37 / 90
いきが
しおりを挟む「……ふぁ」
射しこむ朝日に起きた僕は、庵を見回した。
リィフェルはすぐに帰ってきてくれると思っていたのに、僕の他の気配はない。かんぬきをかけて、つっかえ棒をしたままだ。
──だからおとうさんが、入れなかった?
あわててつっかえ棒を外した僕は、扉を開ける。まろび出た先には、淡い森が広がっていた。
かんぬきを外して、窓を開ける。
朝の冷たい風が吹きぬけた。
──……おとうさんが、いない。
でもきっと、すぐに帰ってきてくれる。
信じて、僕は待った。
陽はのぼり、中天へとさしかかり、傾いて朱く染まる。
リィフェルは、帰ってこなかった。
あくる日も、その次の日も。
おとうさんは、帰ってこない。
何かあったのではないかと心配で崩れ落ちそうだった僕は、待っても、待っても、待っても帰ってきてくれない義父にようやく悟る。
──……捨てられたのだと。
生かしてくれた。人間界に連れてきてくれた。住むところまで用意してくれた。もう充分すぎるほど、救ってくれた。
痛いほど、わかっているのに
「……ぅ……ぁ……っ」
あふれる涙で、前が見えない。
心が、裂けてゆく。
……どうして、たすけてくれたのだろう。
どうして『そばにいて』言ってくれたのだろう。
あのとき、あなたの腕のなかで死んだほうが、ずっと、ずっと、しあわせだった。
ほんとうのおかあさん、おとうさんに捨てられても、しあわせに生きてゆけるのに。
あなたに捨てられたら、息ができない。
水瓶に残された月の水をすこしずつ飲んで、僕は命を繋いでいた。
生きたいと願ったのではなかった。リィフェルがくれた水だから、飲み干したいと思っただけだ。
毎日、月の水をいただき、前と同じ暮らしをしているのに、骨が浮きはじめた。
おとうさんに捨てられた衝撃が僕を薙ぎ倒すようだった。
ふさがったはずの傷が、開きはじめた。
魔精に裂かれた傷は、草や枝で切った傷とは違うのだろうか。
痛みを抑えてくれていた月の水が尽きると、僕は見る間に衰弱した。
──……せめて、水を。
願っても、沢に汲みにゆく力は、もうなかった。
座っていることもできなくなり、床から起きあがれなくなるのはすぐだった。
僕は布団のなかから開け放たれたままの窓を見あげる。
清かな月が、星の瞬きさえはらうように、夜の天を昇りゆく。
──もとから、天と地よりも違う。
手が届いたことが、ありえぬほどの奇跡だった。
生かしてくれた。
抱きしめてくれた。
笑ってくれた。
それで充分だ。
言い聞かせるたび、息がつまる。
──……捨てられた。
もう、逢えない。
……やっぱり、いらない子だった。
傷よりずっと、心が痛い。
あふれる涙は、とめどなく僕の頬を濡らした。
いつ枯れるのだろうと不思議になるほど、月をみあげるたび涙がこぼれ落ちてゆく。
「……おとーた……」
あなたのお傍で、しあわせでした。
だからこそ捨てられたら、生きる意味も失くしてしまう。
あふれ落ちる涙が川になるより、僕の息が止まるほうが早いだろう。
息もできぬ痛みに心を裂かれるなら、あなたに逢いたくなかった。
──救ってほしくなんて、なかった。
一瞬だけ思ってしまった僕は、首をふる。
もう、いらなくなってしまったのだとしても。
リィフェルが抱きしめて微笑んでくれた事実は、変わらない。
『トェル』
名をつけて、笑ってくれた。
抱きしめて、笑ってくれた。
あなたのぬくもりに、あなたの香りに、あなたの微笑みに、つつまれた。
「……しぁわせ……でした……」
涙と最期を迎えても。
あなたのお傍は、しあわせでした。
僕の意識が遠くなる。
今度こそ、もう二度と開くことのないだろう目を閉じた。
さよなら、世界。
さよなら、おとーた。
964
あなたにおすすめの小説
【完結】かわいい彼氏
* ゆるゆ
BL
いっしょに幼稚園に通っていた5歳のころからずっと、だいすきだけど、言えなくて。高校生になったら、またひとつ秘密ができた。それは──
ご感想がうれしくて、すぐ承認してしまい(笑)ネタバレ配慮できないので、ご覧になるときはお気をつけください! 驚きとかが消滅します(笑)
遥斗と涼真の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから飛べます!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】もふもふ獣人転生
* ゆるゆ
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
もふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しいジゼの両片思い? なお話です。
本編、舞踏会編、完結しました!
キャラ人気投票の上位のお話を更新しています。
リトとジゼの動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントなくてもどなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びにくる舞踏会編は、他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きしているので、お気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話が『ずっと、だいすきです』完結済みです。
ジゼが生まれるお話です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞さまで奨励賞をいただきました。
読んでくださった方、応援してくださった皆さまのおかげです。ほんとうにありがとうございました!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました
* ゆるゆ
BL
王太子のお飾りの伴侶となるところを、侵攻してきた帝王に奪われて、やさしい指に、あまいくちびるに、名を呼んでくれる声に、惹かれる気持ちは止められなくて……奪われて、愛でられて、愛してしまいました。
だいすきなのに、口にだして言えないふたりの、両片思いなお話です。
本編完結、本編のつづきのお話も完結済み、おまけのお話を時々更新したりしています。
本編のつづきのお話があるのも、おまけのお話を更新するのもアルファポリスさまだけです!
レーシァとゼドの動画をつくりました!(笑)
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから飛べます!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる