『お前のせいで……!』糾弾されなくていい。
それはきっと、よわよわ悪役令息にふさわしい、逃げなのかもしれなかった。
でも、僕は
──もう、逃げない。
自分に何かできることがあるなら、がんばってみたい。
力を振りしぼっても、タキくんの命が救えなくても。
泣いても、傷ついても、糾弾されても。
それでも。
「僕、がんばる」
ぎゅ
ちいさな手をにぎりしめるユィリに、海のちいさな顔がゆがむ。
「……さらってきたのに……ありがとう」
海のちいさな声が、涙に揺れる。
うなずいた僕は、海を見あげる。
痛いのがいやとか、言っている場合ではないのです! いやだけど……! 泣いちゃうけど……! それでも。
「僕の魔力は、ちっちゃいの。ほとんどない。だから、水の魔力と光の魔力を補給できる人をおねがい」
「わかった!」
すぐに従僕に指示を飛ばす海を後ろに、僕は多紀の、むくんで苦しそうな顔をのぞきこむ。
「はじめまして、タキくん。僕は、ユィリと言います。治癒魔法が、ちょこっと使えるの。
これから僕の魔力を、タキくんの身体のなかに流して、どこがよくないのか、調べます。ちょっと気もちわるいかもしれないけれど、我慢してくれる?」
驚かせないように、ちいさな声でささやいた。
多紀の大きな青の瞳が、瞬いた。
「……ちゆ、まほ……?」
「僕の魔力は、とってもちっちゃいから、きっとタキくんの身体の負担にならないと思う。いいかな?」
こくんとうなずいてくれる多紀の手をにぎる。
むくんだ、ちいさな手だった。
今、たしかに生きて脈打つ手を、にぎる。
がんばれ、僕の魔力……!
やわらかな緑のひかりが、舞いあがる。
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