【完結】きみの騎士

  *  ゆるゆ

文字の大きさ
3 / 152

リイの家

しおりを挟む



 リイの家は、秘境と謳われる温泉郷の更に山奥にある。

「最も貧乏ってことだ」

 父ちゃんは肩を落とすけど、山は綺麗だし、怖いし、楽しい。
 畑仕事は大変だけど、芽が出るのも、おっきくなって花が咲くのも、楽しい。
 饅頭を売るのも大変だけど、潰れたりしたのを帰り道に食べるのは最高だ。

 でも今にも潰れそうに傾いた家にルフィスを案内するのは、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 そんなことを思う自分にびっくりした。


「え、えと……こ、ここなんだけど」

 峰々にいだかれるように佇む、藁葺きのちいさな家に、ルフィスはやわらかに目を細める。

「お伽噺の世界みたい。
 素敵だね!」

 瞳を蒼に碧にきらきらさせて、笑ってくれる。
 それだけで、顔が熱くなって、胸が熱い。

 うれしい。

 恥ずかしくて、照れくさくて、顔が笑う。


「う、うん!
 あ、水汲んでくる」

「僕も行く」

 木桶を持った手と反対の手をルフィスと繋いで、近くの湧き水まで案内する。

 家から少し離れた山肌から滴り落ちる水は、この辺り一帯が温泉地なこともあって、温泉の成分が少し入っているみたいだけど、飲んでも美味しい。

 お腹の調子がよくなると、麓からわざわざ汲みに来る人もいる。
 時々水を瓶に入れて売ったりするのだけれど、めちゃくちゃ重いので重労働だ。

 ちょろちょろ流れる水は、木桶に溜まるまでしばらく掛かる。
 ちいさな滝のように流れる水の下に桶を置くリイに、ルフィスは目を剥いた。

「こ、これ、飲めるの?」

「飲んでみる?」

 両手で水を掬って、こくりと飲む。
 冷たい清水の透きとおる山の香が、鼻に抜ける。

「美味しいよ」

「だ、大丈夫なの?」

『絶対お腹壊しそう!』
 リイを気遣って言わないだけで、顔に書いてあるルフィスに、ちいさく笑う。


「怖い?」

「こ、怖くないよ!」

 ぐいと差し出されたルフィスの両の手が、滴り落ちる水に触れる。


「つめた……!」

 びっくりしたみたいに引っ込めた手に、恥ずかしそうにしたルフィスは、またぐいと両手を差し出して水を掬った。

 ルフィスの唇が、透きとおる水に触れる。
 こくりとちいさな喉が鳴った。

「……美味しい」

「でしょ?」

 笑って、木桶に溜まった水を持とうとしたら、ルフィスの手と重なった。


「僕が持つよ」

 微笑んだルフィスが、木桶を持ちあげようとして、真っ赤になる。


「重――!」

「でしょ」

 笑って、ルフィスの手と一緒に透明な水の揺れる木桶を持った。


「すごいね、リイ」

「山暮らしは力仕事が多くて、体力勝負なんだ。
 でも、山がすき。
 空気がきれいで、空が高くて、緑が深くて、生き物の息吹がする」

 天に伸ばした手と笑った瞬間、ひらめいた。


「ルフィス、ここで暮らしたら?
 誰もルフィスがこんなところにいるなんて思わないよ!
 殺されないよ!」

 最高の考えだ!

 熱い頬で笑ったら、ルフィスの瞳が彷徨った。


「……リイに、迷惑が、掛かる」

「そんなことない!
 大丈夫だよ。
 ね? ここにいよう。
 父ちゃんは俺が説得するから!」

 木桶を置いて、ルフィスの手を両手で握る。

 蒼碧の瞳が、揺れた。


「…………リイ」


「わるいのが来たって、俺がルフィスを守る!」

 拳を掲げて、笑った。






しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

処理中です...