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それでも
しおりを挟む来る日も、来る日も、リィフェルはトェルを抱きしめた。
月の水をふくみ、そっと口づけて、清水を流しこむ。
トェルのぬくもりを確かめるように、頬を寄せた。
月が細り、満ちてゆく。
陽の周りを、星々が巡る。
一巡、二巡、数えるたび、息がつまる。
宮の外へゆくよう勧めてくれたリヴァリゼも、星々が三巡する頃には、あきらめて何も言わなくなった。
時々リィフェルの様子を見にきて、トェルとともに生きていることを確認される。
くしゃくしゃ頭をなでてくれた。
最初はリィフェルだけだったが、トェルの頭もなでてくれるようになった。
やさしい指が、自分とトェルを祝福するようになでてくれる。
月のひかりが、ちらちらするから、ほんとうに祈りを、祝福をこめてくれているのかもしれなかった。
それでも、トェルは目覚めない。
人間なら、しんでいるなら、きっと、もうとうに腐っている。
トェルの目は明かぬままだが、ぬくもりもそのままだった。
「……あったかいな。やっぱり、大きくなってる?」
ふしぎそうなリヴァリゼに、リィフェルは、胸を張る。
「そうでしょう」
トェルは少しずつ、大きくなっているようだった。
最初は目の錯覚かと思ったが、星々が陽を幾度も巡るうち、見間違いではないと思うようになった。
大きくなる。
それは、生きている証だ。
トェルが大きくなるのに反するように、精霊樹の力は、ほんのすこしずつだが弱まっているらしい。
緑のきみにしかわからぬ程度で精霊たちには知らされていないが、五天審議で問題になっているという。
「魔族を月の宮に、かくまっているからだ!」
見当違いの糾弾が、宮から一歩も出ぬリィフェルの耳にまで届いた。
……月の宮から出たほうがいいのかもしれない、けれど月の力が弱まると、トェルの息の根を止めてしまう気がした。
批難は、母リヴァリゼに集中してしまう。
「気にするな」
おかあさんが、頭をなでてくれる。
「……ありがとう」
胸に手をあてるリィフェルに、リヴァリゼは照れくさそうに笑ってくれた。
リィフェルは、今日もトェルを抱きしめる。
「いい月だよ、トェル」
まるで愛をささやくように、抱きしめた。
僕を、呼んでくれた気がした。
「ト……ル」
やさしい光の方が、つけてくれた名を。
おぼろな遥か遠くで、月のひかりが、ちらちら揺れる。
僕を、呼んでくれている気がする。
でも、行ってはいけない気がした。
なのに、逢いたかった。
抱きしめてほしかった。
笑ってほしかった。
──捨てられたのに。
……いらない子だったのに。
そんなことを、望んではいけないのに。
夢でいい、もう一度。
あなたに、逢いたい。
すがるような願いが、届いたのだろうか。
月のひかりが、降りてくる。
やさしいくちびるが、月の水を運んでくれた。
こくりと喉が鳴る。
……ちゅうだ。
おとうさんの、ちゅうだ。
──逢いたい
どうか最期に、もう一度
すがるように明いた、まぶたの向こうで
「トェル──!」
きらきら光をふりまいて落ちる涙が見えた気がして、トェル、そう、トェルな僕は手を伸ばした。
「……おとー、た……」
かすれて、ひび割れた声は、かきいだかれる。
「トェル……!」
「……なか、……な、で……おと……た……」
精霊だから、涙なんて流れないのに。
こぼれゆくひかりが涙にみえるリィフェルのふるえる肩を、強張る腕で抱きしめる。
「……起き、て……ごめ、なさ……」
「トェルが生きてくれたから──! 息をしてる……!」
抱きしめられた。
おとうさんの香りに、つつまれる。
おとうさんのぬくもりが、しみてくる。
狂おしいほどのよろこびに、満ちてゆく。
──捨てられても
……いらない子でも
それでも、僕は
おとうさんが、だいすきです。
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