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リイの家
しおりを挟むリイの家は、秘境と謳われる温泉郷の更に山奥にある。
「最も貧乏ってことだ」
父ちゃんは肩を落とすけど、山は綺麗だし、怖いし、楽しい。
畑仕事は大変だけど、芽が出るのも、おっきくなって花が咲くのも、楽しい。
饅頭を売るのも大変だけど、潰れたりしたのを帰り道に食べるのは最高だ。
でも今にも潰れそうに傾いた家にルフィスを案内するのは、ちょっと恥ずかしいかもしれない。
そんなことを思う自分にびっくりした。
「え、えと……こ、ここなんだけど」
峰々にいだかれるように佇む、藁葺きのちいさな家に、ルフィスはやわらかに目を細める。
「お伽噺の世界みたい。
素敵だね!」
瞳を蒼に碧にきらきらさせて、笑ってくれる。
それだけで、顔が熱くなって、胸が熱い。
うれしい。
恥ずかしくて、照れくさくて、顔が笑う。
「う、うん!
あ、水汲んでくる」
「僕も行く」
木桶を持った手と反対の手をルフィスと繋いで、近くの湧き水まで案内する。
家から少し離れた山肌から滴り落ちる水は、この辺り一帯が温泉地なこともあって、温泉の成分が少し入っているみたいだけど、飲んでも美味しい。
お腹の調子がよくなると、麓からわざわざ汲みに来る人もいる。
時々水を瓶に入れて売ったりするのだけれど、めちゃくちゃ重いので重労働だ。
ちょろちょろ流れる水は、木桶に溜まるまでしばらく掛かる。
ちいさな滝のように流れる水の下に桶を置くリイに、ルフィスは目を剥いた。
「こ、これ、飲めるの?」
「飲んでみる?」
両手で水を掬って、こくりと飲む。
冷たい清水の透きとおる山の香が、鼻に抜ける。
「美味しいよ」
「だ、大丈夫なの?」
『絶対お腹壊しそう!』
リイを気遣って言わないだけで、顔に書いてあるルフィスに、ちいさく笑う。
「怖い?」
「こ、怖くないよ!」
ぐいと差し出されたルフィスの両の手が、滴り落ちる水に触れる。
「つめた……!」
びっくりしたみたいに引っ込めた手に、恥ずかしそうにしたルフィスは、またぐいと両手を差し出して水を掬った。
ルフィスの唇が、透きとおる水に触れる。
こくりとちいさな喉が鳴った。
「……美味しい」
「でしょ?」
笑って、木桶に溜まった水を持とうとしたら、ルフィスの手と重なった。
「僕が持つよ」
微笑んだルフィスが、木桶を持ちあげようとして、真っ赤になる。
「重――!」
「でしょ」
笑って、ルフィスの手と一緒に透明な水の揺れる木桶を持った。
「すごいね、リイ」
「山暮らしは力仕事が多くて、体力勝負なんだ。
でも、山がすき。
空気がきれいで、空が高くて、緑が深くて、生き物の息吹がする」
天に伸ばした手と笑った瞬間、ひらめいた。
「ルフィス、ここで暮らしたら?
誰もルフィスがこんなところにいるなんて思わないよ!
殺されないよ!」
最高の考えだ!
熱い頬で笑ったら、ルフィスの瞳が彷徨った。
「……リイに、迷惑が、掛かる」
「そんなことない!
大丈夫だよ。
ね? ここにいよう。
父ちゃんは俺が説得するから!」
木桶を置いて、ルフィスの手を両手で握る。
蒼碧の瞳が、揺れた。
「…………リイ」
「わるいのが来たって、俺がルフィスを守る!」
拳を掲げて、笑った。
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