悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ

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それでも

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「ゆり、着いた」

 低くやさしい声が降る。


 ……セゥスさまの声じゃない。

 むずかるように首をふる僕の頭を、大きなごつごつの手が、やさしくなでた。


 ……セゥスさまの指じゃない。

 ぷっくりふくれた僕は、目を明ける。
 広がる光に、瞬いた。

 闇色の目隠しを外してくれたみたいだ。

 射しこむ陽は紅く、潮の香りがする。
 夕暮れだろうか、すべてが茜に染まっていた。
 
 風の吹きぬける部屋だった。
 空気がよく通るように気をつけているのだろう。
 目の前には白い天蓋のさがる、寝台があった。


 ちいさな身体から、くるしそうな息がこぼれる。

 駆け寄ろうとした僕は、ようやく手足の拘束が解かれていることに気づいた。

「ほどいて、いいの?」

「……治癒魔法に、邪魔かもしれないから」

 目をふせる海に微笑んだ僕は、ふかふかの寝台にうずもれるようなちいさな身体をのぞきこむ。

 こぼれる息は速く、身体はとても小さい。
 海に、よく似ていた。

「……お、にぃ、ちゃ……?」

 開かれた瞳も、海とおなじ、あざやかな青だ。

 舌たらずな声に呼ばれた海は、そっと弟の汗に濡れた夜の髪をかきあげた。


「魔法使いのお兄ちゃんを連れて来たんだ。多紀を治してくれるかもしれない」

『希望を言わないで』というのは、ひどいことなのだろう。

 つぶれてしまう期待かもしれなくても、ちいさな光があるのと、ないのとでは、きっと、今日生きられるかどうかが、変わってしまう。


 ぎゅ

 僕は、ちいさな手をにぎった。


 ……ちょこっとした、すり傷しか治せないことを、ずっとはずかしいと思っていた。

 でも、どこか、ほっとしていたんだ。

 命の危険のある人に、魔法を使わなくていい。

『お前のせいで……!』糾弾されなくていい。

 それはきっと、よわよわ悪役令息にふさわしい、逃げなのかもしれなかった。



 でも、僕は

 ──もう、逃げない。

 自分に何かできることがあるなら、がんばってみたい。


 力を振りしぼっても、タキくんの命が救えなくても。

 泣いても、傷ついても、糾弾されても。

 それでも。



「僕、がんばる」


 ぎゅ

 ちいさな手をにぎりしめるユィリに、海のちいさな顔がゆがむ。


「……さらってきたのに……ありがとう」

 海のちいさな声が、涙に揺れる。

 うなずいた僕は、海を見あげる。


 痛いのがいやとか、言っている場合ではないのです! いやだけど……! 泣いちゃうけど……! それでも。

「僕の魔力は、ちっちゃいの。ほとんどない。だから、水の魔力と光の魔力を補給できる人をおねがい」

「わかった!」

 すぐに従僕に指示を飛ばす海を後ろに、僕は多紀の、むくんで苦しそうな顔をのぞきこむ。


「はじめまして、タキくん。僕は、ユィリと言います。治癒魔法が、ちょこっと使えるの。
 これから僕の魔力を、タキくんの身体のなかに流して、どこがよくないのか、調べます。ちょっと気もちわるいかもしれないけれど、我慢してくれる?」

 驚かせないように、ちいさな声でささやいた。

 多紀の大きな青の瞳が、瞬いた。


「……ちゆ、まほ……?」

「僕の魔力は、とってもちっちゃいから、きっとタキくんの身体の負担にならないと思う。いいかな?」

 こくんとうなずいてくれる多紀の手をにぎる。

 むくんだ、ちいさな手だった。

 今、たしかに生きて脈打つ手を、にぎる。



 がんばれ、僕の魔力……!


 やわらかな緑のひかりが、舞いあがる。







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