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陽の宮
しおりを挟む真っ先に頼るのが母だなんて、情けない。
恥じても、リィフェルが心から頼れる精霊も、最も力のある精霊も、母だった。
「母上──!」
すがるのは、二度目だ。
月の宮に音を立てて駆けこむリィフェルに
『連れてくるなど、殺されたいのか』
至高五天の最高峰、至天たる母リヴァリゼは言わなかった。
リィフェルの腕のなかのトェルをひと目見ただけで、すべてを理解したようにつぶやいた。
「……精霊界……いや、月の宮と人間界では、時の流れが、これほどまでに違うのか……」
トェルが生きることを認めてもらうため至天に報告に参ったほんの数刻で、トェルがしんでしまうほど。
「……これは、俺の力のみでは無理だ。人間に……魔族の血を引くかもしれぬトェルに力を貸してくれるかわからぬが……陽の宮に行くしかない」
リヴァリゼが眉間に 谷を刻む。
リィフェルは唇を噛んだ。
母たる月のきみリヴァリゼと、陽のきみの仲がよくないことは知っている。陽のきみの子であるアライアと親しいリィフェルに眉をひそめたこともあった。それでも容認してくれたのは、友を得たリィフェルの雰囲気が、やわらかくなったからだろう。
親は不仲だが、子息は仲がよい。
精霊界の常識とまで言われるほど、母は陽のきみが苦手らしい。
母に無理を言うのは心苦しい。けれどトェルが生きる希望が微かにでもあるなら、すがることしかできない。
「……母上のご心痛を思うと申しわけないが、どうか、我が子のために──!」
嘆願するリィフェルに、リヴァリゼは目を伏せる。
「……我が子、か……」
くしゃりとリヴァリゼがリィフェルの髪をなでた次の瞬間、リィフェルは母とともに陽の宮の前に立っていた。
月の宮が常に夜に包まれているのとは対照に、陽の宮はいつも陽のひかりに満ちている。
精霊にとって眠りは必須のものではないが、リィフェルはいつも落ちつかない。
月の精霊であるからだろうか。リヴァリゼがいつも居心地悪そうにしているからかもしれなかった。
陽のひかりの糸で編みあげられた宮は陽の紋にきらめき、誰もが陽を存分に受けられるよう随所に中庭を設けた広大な造りだ。
月の宮とは違い、陽の宮はすべての精霊に門戸を開き、修練の場にもなっている。それがため、ふらちな輩から陽のきみを守るべく、門にはいつも守護精が立っていた。そのすべてが、わずらわしいと言うリヴァリゼに、リィフェルは心から同意する。
月の宮の静寂とまるで反対のにぎやかさは、まぶしくもあり、へきえきするものでもあった。
陽の宮を守る守護精は、リヴァリゼに目をむいた。次いでリィフェルと、その腕のなかのトェルに息をのむ。
「な──!」
「陽のきみに取りついでくれ。至急だ」
月のきみの言葉に、守護精はうやうやしく胸に手をあてる。
「御意」
守護精がかき消えた次の瞬間
「リヴァリゼ! 来てくれたのか!」
精霊界一凛々しいと謳われるかんばせに喜色をたたえた陽のきみが腕を広げた。
ふわふわ揺れる陽の髪も、きらめく陽の瞳も、伸ばされた腕を彩るように流れる白い衣まで、あふれる陽の力に輝いた。
さっと手を挙げたリヴァリゼに、抱きつくのを阻まれた陽のきみの腕が、ばたばたしている。足まで、ばたばたしていた。かわいいと思う余裕は、今のリィフェルにはなかった。
腕のなかのトェルを掲げる。
「ヒメイアさま、どうか御力をお貸しください。
わたくしにできることなら、どんなこともいたします」
人間に息をのんだ陽のきみヒメイアは、リィフェルの言葉に陽の眉をひそめる。
トェルに落ちた目が、痛ましそうに、そらされた。
「……これ、は……もう……」
「何とかなるだろう、俺とヒメイアの力をあわせれば」
リヴァリゼの言葉に、ヒメイアは目をむいた。
「精霊のための秘術だ、人間に使えば死ぬぞ──!」
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