【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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きみを

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 リィフェルは、落ちてゆく。

 精霊界を過ぎ、人間界を越えた瞬間、息ができなくなるほどの瘴気が噴いた。


 精霊の身体が、ぶれる。

 ──入れば、命はなくなる。

 直感と体感が教えてくれた。


 ……それでも、逢いたい。



 きみに、逢いたかった。

 きみに、謝りたかった。

 きみを、護りたかった。


 酷い目にばかり遭わせてしまった父を、何もできなかった愚かな父を、やさしさの魂みたいなトェルがもし、もしも、ゆるしてくれるなら。


 もう一度、抱きしめたかった。


「……トェル……!」


 リィフェルは、踏み出した。

 瘴気が、噴きあがる。

 リィフェルを護るように、陽のひかりが立ち昇る。

 あたたかなひかりを、てのひらにつつんだリィフェルは、落ちてゆく。


 世界の、果てへ。






 落ちても、落ちても、先がある。

 終わりのない闇に戦慄したとき、紅いひかりが射した。


 天にかかる、紅い、まるで人の血のように紅い、双つの月に、息をのむ。

 リィフェルに力を与えてくれるどころか、まるで真逆の力で、リィフェルを圧しひしぐようだった。


 陽のひかりが、リィフェルを護ろうと瞬いてくれるのに。

 すさまじい瘴気に……息が、できない。



 見渡す魔界は、広大だった。

 見たこともない真っ暗な植物に覆われ、聞いたこともない奇怪な鳴き声に満ち、おぞましい瘴気が渦を巻く。

 精霊としての生理的な厭悪に、背がふるえそうになる。


「……トェル……」

 ほんとうに、ここに……?

 果てが見えぬほど広い魔界で、ちいさなトェルを、さがす……?

 たった一精で……?


 ──なんと愚かしい、無策だったのだろう。


 ただ、きみを追いかけて落ちてきた。

 他に何も考えられなかった。


 いつだって、リィフェルはそうだ。

 トェルに逢ってからずっと、リィフェルはトェルでいっぱいだ。



 夢中で落ちてきたリィフェルは、夢中でトェルをさがす。

 ──まっすぐに落ちたなら、この辺りのはずだ。


 トェルの気配があるなら、リィフェルには必ず、わかる。

 どんなに遠くても、きっと。



 信じて懸命に探すのに、渦を巻く瘴気に阻まれるように、感覚が遠くなる。

 さがしても、さがしても、トェルがいない。



 ほんの一刻で精霊を滅す魔界の瘴気から護ってくれていた陽のひかりの珠が、真っ暗になった。

 リィフェルに残された時間は、もうない。

 瘴気に蝕まれてゆく身体は激痛を超え、感覚を失くしてゆく。視界が色を失くしてゆく。



 ……なんて愚かに、消えてゆくのだろう。


 きみのことばかり思って。

 きみのそばにいるだけで、しあわせで。

 きみがいないと、息ができない。



 父になったからだと思っていた。

 きみを、こんなに想うのは

 きみを、こんなに慕うのは

 きみの、父だからだと。



 けれど、ほんの少し考えたらわかることだ。

 リヴァリゼは、リィフェルと離れて暮らしても、生きていける。

 リィフェルが命を落としたら、哀しんでくれるかもしれないが、それでも、きっと生きていける。


 でもリィフェルは

 トェルがいないと、生きられない。



 だから来たんだ。

 無為に、命が散るかもしれなくても

 きみの、そばに行きたくて


 ただ、それだけで


 命さえ、投げうってしまうほど



 きみを、あいしてる



 ──……あぁ、そうだ


 これが、きっと、あいしてる






 リィフェルの想いに応えるように、はるか彼方で、ひかりが見えた。

『おとーた……!』

 トェルが、呼んでくれた気がした。

 色を失くした灰の世界で、紅いひかりが燈火のように天へと翔る。


「トェル……!」


 すがるように、最期の力を、ふり絞る。







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