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たね
しおりを挟む「ほら、喰え、トェル。せっかく持ってきてやったんだ」
フォスァルトにうながされた僕は、手のなかの桃を大事に包んだ。
「あーと、です」
リィフェルが止める間もなく、僕は薄紅の果実に歯を立てる。
あまいあまい蜜が口のなかに広がり、一瞬で溶けてゆく。
身体の奥から清浄な風が吹き渡り、こびりついていた泥が洗われるような清々しさが、指先まで満ちてゆく。
「……ほんとに平気だな」
フォスァルトが不思議そうに僕の目をのぞきこむ。
瞬いた僕は、食べた果実から出てきた幹色の珠を、てのひらで転がした。
「まんなか、はい、てる」
首をかしげる僕に、フォスァルトが教えてくれる。
「種という」
「たね」
「植えると芽が出て樹になり、桃ができる」
ぴょこんと僕は、跳びあがる。
「たね、うえゆ?」
「土を掘って、そこに種をうめる」
ぴょこんと僕は、跳びあがる。
面白そうにアライアとノォナが吹きだして、リィフェルはとろけるように月の瞳を細めた。
その瞳を見あげるだけで、僕の頬は熱くなる。
「おとーた、ほって、うめゆ、いー?」
きらきらしたおとうさんが、うなずいてくれる。
「ああ、うん」
「すきにしろ」
フォスァルトも、うなずいてくれた。
「あーと、です」
ていねいにお礼を言った僕は、食べた桃のちいさな種を、大事にてのひらに包んだ。
あちこちを見回し、おっきな樹が育ってもいいようにリィフェルの庵の裏に陽当たりのよい場所を見つける。
樹が大きくなって実がなってくれたら、フォスァルトが持ってきてくれなくても、だいじょうぶになる、と思う。
ちいさな指で土を掘り、種を埋め、ぽふぽふ土をかける。
「おっき、なゆ」
やさしく土をなでると、種がほんのり応えてくれた気がした。
「生えないと思うよ」
笑顔のノォナの言葉に、しょんぼり落ちた僕の肩を抱いたリィフェルのまなじりが切れあがる。
「トェルをいじめるのを止めてくれ」
「い、いじめてないよ、真実を教えてあげただけ!
だって何日も水をあげても生えなくて、がっかりするよりましでしょ?」
おごそかに、誇らしげに、ノォナは告げる。
「緑の精が植えないと、精霊界に植物は宿らない。
精霊なら、みんな知ってる」
愕然と目を見開く僕に、おとうさんが目をふせる。
……真実だ。
息をのんだ僕は、倒れるようにしゃがみこむ。
……僕が植えてしまったから、この子はもう、 決して芽をだすことはできない。
「……ごめ、なさ……ぼく、の、せぃで……」
──殺された。
僕の涙が、種をうずめた地に落ちる。
「──っ! トェル!」
抱きあげて頭をなでてくれるおとうさんに、ノォナのちいさな顔が歪む。
フォスァルトは吐息した。
「あまやかしすぎだ、リィフェル。親というのは、厳しい試練を子に課すものなのだぞ」
フォスァルトの言葉が信用できないのだろう、アライアをふりかえるリィフェルに、フォスァルトが鼻を鳴らし、アライアは笑った。
「緑のきみは正しい。厳しくとも真実を告げることは大切だ。
獅子は子を谷底に突き落とし、這いあがってきたものだけを育てるというぞ。……ほんとの獅子は皆を可愛がって育ててるけど」
後半のつぶやきは聞こえなかったらしいおとうさんが、僕の涙の瞳をのぞきこむ。
「無理」
ぎゅう。
抱きしめられた僕の頬が、熱くなる。
そっと腕をまわすおとうさんの背は広やかで、涼やかなのに甘い香りに包まれる。
「リィフェル限定だが、魔性の子どもなのは間違いないな」
ため息をつくフォスァルトに、ノォナが緑の眉をつりあげる。
「おばあちゃん、ここはビシっと厳しく!」
「ノォナが言えば」
ため息が深くなるフォスァルトに、ノォナが叫んだ。
「僕の言うことなんて、リィフェルは全然、聞いてくれないよー!」
アライアのてのひらが、落ちたノォナの肩を、ぽんぽんしてる。
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