【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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いきが

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「……ふぁ」

 射しこむ朝日に起きた僕は、庵を見回した。

 リィフェルはすぐに帰ってきてくれると思っていたのに、僕の他の気配はない。かんぬきをかけて、つっかえ棒をしたままだ。

 ──だからおとうさんが、入れなかった?


 あわててつっかえ棒を外した僕は、扉を開ける。まろび出た先には、淡い森が広がっていた。

 かんぬきを外して、窓を開ける。
 朝の冷たい風が吹きぬけた。

 ──……おとうさんが、いない。

 でもきっと、すぐに帰ってきてくれる。

 信じて、僕は待った。



 陽はのぼり、中天へとさしかかり、傾いて朱く染まる。


 リィフェルは、帰ってこなかった。

 あくる日も、その次の日も。

 おとうさんは、帰ってこない。


 何かあったのではないかと心配で崩れ落ちそうだった僕は、待っても、待っても、待っても帰ってきてくれない義父にようやく悟る。


 ──……捨てられたのだと。



 生かしてくれた。人間界に連れてきてくれた。住むところまで用意してくれた。もう充分すぎるほど、救ってくれた。

 痛いほど、わかっているのに

「……ぅ……ぁ……っ」

 あふれる涙で、前が見えない。

 心が、裂けてゆく。



 ……どうして、たすけてくれたのだろう。

 どうして『そばにいて』言ってくれたのだろう。


 あのとき、あなたの腕のなかで死んだほうが、ずっと、ずっと、しあわせだった。


 ほんとうのおかあさん、おとうさんに捨てられても、しあわせに生きてゆけるのに。


 あなたに捨てられたら、息ができない。







 水瓶に残された月の水をすこしずつ飲んで、僕は命を繋いでいた。

 生きたいと願ったのではなかった。リィフェルがくれた水だから、飲み干したいと思っただけだ。

 毎日、月の水をいただき、前と同じ暮らしをしているのに、骨が浮きはじめた。

 おとうさんに捨てられた衝撃が僕を薙ぎ倒すようだった。
 ふさがったはずの傷が、開きはじめた。

 魔精に裂かれた傷は、草や枝で切った傷とは違うのだろうか。
 痛みを抑えてくれていた月の水が尽きると、僕は見る間に衰弱した。

 ──……せめて、水を。

 願っても、沢に汲みにゆく力は、もうなかった。

 座っていることもできなくなり、床から起きあがれなくなるのはすぐだった。

 僕は布団のなかから開け放たれたままの窓を見あげる。

 清かな月が、星の瞬きさえはらうように、夜の天を昇りゆく。


 ──もとから、天と地よりも違う。
 手が届いたことが、ありえぬほどの奇跡だった。


 生かしてくれた。

 抱きしめてくれた。

 笑ってくれた。


 それで充分だ。
 言い聞かせるたび、息がつまる。


 ──……捨てられた。

 もう、逢えない。

 ……やっぱり、いらない子だった。


 傷よりずっと、心が痛い。


 あふれる涙は、とめどなく僕の頬を濡らした。

 いつ枯れるのだろうと不思議になるほど、月をみあげるたび涙がこぼれ落ちてゆく。


「……おとーた……」

 あなたのお傍で、しあわせでした。


 だからこそ捨てられたら、生きる意味も失くしてしまう。


 あふれ落ちる涙が川になるより、僕の息が止まるほうが早いだろう。

 息もできぬ痛みに心を裂かれるなら、あなたに逢いたくなかった。

 ──救ってほしくなんて、なかった。


 一瞬だけ思ってしまった僕は、首をふる。


 もう、いらなくなってしまったのだとしても。
 リィフェルが抱きしめて微笑んでくれた事実は、変わらない。


『トェル』

 名をつけて、笑ってくれた。

 抱きしめて、笑ってくれた。

 あなたのぬくもりに、あなたの香りに、あなたの微笑みに、つつまれた。


「……しぁわせ……でした……」


 涙と最期を迎えても。

 あなたのお傍は、しあわせでした。



 僕の意識が遠くなる。

 今度こそ、もう二度と開くことのないだろう目を閉じた。




 さよなら、世界。


 さよなら、おとーた。






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