【完結】お義父さんが、だいすきです

おかあさん

　リィフェルは夜の闇を貫くように 、襲いかかる異形を見つめた。


『虫も殺さぬ顔をして、素手で屠りにくるとか、魔王か！』

　以前手合わせしたアライアが、精霊の光で、うるうるしていた。

　リィフェルとしては、簡単な話だ。月の精霊の力を凝集させた腕は、伝説のつるぎ以上の硬度と切れ味を誇る武器になる。

　腕を払うだけで、仕留められる。

　間合いを詰めることをためらわぬほど、リィフェルは速い。誰も追随できぬとわかっているからこそできる力業だったが、単純なだけに予備動作も隙も何もない。剣を抜くことさえしないのだ。

　負けたのは、母にだけだ。

　速さを誇るリィフェルは身のこなしも軽い。つま先で地を蹴るだけで全方位に進撃できる。



　まがまがしいものに、ふれたような感触をふり払うように、リィフェルは飛んだ。

　月のひかりにきらめく髪が流れ、うなじへと落ちたときには、襲いかかろうとしていたすべての異形が吹き飛んでいた。

　腐った匂いを撒き散らし、瘴気を噴きあげ消えてゆく。

　リヴァリゼは眉をひそめた。

「……むくろさえ残らぬのか。
　リィ、腕は？　大事ないか」

　腕に目を落としたリィフェルは、いやな感触の正体を知る。

　真っ暗なもやが、腕にまとわりついていた。

「チ──！」

　舌打ちした母が、天の月のひかりをリィフェルの腕へと注いでくれる。

　ジュ──！

　灼熱に焼かれたように白い煙をあげながら、暗いもやが燃えてゆく。

「……瘴気……？」

「リィの腕に残るとは、相当だな」

　眉間にしわを刻んだ母の指が、リィフェルの頬へとのびる。

「気分は？　だいじょうぶか、リィ」

　ぬくもりに思わず頬を寄せたリィフェルは、子どものように甘えてしまった照れくさい頬でうなずいた。

「母上が、すぐ浄化してくれたから」

「よかった」

　背伸びしてリィフェルの頭を抱きしめてくれた、おかあさんの腕が、離れる。


「精霊界が揺らぐ事態になるやもしれん。至高五天には伝えねばならない。……おそらく、トェルは──」

　……殺される。

　魔精はトェルの血をのんだために異形に変化したのかもしれない。可能性だけで、死罪には充分だ。

　精霊界を、精霊を守るため、疑わしきは滅される。

　しかも魔族の血をひくのだろう人間だ。精霊の命と比べると、羽よりも軽い。


　──報告された次の瞬間、トェルは殺される。

　リィフェルが討伐した異形のように。


「──トェルと人間界で暮らす。
　以降トェルを精霊界には立ち入らせない」

　リィフェルの言葉がわかっていたかのように、眉間に谷を刻んだリヴァリゼは吐息した。

「……リィフェルは月の宮に、三日に一度は来るように」

「それは──」

「監視と報告の義務をもって、トェルの生を嘆願しよう」

　きびしい顔に、リヴァリゼは微かな笑みを浮かべた。

　母とおそろいの月の瞳を揺らしたリィフェルは、胸に手をあてる。


「……ありがとう、おかあさま」

　リィフェルの身体から、感謝のひかりが舞いあがる。
　リヴァリゼをつつんで、やさしく消えた。

　母の顔で、リヴァリゼが笑う。


「俺はリィの、かあちゃんだからな」

　母の腕が、抱きしめてくれた。