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決戦
しおりを挟む鼓動が、ふるえる。
リイは、春の天を見あげた。
闘技場へと連なる石の梁に遮られた暗闇の向こうに、雲ひとつない空が澄みわたる。
肌を伝う歓声に、シリウスは鼻を鳴らした。
蹄が鳴る。
レイサリア光国が誇る真円の石造りの闘技場、七層にも連なる観客席に詰めかけた二万人の声援が、地鳴りのように腹に響いた。
はるか青い天が冴え渡り、千年光国レイサリアの白銀の旗がひるがえる。
乾いた白土が風に吹きあげられ、青が霞んだ。
「これよりレイティアルト王太子殿下御前試合、第二五七八回至光騎士戦、決勝戦を始める!
紅の騎士、オリナ・ゼン・ドルガ緋爵がご子息、キール・ゼン・ドルガ殿下!
白の騎士、ミナエ村、ゼトが子息、リイ殿!
両騎士、前へ!」
大地を震わせ、紅き門が開きゆく。
たてがみをなびかせ、黒き艶の馬が走り出た。
跨る騎士がまとう紅の甲冑を宝玉が彩り、中天にかかる陽射しを跳ね返す。
「キール様――!」
観客席に数多掲げられた紅き旗が風をはらみ、歓声が耳を裂く。
蹄が鳴った。
白き門が、開きゆく。
前を見据え、リイはシリウスの首に手をあてた。
「これで、最後だ。
一緒に、闘ってください」
透きとおる青の瞳を見つめる。
シリウスは、真っ直ぐ頷いてくれた。
ひらりとシリウスに跨ったリイの呼吸と鼓動を読むように、シリウスが駆けだした。
じいちゃんが貸してくれた白銀の鎧が、春の陽にきらめく。
じいちゃん愛用の白銀の槍が、光を弾いた。
闘技場の中央へと躍り出る。
黄ばんだ木綿の布を握りしめる皺の手が、狂おしく振られた。
幼子から老婆まで、無料席に詰めかけた民の声が飛ぶ。
「リイ――――!」
至光騎士戦は千年光国レイサリア開闢より続く、光国民すべてに開かれた大会だ。
優勝した者は、最も栄えある王直属、光騎士となれる。
光国民の誰もに出場権を与える純然たる勝ち抜き戦だが、結局は金と暇に飽かせ、鍛錬に打ち込める良家の子息が優勝する。
平民には面白くない結果が常であった。
だが今回は違う。
辺境の村から来た底辺の民が、決勝戦まで勝ちあがってきたのだ。
並みいる武芸自慢の貴族の子息を打ち負かして。
「リイ――!!」
呼び声が、耳を打つ。
百年ぶりの平民の光騎士は、民の夢だ。
負けたらそれは落胆するだろう。
けれど熱狂は、リイの耳元を通り過ぎた。
幼い頃の約束を、ルフィスはもう、忘れてしまったかもしれない。
それでもきみの傍で、きみを守りたい。
――――決勝戦まで来たよ、ルフィス。
「正々堂々闘われることを!」
「誓います」
「始め!」
「やあ!」
駆け出すキールの紅い槍を、迫りくる銀の切っ先を睨みつける。
槍の先は円くしてあるが、それでも毎年、誰かが死ぬ。
名誉のために、金のために、民のために命を懸けるんじゃない。
きみのために
息を吸って、止めた。
槍の柄を握りしめる拳に、腱が浮く。
駆けるシリウスのたてがみが波うち、尾は白銀の線となった。
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