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キール
しおりを挟む「やあァア!」
キールが繰りだす紅い槍が、風を断つ。
速い――!
目を瞠ったリイは紙一重で躱し、槍を突きあげる。
大気を裂く音とともに貫いた切っ先は、風圧でキールの頬を切った。
「くっ――!」
避けられた!
手綱をとり、馬体を反転させる。
シリウスがいななき、蹄が躍った。
宙に浮くシリウスの脚が、青い天を蹴りあげる。
「行こう!」
上体を低くし、駆ける。
頬を風が打ち、耳元で風が鳴く。
シリウスの皮膚の下で躍動する血が、己の熱と溶けてゆく。
大地を揺るがし突き進む蹄の響きが、鼓動になる。
「来い!」
紅い槍を掲げる敵めがけ、突撃する。
死の恐怖も、きみのことさえ、白に溶けて
見えるのは、刃だけ。
銀の切っ先が、一閃する。
重なる槍の衝撃に、腕が痺れた。
止められた――!
息をのむリイに、キールが笑う。
ああ、そうだ。
これは至光騎士戦の決勝戦だ。
キールと決勝戦まで当たらぬようにしてくれた皆の配慮が透けて見えた。
速い。
今までの相手とは、格が違う。
きらきらした宝玉の鎧を纏うのは、鋼の身体だ。
「でやあ!」
重なった槍を抜き、左中段から右上段へと薙ぎはらう。
烈しく激突した衝撃に、キールの身体がぶれた。
何とか馬上に留まろうとしたキールを、リイの槍が疾風のように突いた。
「ぐぁ!」
大地に叩きつけられた紅の甲冑が、鋭い金属の音を響かせた。
落馬したキールがすぐに起き上がり剣を抜こうとするのに、リイはシリウスから飛び降りた。
もう指と一体となったような、じいちゃん愛用の白銀の剣を抜く。
冷たい鋼の感触がてのひらを射て、リイは柄を握りしめた。
振りかざす。
不利な体勢から喰らいつくよう剣を抜き放ったキールと、刃が重なった。
リイの倍はあるキールの剛腕が盛りあがる。
有利なはずのリイの剣が軋んだ。
強い。
目を瞠るリイに、キールは唇の端で笑った。
「この剣は玉光鋼、貴様の剣がこぼれるぞ!」
…………玉光鋼って、世界で一番硬いっていう金属?
ダイアモンド剣みたいなの?
うひゃあ!
じいちゃんの剣を刃毀れさせたら、じいちゃんにぽこぽこにされるかも――!
身を引いた瞬間、リイの髪は切り裂かれた。
ルフィスに逢えることを願い、伸ばし続けた髪が、春の空に散る。
「お前は何のために戦う!
金のためか? 名誉のためか!」
腹に響くキールの声に、リイは顔をあげる。
「お前は?」
平民が貴族に対等な口を利くなど、死罪に等しい。
だが凛々しい眉をあげたキールは、笑った。
「我がひめのためだ!」
目を瞠ったリイが、かすかに笑う。
「一緒だ」
キールは、リイの目を見た。
かすかに唇の端があがる。
キールの短い赤銅の髪が、風に流れた。
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