【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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こい?

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 すこやかに、僕は生きた。

 僕の主食は、月の水だ。
 緑のきみフォスァルトが時折、森の奥にたたずむリィフェルの庵にやってきて、精霊界の小さな桃をくれる。

 精霊樹の実ほどの清浄さはないものの、精霊界にのみ生える薄紅に輝く桃の樹、精桃の実だ。
 魔族は勿論、人間が食べると死ぬという。

「喰えるなら、精霊界にいてもいい」

 鼻を鳴らすフォスァルトが精桃の実を恵んでくれるおかげで、僕とおとうさんは表立って批難されなくなった。

 わかっているから、死をもたらすかもしれぬ果実に、僕はいつも丁寧に頭をさげる。

 下界に時折、連れて行ってくれるアライアが教えてくれた。
 人間はお礼や謝罪をするときに、頭をさげるらしい。

 精霊にはないこの習慣は、人間としての分をわきまえていると、大抵の精霊がよく思ってくれるようだった。
 僕が頭を低くすると、精霊たちは、えらくなったような気がして、胸がすくらしい。

 そんなことで、おとうさんの傍にいられるなら、いくらだって頭をさげる。



「いちゅも、あーと、です」

 リィフェルの庵を囲む深い緑の樹々に、朝のこもれびがちらちら揺れる。

 舌足らずな声でお礼を言った僕は、ちいさなてのひらに桃の実を受け取った。

 くうらりするような、あまい香りが、辺りをはらうような清浄が、立ちのぼる。


「……トェル、おっきくなってないか?」

 緑の眉を寄せるフォスァルトに、僕はうれしく胸を張る。

「おとーた、ふぉーと、おかげ」

 アライアが教えてくれる人間とは明らかに違う速さで、僕は成長しているらしい。

 精霊界と人間界では、時の流れが違うからかもしれない。
 月の加護と月の水、精霊樹の実と精桃の実、陽と緑の祝福もあるからかもしれない。

 ちょこっと大きくなった僕は、よちよち歩きを卒業した。

 リィフェルの隣に並ぶと、ぽてぽて、よれよれ歩いているようにしか見えないと思うし、舌足らずはどうしようもないが、お水をくんだり、リィフェルの衣を用意したりはできるようになってきた。

 誇らしく胸を張る僕に、フォスァルトは吐息する。

「あまり人間らしくなさすぎると、魔族だと言われる。気をつけろ」

 フォスァルトは、いつも、きびしい。
 とびきり、やさしい。

 僕は顔をひきしめた。

「あい。
 あーと、です」

 ていねいに頭をさげたら、フォスァルトは鼻を鳴らす。

「卑屈に見えるから止めろ。お前は精霊樹の実を喰っても生きたんだ。胸を張れ!」

「あい!」

 ぴしりと立った僕の後ろの庵から、おとうさんが顔をのぞかせた。


「フォスァルト、トェルはまだちいさいんだ、あまり厳しくしないでくれないか」

 不満げに、とがる唇に、緑のきみが眉をしかめる。

「出た、あほ親!」

「…………ひどくない?」

 月の眉をさげるリィフェルの後ろで、毎日遊びにくるアライアが、お腹を抱えて笑ってる。


「お前はトェルを、あまやかしすぎだ!」

 指されたリィフェルは吐息する。

「いくら緑のきみとはいえ、指すのは失礼だぞ、フォスァルト」

「お前に失礼を説かれたくない! 精霊界、至高五天に、なんだその頭の高さは!」

 反りかえったリィフェルが、胸を張る。

「至天な母上の次に、私が強いから」

「ぐぅ──!」

 うなるフォスァルトを支えるように、ノォナが駆け寄った。

「おばあさま、負けないでください!
 リィフェルはトェルを可愛がりすぎです! ここは至高五天として、ビシっとご指導を!」

「ノォナが強引にリィフェルを口説くから、僕が譲歩する羽目になっているんだぞ!」

 しかられたノォナが胸を張る。

「こんなにかっこいーリィフェルに、せまらないなんて、できません!」

 誇らしそうなノォナに、アライアは苦い顔になった。

「びょーきだな」

「!」

 病気というのは、命を危うくすることもあるらしい。
 人間は、 病気になると動けなくなり、死んでしまうこともあるという。

「のー、くるし?」

 心配でノォナをのぞきこむ僕に、アライアが吹きだして笑う。

「『恋のやまい』って言ってな、リィフェルが大すき過ぎて、おかしくなっちまうってことだ」

「……こい?」

 首をかしげる僕と一緒に、リィフェルも不思議そうに月の瞳を瞬いた。



 見あげるおとうさんの月の髪が、森を渡る風にさらさら揺れる。

 僕を見つめて、やわらかに微笑んでくれるおとうさんが、月のひかりをまとうように瞬いた。


 そのきらめきをこの目に映せるなら、何を失くしてもいい。



 ──この狂おしさは、なんと呼ぶのだろう。

 家族になってくれたリィフェルに、おとうさんに捧げるこの気もちは、なんて名づける?



 精霊界すべてのきらめきを集めても、僕をのみこんで、果てしなく広がってゆく気もちに、追いつかない気がした。

 指が、背が、ほんのすこし大きくなるたび、おとうさんを想う気もちも大きくなってゆく気がする。



 おとうさんに近づくたび、僕の胸はとくとく翔た。


 おとうさんの腕に抱きあげられるたび

 おとうさんの香りに包まれるたび

 おとうさんのぬくもりに包まれるたび


 ぽわぽわ僕の 頬は、熱くなり

 とくとく僕の胸は、音を鳴らす。



 おとうさんへと 向かう音を。

 あなたへの想いを、 告げる音を。







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