【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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リィフェル

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「トェル──!」

 崩れ落ちるトェルを抱きとめて叫ぶ自分の声を、リィフェルはどこか遠くで聞いていた。

 月の力が、いかずちのように、ほとばしる。

 ……これほどの感情が、これほどの力が、自分のなかにあったのか。

 まるで自分ではない、別の精霊のような気さえした。



 リィフェルは感情の薄い精霊だ。
 周りからもそう言われてきたし、自分でもそう思っていた。

 論理的に説明されることは納得するし理解も早いが、感情的な問題や精霊の機微には疎い。

 皆が何をそんなに憤慨するのか、わからなかったし、なぜ精霊の力をあふれさせ、きらきらしてまで喜ぶのかも、わからない。

 世界は不思議に満ちている。
 それを日々実感するという意味では面白くもあったが、精霊づきあいに疲れたリィフェルは緑のきみに許可をもらって、森の奥に小さな庵を構えた。

 訪ねてくるのはアライアとノォナくらいだ。
 静かな暮らしを気に入っていた。
 心乱されるなど、最も厭わしいことだった。

 ……そのはずだったのに。



 月の輝く夜だった。

 力の満ちる清かな夜に、リィフェルは時折、散歩に出かける。
 めずらしく気が向いて、のぞいた下界で、濁流にのまれた、ちいさな命が消えようとしていた。

 次の瞬間、伸ばされた指を、つかんでいた。


 ちいさな手だった。

 とても、ちいさな。

 生きていることさえ、心配になるほどの。


 弱々しく途切れてゆく、ちいさな息に
 ぬくもりが消えてゆく、ちいさな身体に

 生かしたいと思った。

 生きてほしいと祈った。


 まるで、哀願のように。

 まるで、天啓のように。



 魔族の血が流れているかもしれぬ人間の子を拾って、育てる。
 それはリィフェルが思うよりずっと、禁忌であるらしい。

「捨ててこい!」
「けがらわしい!」
「次代の月のきみともあろう者が、何をしている!」

 庵までやってきて指弾する者まであった。

 アライアが心配してくれるのは、わかったが

「トェル」

 自らの名の一部を分けたとき、リィフェルは父になったのだと思う。

『トェルの、おとうさん』

 それは、今までのリィフェルとは別の生き物であるようだった。



 トェルのちいさな指と手をつなぐ、ただそれだけで精霊の力があふれた。

 なぜ皆が無意味にきらきらするのか、わからなかったリィフェルは、ようやく理解した。

 心が動くと、その思いに応えるように力が揺れる。
 きらめきとなって、現れる。
 止めようとして、止められるものではなかった。


 たかく澄んだ愛らしい声をたててトェルが笑うたび

「おとーた」

 呼んでくれるたび、リィフェルの胸は、あまやかな蜜の糸で縛りあげられるような痛みを覚えた。

 ほんの少し前のリィフェルなら、不快だと切って捨てそうなトェルへと向かう想いを、いつくしむようになったのは、いつからだろう。


「おとーた」

 呼ばれるたびリィフェルのなかに生まれゆく感情は、芯からリィフェルを揺さぶった。


 ずっと、トェルの傍にいたい。

 笑ってほしい。

 手をつないで、きみがすこやかに長じてゆくのを見守りたい。



 とてもささやかに思える願いが、これほどまでに難しいなんて。



 一瞬でも長く生きてほしかったのに。

 月の水だけなら、もう少し生きられたかもしれないのに。


 ──……リィフェルは、間違った。



「トェル──!」


 きみを抱きしめる腕が、ふるえてる。





 どうか、いなくならないで。


 きみが、いないと

 世界が、終わる気がする。






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